104.お兄さん、なので。
「あれ……?」
和花の家の、白い高級セダンの後部座席に桃香も並んで三人で座る。
それはそれでいいのだが、こういう場合隼人の価値観では一番小柄な和花を真ん中にした方がいいのではと思うのに、二人ともが遠慮がちながらもしっかりと主張するよくわからない流れの内に隼人が和花と桃香に挟まれる格好になっていた。
気持ちに余裕があればVIP気分にもなれそうな内装の車内は特に和花がまだ小学生なのもあってまだまだスペースには余裕があるはずなのにとてもくつろげる気持ちにはなれない。
そんな間に発進した車内では、本の話題から国語の教科書に載っている題材の話に流れた。
昔習った話がまだ残ってるんだ、そんな会話の中で。
「……!」
遠慮がちどころか、一瞬何かの偶然であるかのように和花の指先が隼人の手の甲に触れた。
意識して判断しなければ桃香がしてきたのかと思うくらいの行為だった。
その桃香は、そうしたいのだろうけど自重している雰囲気で会話に参加しているし隼人としても流石にその度胸はない。
一応、座っている場所だけで言えば両手に花と言えなくも無いのだろうけど、和花をどう認識すればいいのか戸惑い続ける隼人だった。
「では、こちらです」
「うん、ありがとう」
「お邪魔します」
そんな風にしているうちにそれほど時間を掛けずに和花の家に到着する……隼人はガチガチに固めていた身体をこっそり解しながら立派な門の構えを見上げる。
規模だけなら悠の家の半分くらいとはいえ、洋風と純和風の違いはあれど多少は緊張させられるくらいのしっかりとしたお屋敷だった……無論、さっきの妙に桃香も和花も近い車内の方が緊張したが。
春先にご挨拶に伺って以来だな……と思いながら桃香と並んで先導を受けつつ。
「桃香は割とお邪魔してるのか?」
「お母さんは仲良しだから時々来ているみたいけど、わたしは中学生になる前くらいからは……」
そんなに親にベッタリでもなくなるし、と伝えられる。
「あと、この春からは……ね?」
「……ん」
言うまでも、言われるまでもない休日の過ごし方。
こちらです、と時折整った指先も優雅に添えつつ案内してくれている和花が振り返りつつそんな二人に尋ねてくる。
「やっぱり」
「「うん?」」
「隼人さんと桃香ちゃんは仲が良いんですか?」
「「!」」
車から降りて今までは並んで前を向いていた二人だが、その質問には顔を見合わせる。
時折学校で聞かれる時とも、先日の園児たちとも、勝手が違う。
「え、ええと」
「それなりに良い方だと思うけど……」
「ね?」
自分達でも曖昧が過ぎる、と思うくらいの回答だったので。
「……」
表情が豊かとはいえない方の和花にも随分な疑問の表情を向けられる。
そんな時。
「何を言っているんだか」
「二人で抜け出して贈り物をしたり、夕方遅くまで帰って来なかったりを仲良しで済ませたら」
「何だかおかしなことになるよなぁ」
「ひゃあっ!」
突然後ろから肩を叩かれる、悲鳴から言って桃香も同じだったんだろう。
「悠姉さん、あんまり桃香を驚かせると可哀想だろ……怖がりなんだから」
「隼人は全然でつまらないし」
「……リボン、障子の影に見えてたよ」
「あ、しまった」
全然残念じゃなさそうに髪を飾っている緑色のリボンを指先で丁寧に遊びつつ楽しそうに笑っている悠と好対照に澄ました表情の彩が後ろに立っていた。
「……伊織さんか戸浦さんだろ」
「残念、その両方だ」
情報の出所について何故か堂々と胸を張った後。
「それ以前に放課後、可愛い従妹の家に遊びに来たっていいだろ?」
「……その可愛い従妹さんも知らなかったみたいなんだけど」
「サプライズ成功、だな」
「……まったく」
晴れやかに笑って親指を立てる悠にもう溜息しか出てこない。
「あんまり細かいこと気にしてると将来危ないかもよ」
「……」
ほとんど変わらない身長で髪を掻き混ぜられながら。
「昔は隼人もあんなに可愛かったのに……な? ピヨちゃん」
「……ふ、古い話を出さないでほしいんだけど」
慌てる隼人を他所に、和花が不思議そうに首を傾げる。
純粋な眼差しに焦らされる。
「ぴよちゃん、ですか?」
「ちーっちゃい隼だから、ピヨ」
「ああ」
「……」
本の話題の時と同等かそれ以上に和花が花を咲かせて隼人としてはそのこと自体は嬉しいものの、そのきっかけに頭を抱える。
「かわいいです」
「……」
「だろ?」
クラスで美春や絵里奈たちが騒ぐくらい綺麗な子なんだよな、と再確認したところで。
「はい、ところで悠姉様」
「うん?」
「隼人さんが困っているので、離してください」
笑顔を収めて、背を伸ばしてぴしゃりと述べる様はとても年下とは思えない威厳があって。
「……はい」
大人しく悠が従う様が少し可笑しかった。
「いつの間にか実の従姉の優先順位が知り合いの男子高校生より低い……」
「……日頃の行いでは?」
小声の嘆きに小声で返せば。
「隼人の行いのせいじゃないのか?」
「……え?」
「一体、和花に何をしたんだ?」
「いや……」
あっさりと攻守を逆転され、ん? と少し上半身を捻りながら倒した悠に下から少し強めの目力で見上げられ返事に窮する。
「どうなのですか? 桃香」
「わたしもよく知らないけど……はやくん、普通に優しいから」
「ですか」
そしてそんな桃香と彩の声を潜めたやりとりも後ろから聞こえてきて。
「全く、桃香というものがありながら」
「……」
一瞬軽く、彩には踵を蹴られ、悠には爪先を踏まれるのだった。
「あ……」
「ええと」
通された客間で和花がお茶を点てている姿を全力で庶民の隼人と桃香は正座しつつ戸惑いながら見ていた。
和花の作法は完璧でかつ綺麗なのが全くの素人でも伝わるのだけれど……それ故に自分たちがどうすればいいのかが軽くパニックになっていた。
「悠姉の真似すればいいですよ」
彩が小声で言ってくれたものの、僅かにしか心は軽くならない。
「それで、和花」
「悠姉様?」
和花が準備してくれたお茶を惚れ惚れするような所作で飲んでから悠が片目を瞑る。
「和花のお点前が素敵なのは充分伝わるから、あとはフリースタイルでどうかな?」
「……」
和花の視線を感じて、隼人が小さく頷くと。
「わかりました」
「うん」
こっそり胸を撫で下ろすことになる、隣の桃香も同様の模様だった。
「お父様やお兄様たちは喜んで下さるんですけど……」
あれ? 一人っ子では無かったっけ? と疑問符を浮かべたところで。
「うちの兄様たちや叔父様の和花の可愛がり様は……まあ、そういう成長を喜ぶスタイルだけど」
珍しい悠の苦笑いに察する。
あと、和花としての年上の男性のもてなし方なんだな、と。
「隼人は男の人というよりはまだまだ男子ですからね」
「……」
本当に一つ年上なだけかな? と言いたくなる彩と悠を見比べた後、一度隼人を見て桃香に和花の視線が移動する。
「あの、桃香ちゃん」
「うん、どうしたの?」
「桃香ちゃんは、普段隼人さんをおもてなしするときってどんな感じですか?」
「え?」
「!」
その出迎えるような言い方でつい隼人としては学園祭前の一コマを思い出してしまい表面に出さないように焦った後……桃香を自爆してくれるなよ、と心から願いながら盗み見る。
「えーっと、わたしも珈琲とかお菓子で、だけど」
「……」
「もう少し、力を抜いた感じで……かな?」
そんな言葉通りの笑顔を見せる桃香に和花が頷いた後、眉を寄せながら難しい顔で考え込む様子が見えた。
「和花は真面目な子だからな~」
そこが和花の可愛らしい所なんだけどな、と頭を撫でつつ桃香には「手作り」が抜けてるぞー、と言い放つ悠はこの組み合わせでも自由だった。
「で、和花」
「はい?」
「隼人家に誘ってお茶の後は、どうするつもりだったんだ?」
「……」
さっきまでより困った、という成分が多い顔で和花が再び考え込む顔をする。
「例えばだけど」
「はい」
「和花ちゃんがお友達と遊ぶ時はどんな感じ?」
どちらかというと自分はそっち側だよ、という意味を汲み取ってくれたのか和花がほっとしたように口を開く。
「おしゃべりをしたりとか、持っている子のお宅の時はゲームも少し……」
まあそうかな、と思いつつ、やはりこの家にゲーム機とかはなさそうだよな、とも見事な絵柄の襖を眺めたところで。
「あとは、季節柄カルタもしたりとか」
着物姿の和花が容易に想像できる、あときっと絶対強そうだった。
「かるた、いえば」
「うん?」
「前にみんなでトランプしたのは楽しかったよね」
「ああ! そうだな」
夏休みを思い出して悠が手を打つと。
「じゃあ、お母様に聞いてきます」
「いえ、大丈夫ですよ、和花」
腰を浮かせかけた和花を彩が制した。
「持ち合わせてますので」
「なんで?」
「ちょっとクラスで流行ってるんですよ、ポーカー」
それでいいのかお嬢様学校、とも思ったけど鞄から小さく笑ってトランプの箱を取り出す彩には似合うしそちらも強そう、何て思った。
三十分後。
「……」
「……」
二回ほど七並べをしたものの悠と彩が主に互いを標的に意地の悪い手を出すので、流石に和花が可哀想になりババ抜きにゲーム変更、したものの。
こちらも札運が良くないのか二回連続で最後まで残ってしまった和花と隼人の一騎打ち、となっていた。
「んー……」
和花の手には二枚、うち一枚がジョーカーで、隼人の手には一枚のみ、なので隼人の引き方で勝敗が決するところなのだけれど。
隼人が手を伸ばす動作に和花の表情は完全に連動していて正直なところどちらかどうなのかがわかってしまう……左側の札に手を触れようとすれば瞳の色が困ったような少し泣きそうなような感じになる。
別に手を抜こうというのではないけれど、あまりに連敗が重なっているのと一人だけ飛びぬけて年下なので、流石に少し迷いが生じていた。
あと、時計を見るにそろそろお暇の時間だというところもある。
「こっち、かな」
結局右側を選んで、その後和花が実力で揃えてゲームセットとなった。
それと同時に襖の向こうからそっと声が掛けられて、ほっとしていた様な和花の表情が寂しげなものに変わる。
その色は「今日は楽しかったです」と告げてから隼人たちを見送ってくれるまで拭えないままだった。