97.企みは二段構え
「桃香」
「あ、そろそろ?」
「ええ」
昼休み。
グラウンドから教室に戻っていつもより少し砕けた感じに昼食を食べていたクラスの中で、花梨が腕時計を示しながら桃香に声を掛ける。
「じゃ、はやくん、行ってくるね」
何処へ何をしに? と隼人が聞く前に、花梨と絵里奈、あと数名の女子と一緒に何かしらの包みを抱えて教室から出て行った。
「?」
思い切り疑問符を顔に出していると、こちらは付いて行っていない美春と琴美が顔を見合わせて頷き合ったかと思えば、案外勿体ぶらずに教えてくれた。
「昼休み明け一発目の」
「応援合戦の準備」
「ああ……なる、ほど?」
その単語の示す行事自体には納得がいくものの、それが桃香とは結び付かない。
「まあ、折角だから吉野君を驚かせたいという姫の意向で」
「……何時の間に」
「あたしたちが昼休みとかにリレーのバトン練習をやっているうちに」
「あ」
それに関しては、腑に落ちた。
「そもそも吉野君や」
「はい」
「吉野君が格好良く汗を流している所に桃香がやってこなかったことを不思議には思わなかったの?」
「……決めつけは、良くないと思います」
ちっちっち、と人差し指を振りながら琴美が説明をしてくれた内容も、口に出した言葉とは裏腹に内心では頷かざるを得ない。
確かにそこに関しては言われる前に気付いておくべきだった。
「……ん?」
「どうしたの?」
そして、疑問点を片付けた後、最初にさらりと流した部分が今度は気になり始める。
「応援合戦、って言った?」
「言ったよ?」
「桃香が?」
「他にも花梨たちが居るけどアウトオブ眼中かいっ」
美春に軽く肩をどつかれるが、気になることがあってそれどころではない。
「おーい、吉野君?」
「これは綾瀬さんのチア姿を想像した後、色々考えが走って処理落ちしている、と見るね」
楽しそうに事態を見ていた友也が男心を解説してくれた。
「可愛い桃香が見れる! って感じなのかな?」
「いや、それよりは他の野郎に見せたくないが先立つのが隼人」
「吉野君て、案外むっつり?」
「むしろあんなに可愛い彼女さんがすぐ傍にいてよく耐えている、とも言うと思う」
「あー、そういう考え方もアリか」
言いたい放題言われている、と思ったところで若干混乱気味の頭では考えが上手く巡らず。
「だから、その、まだ……」
「はいはい」
「いつまでそれ、言ってるんだか」
「言っておくけど、普段の桃香と吉野君見てると大分信じにくいからね?」
「むしろ部活とか他のクラスの子から聞かれた時に『違うらしい』って否定するのに困るあたしたちの身にもなってほしい」
「……」
いつもの口上も封じられて、黙るしかなかった。
「まあでも、安心して」
「可愛さも露出も、むしろ普段より控えめだから」
そしてそれでも。
最後には美春と琴美が両方から肩を叩いてくれた。
応援合戦も一年生からの模様なので、見逃さないよな? と多少気を揉みながらグラウンドに戻る。
まだ若干落ち付かないさまを美春たちにニヤニヤと見られているが、仕方ないじゃないか……と内心でだけ反論する。
そんなことをしているうちにアナウンスがかかりまず一年生が入場する、と。
「ん?」
クラス順で姿を見せた各代表、一組はまあそうだよな? って感じで有志女子によるチアガールだったが。
桃香たちはと言うと、そういえば男子では彼だけ居なかったな? という勝利を先頭に桃香や花梨、絵里奈も含め全員が『気合』充分な鉢巻と学ラン姿だった。
「んん……?」
普段があれなので文句無しに似合っている勝利や、髪型も少し弄ってクールに決まっている花梨は間違いなく似合うと言えるが……桃香は、どう言うべきなのか若干迷う。
そんなことを考えながらも注視していると桃香もクラス席の方を見て、視線が合ってにっこりと笑う。
いいからちゃんと前見てろよ……とジェスチャーで示したところで、突然横から肩先を突かれ。
「高上さん?」
「初見のリアクションの様を姫がご所望なので」
感想はどうよ? と聞かれるが。
「似合っては……いないよね?」
いかにも女の子、といった桃香の容姿に対しては違和感があるし、そもそも比較的小柄に属していて今出ている面子の中では一番背が低い桃香には丈が余っているようにも見える。
「じゃあ、変?」
「……でも、ないんだよなぁ」
「そもそも桃香ってだけで吉野君には可愛く見えるもんね」
「そういうことは言ってないです」
軽くいなしながらも首を捻っている隼人に琴美はクスリと笑った後。
「ビックリして百面相してたって伝えとくね」
「……お手柔らかに頼みます」
「どうしよっかなー?」
それより始まるよ? と指を差されて少し慌ててグラウンドの方に目を遣る。
コールメインの演目も勝利を中心として「気合」たっぷりの熱いものだった。
「んー……」
「まだやってる」
そしてそれを楽しみながらも、果たしてこれは桃香らしいのか? とずっと頭を捻る隼人だった。
「おう」
「一発、キメて来たぜ!?」
ほぼ平常運転の勝利と、その肩に手を置いて妙なポーズを決めた絵里奈を先頭にして応援合戦出場組がクラス席に戻って来た。
「えへへ」
「……」
「どうだった?」
そしてそんな一団から、ぱたぱたと飛び出して隼人のところにやって来た桃香が小首を傾げる。
こちらも平常通りといえば通りだけれど、昼前のあの騒ぎの後でこうなのは大物だよな、と思わされる。
「んー……」
「ん?」
未だに言葉にするには迷うが、とりあえず面々が近くに戻って来た状態で見ていると気付いたことがある。
それぞれ着ているものがよく見ると細かく違う。
「学ラン、持ち寄りなんだな」
「そりゃあ、ウチの制服ブレザーだもん」
絵里奈が誠人にありがとねー、等と声を掛けつつ教えてくれる。
「で、桃香のは……」
先日、桃香が家に来たのに隼人に顔を見せず帰って行った理由をようやく理解する。
桃香も隼人が感付いたのに気付いたのか、にっこり笑って教えてくれる。
「はやくんの、だよ?」
「……だよな」
どう見ても見覚えのあるもの、だった。
そしてそれなら、この中で桃香だけがやたらと丈が余りまくっていることも合点がいく。
「あ、ちゃんとはやくんのお母さんには許可貰ったからね?」
「それはわかってる……」
やっぱり公認なんだー、という女子の声が上がることになるのを桃香には気付いて欲しい。
あと、そりゃそうよ! と何故か美春がドヤ顔をしているのにも突っ込めるなら突っ込みたかった。
「全く……」
額を押さえていると、桃香が遠慮がちに聞いて来る。
「いや……だった?」
「そんなことは言ってない」
「うん」
「言ってない……」
「?」
桃香が着ている服が自分の物で、それでこんなに丈が余っていると知った途端に。
競争種目の混戦から抜け出すように抱いていた幾つかの感想から「可愛いじゃないか……」という気持ちが一際出てきてしまい戸惑っている所、だった。
そんな隼人の心情を知ってか知らずか。
「あ、ちゃんと綺麗にして返すから」
「ん? ああ……」
そこは任せた、と若干上の空で返した隼人に桃香がもう少し身を寄せて……余った袖から出た白手袋の手を隼人の耳にくっ付けて。
「第二ボタン以外、ね?」
そんな風に、囁いた。