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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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11.フルーツパウンドケーキ

「ももかぁ!!」

「わっ!」

 桃香との登校にも慣れ始めた頃。

 前の扉から入りそれぞれの席に向かうという流れが出来つつあったが今日は入るなり桃香がインターセプトされた。

「どしたの? 絵里奈ちゃん」

「昨日の……」

「昨日の?」

「昨日くれたパウンドケーキ……おいしかったぁぁぁぁ」

 悲鳴のような歓喜の声を浴びながら抱きしめられている桃香は、少し驚きつつもとても慣れている模様だった。

「私も美味しかった」

「桃香、愛してる」

 と思えば、桃香を抱きしめる会員が二人増えている。

「ちょっと仕入れが多すぎたから軽く漬けて焼いただけだよ」

 良心価格で目利き抜群、と評判の商店街の有名青果店でもさすがに見込み違いは出るらしい。

「軽く言うけど……女子力~」

「いつ嫁に出しても恥ずかしくないよっ」

 そこで三人の視線が飛んでくるのも多少慣れた。

 「嫁」という単語に思い出すものがあって今回は内心穏やかでもないが。

「桃香?」

「何でもないよ?」

 桃香の方でも動揺はあったようだが、埋もれて顔も出せない状態が幸いしている模様だった。

「まあ、当然、吉野君はもう食べたんでしょうけど。真っ先に」

「当然とは限らないのでは?」

「でも、食べたんでしょ?」

「いや、それは……美味しかったけど」

 派手さは無いもののしれっとからかってくる花梨へも落ち着いて返すこと自体は出来た。

 週末のコーヒーブレイクは二回目にして早くも恒例となりそうだった。

「いいなー、吉野君桃香食べ放題なんでしょ?」

「さすがに作れる量には限界あるよ~」

 若干悪意の有りそうな言い方に気付きはするが自分からは触れずに置く。

「はっ? 吉野君が独り占めしたくなったらあたしたちの分無くなる!」

「それは独占禁止法に違反してる!」

 何だか話が妙な方向に転がり始めたぞ、と思うもいつものことだった。

「吉野君、吉野君」

「何? 尾谷さん」

 お兄さん、知ってます? という風に話を振られる。

「あのケーキの中に含まれるカロリー、ご存知でしょうか?」

「そりゃあもう卒倒ものよ? 美味しさの前に負けそうになるけど」

「……気になるなら誘惑に負けなければ良いんじゃ?」

「ひどっ」

「ちゃんとあたしたちにも流せー」

 ブーイングとシュプレヒコールが何とも姦しい。

「これは吉野君が太らないように、という配慮で」

「いや、それが、昔から全然体に……」

 地味に気にしている肩から二の腕辺りに触れて気付く。

 三人や、他の女子……桃香からも、視線が怖い。

「それ以上はやめた方がいいよ? はやくん」

「やっぱり吉野君は乙女の敵だ!」

「いやいやいや、そうじゃないでしょ、美春」

「なんで? 吉野君……のことなんて呼んだ、ももかー!?」

 隼人は内心で天を仰ぐ。

 出来るだけさり気無く最初にその呼び方をしてもらうように言った件について桃香は望みうる中で満点に近かった、と思うがやはり目立ってしまうのだろうか、と。

「はやくん、のこと?」

「やっぱり名前呼びしてるんじゃん!」

 さり気無さを意識しながら女子の輪の中に理由を投入する。

「それは、小さい頃から知っているんだからそういうこともあるよ」

「まあ、一緒に登校していることや手作りのお菓子を堪能していることに比べれば些細よね?」

「あー」

「それもそっか」

「今更だったね」

 花梨のお陰かソフトかハードかはわからないものの着陸には成功したようだった。

 ともあれ、これが日常になりつつあった。




「いやぁ、大変そうだね」

 まだ通学バックも下ろせてなかった、と席に向かえば友也が片手を上げて迎えてくれる。

「人気者は」

「人気……なのかな」

「それはそうと、陸上部入らない?」

 上げていた手が招くジェスチャーに変わる。

「流れおかしくない?」

「いや、別の種類の人気を提供しようかと」

 勿論隼人次第だけど、とは言うものの毎度目は本気だった。

「さっき言ってた体質的にも絶対陸上向いてるって」

「そう、かな?」

 向き不向きで言えば多少は向いていると思わなくもなかったが。

「まあ、それは置いといて」

 そこで本当に何かを横に置くジェスチャーをするあたりが話し易さだった。

「うん?」

「GW男同士で親睦深めない? あ、勿論勝利も」

 意外な申し出だったが、主に話す相手が女子ばかりという現状に多少思うところがないわけではない隼人なのでありがたい、とは思った。

 最も、面子に挙げられたもう一人はそうでもないようで。

「あ? 何で俺まで」

「いやぁ、折角機会だし、席が並んだのも何かの縁ということで」

「というか、その前に、前々から言いたかったんだけどよ」

 勝利が友也を指さして少々声のトーンを上げる。

「俺は『しょうり』じゃなくて『かつとし』だって何度も言わせるんじゃねーよ!」

「え?」

「コラ、吉野、なんだその顔は」

「ごめん、知らなかった……」

 本気のトーンで困惑し謝罪する隼人に勝利が立ち上がる。

「だから言っただろうが、柳倉! 変に定着するから止めろって」

「だってショーリすぐに訂正しないから」

「あんときゃあれ以上声出なかったんだよ!」

 まあまあ、と勝利の肩を宥めながら友也が悪気は感じない笑顔を見せる。

「と言うか、縁起良いから陸上部入らない?」

「俺は達磨でも猫でもねぇ!」

「ほら、俺たち仲良くなれそうな気がしないかい?」

「まーったくしねぇよ!」

 それでも、まあまあと丸め込みにかかる友也が一枚上手で。

 隼人は連休の予定と初の男子の連絡先を入手することとなった。

「だから……そう、そこ、もう余計に弄るな」

「お手数をおかけしますが」

 それなりに勝利に指導されながらだったが。

「……ペンギンって、可愛いかよ」

「綾瀬さんチョイスかな?」

 そして隼人のアイコンは、笑われながらもそれなりに好評だった。




「なんだか楽しそう、って思ったけどそんなことになってたんだ」

 そんな言葉以上に楽しそうな笑顔で桃香が笑う。

「わたしも、花梨ちゃんたちと出掛けるけど……はやくんたちは何曜日?」

「陸上部の休みに合わせて金曜日」

「あ、いっしょだ」

 じゃあ、連休中日の予定は決まりだね……と言いながら桃香が続ける。

「あと、どこか一日でいいから、お姉ちゃんたちが空けておいてって」

「……何の用事だろ」

「夏服とか、いろいろ見に行こう、だって」

 男子一人でその目的は色々と小さくならざるを得なさそうだが……。

「よかったら」

「ん?」

「はやくんにも、服選んでほしいかな」

 それを言われるともうどうにもならなかった。

「わかった」

「うん」

 決まり、と互いの日程を確認し。

「じゃあ、初日がよさそうだね」

「それでよろしく」

 桃香が相変わらずゆったりとした雰囲気に似合わないスピードで入力を済ませると……。

「わ」

「?」

「もう返ってきた……決まりみたい」

 それにもう一度桃香が返事をする様子を見ながら呟く。

「たまたまあっちも手に持っていたとか?」

「それもあるかもだけど」

「だけど?」

「なんとなく、誰かから連絡があるってわかるときがあるみたい」

「あー……」

 なんというか、そういう人だった。

「わたしも、そういうのできたらなぁ」

「そうか?」

 割と良いタイミングで声が聞こえてくることが多い気もする。

 そう指摘すると、まだ少し不満足そうな返事。

「最近なら、少しはね……サイクルがわかるようになったから」

「まあ、そうか」

 大体声を掛けられる間合い、というものが存在するようになっていた。

「ただ、その、事故などないように……気は付けよう」

「じこ……」

 呟いた桃香が顔を伏せる。

「え、ええと……?」

「……ねてるところ見られちゃってたんだった」

「あ、ああ……うん」

 初日のあれか、と極力桃香の寝顔は思い出さないように思い出す。

 本人と話しているときに、あの無防備な姿を思い出すとそれこそ「二重事故」を起こしそうだった。

「いや、まあ、その、あんなところで寝ていると危ないから」

「寝ようとしたわけじゃないもん……」

「ん?」

「しっかり逢うのは制服で、って思ってたけど……でも、ちょこっとだけでも顔見えないかな、って思ってカーテンの間から見てたらいつの間にか……だし」

「あ、あの……」

「ちょっと風強くなったのかカーテン開いてて、起きたらはやくんこっち見てるし」

「……その、ごめん」

「…………だから、ふだんは窓際で寝たりしないってわかってほしい、かな」

「……はい」

 夜風がカーテンを揺らす音だけの時間が暫く流れて。

「不公平」

「……何、が?」

「わたしだけ、見られた」

 まだまだ血色のいい頬を膨らませて桃香が抗議していた。

「……いくら桃香でもそんな時間には家に入れられないよ」

 流石に九割五分顔パスでもそれはない。

「むー……今度のおやつ大盛りにしてあったかいミルクでも」

「……仕掛ける相手に先に言わない」

 さて、そろそろ時間か、という頃合いだった。

「あ、そうだ」

 桃香が忘れないうちに、といった感じで声を上げた。

「あのね、はやくん」

「うん」

「お休み中、時間が合えば遊びにいってもいい?」

「明るい時間なら、もちろん」

「うん」




 例年になく、出来事の多い大型連休になりそうだった。


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