108.ごめん
「あ、おかえり」
「……!」
和花の家の車に送り届けられ、自宅の玄関を開けようとしたところ自動ドアではないのに戸が引かれて中から出て来た桃香に笑いかけられる。
いつも通り過ぎて、和花といる間中さっきまで悩んでいたことが何だっけ? と呆気に取られるくらいだった。
「早かったね」
「まあ……うん」
頑張ってはみたものの、心が有らずだったのは、そして多分その理由さえも聡い和花には伝わってしまい……早々に今度は通常の本屋での買い物が終了となった次第であった。
ただ、それを桃香に全て言うべきかどうかから迷ってしまう。
「すぐに、終わったから」
「そうなんだ」
頷いてくれた桃香に対して。
「えっと、その……」
「うん」
本当に何をどう言えば……と考えたところですぐには浮かばない。
「また、夜にね?」
「あ、ああ……そうだな」
桃香の言葉に頷く。
考える時間と、ゆっくり話す時間を作る意味でも。
「じゃあ、また後で」
「ああ……」
一旦自宅を経由していたのか制服姿にサンダル履きだった桃香が出て行った玄関で。
「……」
とりあえず一つ大きく、息を吐く。
桃香が笑顔を見せてくれた、それだけで胸につかえるものが半分は消え去る気分だった。
むしろ、大袈裟でなく安堵で膝から崩れそうだった。
「桃香」
「うん」
「その、ごめん」
大分冷えるようになってきたね、と言いながら窓を閉めた桃香に。
普段は胡坐をかくカーペットの上で、正座して桃香に謝る。
「えっと……」
「その、桃香がいい気分にならない行いが多かったのは間違いないから」
夕食後……いや、食事中からも母から不信の目で見られるくらい悩み抜いたが桃香に謝る以外の言い方が出てこない隼人だった。
「えっと……」
「うん」
「たしかに、その……ちょっと、モヤモヤっとはしちゃった、けど」
「うん」
「ちょっとじゃなくて……ほんとはすっごくだった、けど」
「うん」
隼人は姿勢を正して頷くだけの存在になっていた。
「はやくんが誰かに優しくできない人なのはもっといや……かな」
「……うん」
人差し指を付き合わせながら俯いていた桃香が、ここで顔を上げて隼人を見る。
「あと、わたしも」
「桃香も?」
「はやくんを困らせるようなことして、ごめんなさい」
「え?」
「あの後……みんなから」
「皆?」
首を傾げる隼人に、桃香が詳しく述べる。
「花梨ちゃんに美春ちゃんたち、由佳子ちゃんにあと連絡先知ってるクラスの子からも」
「……それは、ほぼ皆だな」
間違いない、と頷くしかない。
「うん……はやくん、すっごく落ち込んでたよ、と」
「は、ははは……」
心当たりしかないので苦笑いをするしかない。
「それとあと」
「?」
「……はやくん、すっごくいい人なんだから、ちゃんと許してあげないと駄目だよ、って」
「!」
思わず大きく目を見開いてしまった隼人に、桃香が再び人差し指を付き合わせる。
「あ、えっと、その」
「……うん?」
「いい人、じゃなくって……みんな、その」
「?」
「こ、こいびと、とか……彼氏、とか言われちゃってるんだけど、ほんとは、ずっと前から」
「!?」
思わず肩を跳ねさせながらも、桃香が顔を赤くして黙ってしまったので隼人が口を開くしかない。
「それは……正確じゃない、な」
「う、うん……ね?」
「意味は伝わるからいいけど」
「い、いいのっ!?」
声が裏返りかけた桃香に、失言(?)に気付く。
「も、桃香にも通じてるだろ! 実際」
「そ、そだけど……」
「ほら」
「う、うん」
互いに顔を背けつつも、ちらちらと互いを伺って……桃香が話せることを見付けたのかゆっくりと切り出してくる。
「ええと、あと、夕方のこと、なんだけど」
「あ、ああ」
「はやくんのことを困らせたかったわけじゃなくって、ほんとに一人でやりたいことが出来ただけ、だから」
「そう、なのか……」
「うん」
「それって……」
夕方、帰って来た時に隼人の家の玄関先で鉢合わせたことで少し思い付くことがある。
「ま、まだ内緒」
「ん……」
「すぐ、わかると思うけど」
桃香がそう言うなら本当にそうだろうな、と納得する。
「じゃあ、それはそういうことで」
「うん」
頷いた桃香と、今度はしばらく顔を合わせたままで。
「あとは」
「うん」
「和花ちゃんのこと、は」
「あ」
「ん?」
「その、お手紙の人……は?」
「ああ」
対象の数が足りなくはないか? と言いたげな桃香に説明する。
「あの付箋、裏にも小さい字で書いてあったよ」
「え?」
「曰く、軽い冗談と意地悪、らしい……」
「そ、そうなんだ」
あとは早く隼人と桃香がくっつかないと立場がない旨のソフトな抗議もあったが……そこは仕舞っておくこととした。
「それで、和花ちゃんのことだけど」
「うん」
「金曜日にもう一度、誘われてる」
「……」
「もう一度だけ、になるかな……その、和花ちゃんの希望の形になるのは」
息を吐きながら、和花もそんな気持ちではない筈なのに何故にこんな苦いものになるのだろうと思いながら。
「小さい子相手に、ただの、俺の思い上がりかも……だけど」
「……」
少し沈黙した後、桃香の手が隼人の頬に伸びて。
「ごめんね」
全く痛みはないものの、小さな音だけは立てて触れた。
「あ……」
「居たからね?」
「え?」
「わたしには、和花ちゃんくらいの時にちゃんと居たからね……大好きで大切な人」
「……あ」
桃香の瞳が、真っすぐ隼人を見ていた。
「女の子を、軽く見ちゃだめだよ」