102.興味……?
「家のところまで誰かと一緒に帰る、のは初めてかも」
急ぎ気味で鞄を取りに行った後、校舎の階段を髪の先を弾ませながら下りる桃香がそんなことを言った。
和花の希望通り隼人の家の古書店に向かうことになれば必然的にそうなる……そこまで遠くないとはいえ小学生の女の子を一人で歩かせる選択肢は端から無い。
「……俺は?」
「……あ」
それは確かに忘れてた、という顔をした後、桃香が階段を下りるリズムを少し遅らせて隼人との身長差を半分くらいにして。
一段上から軽く隼人の肩に手を置いて桃香が気持ち小さな声で。
「はやくんは、誰かじゃない、でしょ?」
「……ん」
言って貰った感もあったけれど。
ほんのり期待していた通りの桃香の言葉に満足感を得ながら頷いた。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
さっきまでより気持ち校門から離れた場所で待っていてもらった和花のところに小走り一歩手前のペースで到着する。
その間もどうしても目立ってしまっていて、そして悠のような強メンタルでも彩のようなマイペースでもないのだろう、小さくなっていた和花がほっとしたような表情で小さく笑う。
……まあ、小学生の女の子なら普通そうだろうけれど。
「ん……」
「……?」
促して歩き始めようとしたところで歩調が乱れる。
いつもの流れで桃香と並んでいた隼人だが、この場合和花にどの位置に行って貰えばいいのかという戸惑い。
昨日のように小さな子だったら桃香との間に自然に挟んでいたけれど、和花はそこまでは小さくない、というところで。
たまに花梨や琴美が途中まで一緒の時は桃香と話している所を後ろから付いて行くので、桃香とは間違いなく自分より話している機会が多いだろう和花もそのようにすれば、と結論するが。
「楽しみです」
和花は隼人の隣に並んでいて、三人並んでは流石に周囲に憚られる幅の歩道なので桃香が斜め後ろになっていた。
ペースを乱されつつも桃香が頷いていたのでそれでいいのか、と思いつつ……。
「えっと……」
「はい?」
女の子にこんなの聞くと失礼かもだけど、と前置きを挟んで。
「今、四年生……だよね?」
「はい」
昔の記憶を引っ張り出しながら計算すると、和花が小さく頷いてくれる。
自分がそのくらいの頃は……母の実家に行って半年ばかりが経過して、向こうの生活にもやっと馴染んだ頃、だったかなと思う。
何処か何かが足りない感じは常に付き纏っていたけれど。
あと、悠と彩が昔着ていた筈の見覚えがある制服は……二人が今通っている女子高の小等部の物だったな、とこちらも幾分の懐かしさとともに思い出す。
桃香も一応、そちらに通わないかとも誘われたものの、秒で拒絶していたのをこちらははっきりと覚えている。
「こっちまで回ってくるの、大変じゃなかった?」
「家の車で送ってもらいましたから」
「……だよね」
少ないやり取りでも改めて感じている丁寧さでも思い出す、こちらもかなりのお嬢さまであったこと。
「直接家の方でもよかったけど……ちょっと、入りにくいか」
自分のことを棚に置いて、母さんがいる時ならともかく父さんが店番の時なら、何てちょっと苦笑いすると。
「いいえ」
「うん?」
「あと、隼人さんにもお礼を言いたかったですし」
思いの外強く、和花に否定される。
「お話も……してみたかったので」
「俺、と?」
「はい」
不思議なことをいうものだな、と一瞬思ったものの……直ぐに思い付いたことがある。
「おすすめの本、とかかな?」
「あ、それでもいいです」
「……? うん」
若干噛み合わなかったか、と疑ったものの和花が頷いてくれたのでそちらの方向で話し始める、前に。
「……」
「……」
ちらりと桃香を見ると、何か珍しいものを見ているような、そんな表情だった。
その日の夜。
「なんだかすごく気に入られちゃったみたいだね、はやくん」
「……みたいだ」
もう寒さで窓を開けっぱなしには出来ないから。
桃香の部屋で胡坐をかいて、頬を掻いていると桃香が可笑しそうに顔を覗いて来る。
「はやくんが、どんなこと話せばいいのか頑張ってるのは面白かった、かな」
何だか久しぶりに顔を合わせた親戚の叔父さんみたいだったよ、と言われて一瞬顔をしかめてから、腑に落ちることがある。
「……そういうことか」
「うん?」
「いや、何か桃香に笑われたような気がしたのはそれだったか、って」
「うん、そうだよ」
だって性別も微妙に歳も違うし……と呟いたところで。
「例えば、桃香が悠姉さんのところの兄さんたちと話が弾むかって言うと……」
「お兄さんたち、お話上手だよ?」
「……だよな」
言いながら気付いたし、桃香にもその通りだと言われる。
あと、結果的にとは言えちょっと面白くないたとえ話だった。
「下手だよな、俺」
「今のは比べる所が悪いと思うけど……」
確かにあちらの兄弟は五人とも社交性の塊だったな、と思っていると桃香の指に頬を二度ほど押される。
「わたしは、はやくんははやくんくらいがいいかな」
「……どういう意味だよ」
「わたしは、はやくんとお話するの好きだよ、ってこと」
にっこりと言い切られると、黙るしかない。
「あ、そうだ」
「うん?」
そのまま黙って、もう二度ばかり満足そうな桃香に頬を押されていると桃香が思い付いた! と口を開く。
「はやくん、従姉妹さんいっぱいだったと思うけど」
「ん……まあ」
「その時は、どうだったの?」
「ああ」
何人かの顔を思い出しながら答える。
「桃香も知ってる通り女の子が何人もいるから」
「うん」
「俺が特に話さなくても盛り上がってて、男は隅で黙ってるだけかな? で、たまに巻き込まれるくらい」
「そうなんだ」
くすくすと笑う桃香に、どうしても言葉がぶっきらぼうになる。
「そんなにおかしいか?」
「うん、その時のはやくんのお顔も想像できるし」
「……そうか」
「うん」
もうしばらく笑ってから、一息入れた桃香が、隼人の腕を抱き締めながら軽くもたれかかってきた。
「……どうした?」
「はやくんだなぁ、って」
「……」
ここで上手く返せないのも口下手なだけで、決して桃香の香りや体温や感触に意識を奪われているからではない、と自己弁護する。
「あと、今日の帰りは手を繋げなかったから」
「……今は手どころじゃないんだが」
「時間が取れないから、急速充電中です」
「そうですか」
「うん、そうです」
確かに何かが満たされていくな、と桃香の髪の香りを吸い込みつつ、思いながら。
「だから、じっとしててね」
もう数分、そんな桃香の言葉に素直に従った。