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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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99.桃の缶詰

「お菓子を食べてくれないと、イタズラするよ?」

「……そうきたか」

 にっこり笑ってそんな宣言をしながら包みを差し出してくれた桃香に思わず苦笑いが出る。

「ちなみに、どんなことをされるんだ?」

「ほえ?」

 心底驚いた、って顔に隼人の方が逆に少し驚く。

「考えてなかったのかよ」

「だって……はやくんが食べてくれなかったことはないでしょ?」

「まあ……完食できなかったことは多少あるけど」

 焦げ過ぎ生焼けで無事な部分以外はどちらかからの両親からストップがかかった時、等々。

「今は、だいじょうぶでしょ?」

「いつも美味しいよ」

「えへへ……」

 じゃあどうぞ、と渡された半透明の包みには黒と茶色の中間くらいの色でお化けや蝙蝠の形のクッキーが詰められている。

「ココア?」

「うん」

 ハロウィンぽいでしょ? とにっこり笑ってから、桃香が期待した目で見上げてくる。

「はやくんも、わたしにくれるのかな?」

「まあ、一応準備はしてるけど」

 頬を掻きながら今は自室の机の上に置いてある箱を思い返すが。

「当日が良いか? それとも今日?」

「そういえばそうだね」

 少しだけ考えてから桃香は決めた、と言って笑顔を見せてくれてから。

「わたしたちは今日が当日みたいものだし、今日の夜辺りに貰っちゃおうかな?」

「ん、じゃあそれで」

 楽しみー、と手を合わせた桃香が時計を確認して。

「そしたら、お昼の後、よろしくね」

「わかった」

 一応、形の上では昨日あの後このクッキーで手を打つことになった桃香の手伝い。

「ちなみに」

「ん?」

「その袋に入らなかった分も同じくらいあるけど」

 食べたい? と聞かれれば、勿論と頷く。

 その後で、自分でも反射的すぎた、と思えば桃香も同じように受け取ったらしく。

「ありがと」

「……何が?」

「食べてくれるんでしょ?」

 ね? と駄目押しで確認してくる表情に、つい少しだけ視線を逸らす……ついでに話も。

「二回に分けるなんて、前金と成功報酬みたいだな」

「あはは」

 桃香は可笑しそうに、苦し紛れの例えに対して過剰なくらいに笑顔を咲かせていた。




「楽しそうだね」

「ああ」

 そして午後になって。

 四軒目で大分呼吸が合って来た幼稚園児と小学校低学年の子供たちの「トリックオアトリート!」に駄菓子屋さんのおばあちゃんが一人一人詰め合わせを。

 隼人と桃香も「ごくろうさま」と渡されて……付き添いですがというものの、商店街の年かさの面々にすればそれこそ子供たちと変わらない模様で、隼人が腕に下げる一軒目で渡されたベーカリーの紙袋の中には二人分のお菓子が徐々に増えていた。

 ハロウィンの仮装にそんな様では若干シュールだよな、と思いつつ小さな子と手を繋いで先導していく桃香のとんがり帽子に飾り付けられている小さなジャックオランタンやオレンジ色のリボンが揺れる様を見ながら列の最後尾に付いて小さなお化けたちが迷子にならないか念のため目を光らせる。

 いや、最初はそうだったのだけれど。

「おにいちゃん、こんどはわたしのばんー!」

「じゃあ、りおは手をつなぐ~!」

 夏祭りの日以来の再会となった莉緒があっという間にブランクも何のそのと隼人にくっつき始め、隼人が割とリクエストは聞いてくれ、なおかつその肩車は高いということが周囲にも判明すると……。

「……」

「……」

 ちらっと後ろを振り返った桃香の、微笑ましいものを見ているかのような顔に書いてある「大人気だね」という言葉通りの状況となっていた。

「おにいちゃん」

「どうしたんだい?」

「やっぱり、おねえちゃんとなかよしなんだね!」

 そんな中で、幼稚園児にも察せられてしまうのか……と内心で苦笑いしてから。

「それよりも、しっかり掴まっててね」

「「うん!」」

 無邪気に従ってくれる子供たちに。

 まあ、怖がられるよりはいいんだけど……と思いながらも、吸血鬼の仮装的にはそれでいいのか? とか考えつつ、そんな一団となって昼下がりの商店街を行く。




 そんなこんな、だったので。

「はやくん、おつかれさま」

「……うん」

 商店街の方で指定されていたコースを回り終えた後、なお延長戦で公園で少しばかり遊んで……何とか莉緒たちを納得させて役目終了、となった頃には本当に疲労困憊の領域に踏み込んでいた。

「大人気、だったね」

「まあ、そうだったかな」

「はやくん、やさしいから」

「……」

「ねー?」

 直視するにはちょっとだけ眩し過ぎ、自分で肯定する内容でもなくて、明後日の方向を向いて頭を掻く。

 そんなタイミングで。

「ヘイ、そこのドラキュラと魔女の二人」

「ん?」

「あ!」

 後ろから声を掛けられた、かと思えば花梨と琴美、絵里奈が手を振って近付いてきている所だった。

 三人とも何度か見たことのある私服姿の中では装飾多めの黒っぽい服装で、軽めにイベントに寄せている感があった。

「軽くだけど遊びに来たよ~」

「うん、ありがと」

 商店街でイベントやっています、なので声を掛けたところ練習試合の入っている美春以外が来てくれた格好だった。

「それはそうと、吉野君」

「はい?」

「トリックオアトリート?」

 花梨がいつもの声の調子ながらしれっと手を差し出しながら言うと琴美と絵里奈もいい笑顔をしながらそれに倣う。

 先ほどまでの子供たちがいかに無邪気だったかを思い知らされる格好だった。

「こっちからなの?」

「ま、折角だし」

 まあお裾分け程度には、と思って結局ほぼ全店舗で貰ってしまった中から自分であまり食べなさそうな駄菓子を引っ張り出して三人に適当に渡す。

 一応、絵里奈はチョコレート物にするのは忘れずに。

「どうも」

「ありがとー」

 まあ、それなりに嬉しそうにお礼を言われれば悪い気もしないけれど。

「そういえば桃香、良い感じに纏まってるじゃん」

「うん、ありがとね、琴美ちゃん」

 そんな中で、琴美が桃香の帽子に付けられた飾りに触れながら言っているのに思い出す。

「小物づくりが趣味だっけ?」

「そうそう、これなんかもね」

 絵里奈のイヤリングや花梨のカチューシャに付けられた飾りも指しながら。

「いやー、中間テスト勉強中の息抜きが捗ったのよね」

「勉強もしてください」

「それは言いっこなしよ」

 琴美と勉学に関しては立ち位置がだいたい同じな絵里奈が笑い、花梨が溜息を吐く……隼人は苦笑いしたところで、桃香が軽めの笑顔で言う。

「みんなも仮装して来ればよかったのに」

「少し考えたけど、雪女はワンセットしかないし」

「美春のキョンシーはね、色々直さないと入らないしね」

 琴美と絵里奈の説明に、隼人がそういえば比較的背の小さい女子で使っていたな、と納得したところで。

「それ、美春の前で言うと向う脛あたり蹴ってくるから注意ね」

「……別に何も言ってませんが」

 巻き込んでおいて何たる言い草、と苦笑いする隼人に女子が笑ったところで。

「衣装といえば、吉野君は吸血鬼なのね」

「まあ、うん」

「なかなか似合っているじゃん」

「ああ、ありがとう」

「……えへ」

 花梨と琴美に言われると着慣れてない装飾付きのシャツとマントが途端に気になって襟元を弄る。

 桃香が自分のことのように嬉しそう、だからだけではない筈だった。

「やっぱり、桃香のしか吸いたくない感じ?」

「なっ!?」

 サラッと投げ込んできた絵里奈に思わず咳き込んだところで、いつもは呆れたとかしか言わない花梨が案外乗ってくる。

「吉野君は桃香傷つけられない人だから無理じゃないかしら?」

「でも、やっぱり、桃香のしか駄目で……葛藤が始まるんだ」

「あ、それ良いかも」

「もー、みんな何言って」

「でも、吉野君のためなら、桃香は吸わせてあげちゃうでしょ?」

「それは、はやくんが干からびて駄目になっちゃうなら……考えるけど」

「ほらー? でっしょー?」

「……」

 急加速で何を盛り上がってくれているんだ……と額を押さえる、割と本気で頭が痛い。

 そうしながらもどうしても隣で慌てている桃香を、その首元を意識してしまうが、黒い帽子の鍔とマントの襟で今は伺い様がない。

 むしろそれが逆に夏に拝んだ無防備な、腕とかより更に白い肌を記憶から思い起こさせるが。

「桃香のを吸ったところで」

「おっ?」

「あら?」

「きっと桃の缶詰のシロップみたいな味しかしなさそうだし、鬼としては口に合わないのじゃないかな?」

 それを隠すように誤魔化すようにわざとぶっきらぼうに言って頭を掻く。

 桃香に抗議するように脇腹の辺りを突かれるが、ここで初めてマントが役に立って花梨たちは気付いていない様子だった。

「確かに」

「桃香だとそれもありそう」

「もー、はやくんまで」

 幸い、笑いの方向に話がそれたかな、と思いつつ。

 夜までに桃香のご機嫌を直す方法も必要だな、と頭を捻り始めることになった。


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