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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
11/225

10.六年越しのリベンジ

「明日と明後日、だけど」

「うん」

「はやくんは、予定どう?」

 金曜日の夜。

 荷解きの進捗と新生活の疲れに対して確認があった後、そう聞かれた。

「特に、かな」

 多少家の手伝いくらいはあるが、他はまっさらだった。

「わたしは、花梨ちゃんたちと約束とか、お手伝いとかあるけど……もしよかったら日曜日の午前中」

 一緒に宿題しない? との提案。

 そのこと自体には全然異議はない。

「それって、どこでやろうか?」

「んー?」

 図書館、という選択肢も無くはないが少し距離があるのと混みあうのが予想された。

 なので双方の家のどこかで、となるのだが。どちらも一人息子一人娘の三人家族で手狭でもない、居間という手も無くもないが集中するならどちらかの部屋が良さそうだった。

 そのどちらか、が問題だが。

 年頃の女の子の部屋に入るのと、部屋に招くのと、どちらが罪として重いのだろうか。

「わたしの部屋の方が広いけど……」

 桃香がちらりと自室を見るが、窓から窺える実に女の子らしい空間の方が難易度も高そうだった。

 入ったら正座して固まっている妙な自信がある、昔はそこでままごとなどよくやっていたはずなのに。

「はやくんが嫌じゃなければ」

 考え込む隼人に、桃香が手を上げながら発言する。

「わたしは、久しぶりにそっちに行ってみたい、かな」

 まだ幾分、そちらの方が隼人的にもやりやすい気がした。

「じゃあ、それで」

 無事意見は一致し、桃香は楽しみ、と笑うのだった。




「おじゃましまーす」

 朗らかに隼人の両親にあいさつした後、もう勝手を知り尽くしているという風に廊下を抜けて階段を上っていく。

「気を付けて」

「だいじょうぶだよ」

 造りが古い和風家屋特有の急な階段で思わず声を掛けてしまう。

 慣れているのはわかっているものの一応、というのもあるが、台所でお裾分けの甘夏の包みをパージした上で隼人には信じられないくらいの荷物量だったのでそれもある。

「なんで手荷物が二つも」

「女の子だから、かな?」

「……やるの勉強会だよな?」

 男子には反論不能な言葉を出されても、疑問符が消えるわけでない。

 自分ならそれだけあれば一泊できそうだ、と思って……一瞬浮かんだ光景を慌てて追い出す。

 幾ら何でもこの歳にもなってそれはない、過去には何度かあったとはいえ。

「おじゃましまーす」

 そんな隼人の心の内なんて全く知らない風に数分前と同じセリフで隼人の部屋の襖を引いて「あれ?」などと呑気な声を出している。

「何か変だった?」

「変ってことはないけど……」

 この部屋、狭くなった? と、昔からある箪笥に指をあてて。

「それは桃香が伸びたから」

「わかってるんだけどね」

 隼人の方を向いて今度は指を隼人の身長の高さまで上げる。

「何?」

「ぐーんと伸びた人にいわれるとなんだか複雑」

 変わり様に複雑なのは隼人の方も同じだった。

 客観的に見ても整っている容姿の少女の、それも下からのアップは攻撃力が高い。

「むかしはほとんど変わらなかったのに」

「それでも三センチはこっちが高かった」

 男子のプライドで指摘すると、むぅ、と少し口をとがらせる。

 意地の悪いことを言われた時のリアクションは身長差が殆ど無かったころと同じだった。




「さ、こっち」

「うん、ありがと」

 その後も二言三言あって桃香は更に言いたそうだったが、いつまで経っても終わらなくなるので座布団を敷いて促す。

 桃香ちゃんが来るなら、と母が用意した薄紅の座布団の上にパステルイエローのカーディガンと白いスカートの桃香が座ると我が部屋ながら殺風景だと思っていた空間が一気に華やいだ。

「じゃあ、はじめよっか」

「ん」

 教科書とノートを開き、立てて使用することもできるペンケースを設置する、更には。

「はやちゃ……くんは」

「……」

 準備を整えながら桃香の手が一瞬止まる。

「指摘した方がいい? それとも流した方が?」

「とりあえず真面目に聞かないで……」

 小さなスタンドを机に置いた後、両方の頬を自分でぺちぺちしてから何事もなかったかのように仕切り直す。

「はやくんは、勉強するとき音あってもへいき?」

「多分平気というか、そういうこと考えたことなかった」

「わたしはラジオ付ける派なんだけど、邪魔だったら止めるからとりあえず入れていい?」

「ん、試してみるかな」

 スタンドに乗せたスマートフォンのアプリを起動する手付きは非常に慣れている印象を受けた。

「……」

「はやくん?」

「何だかすごく勉強ができる人……のように見える」

「えへ……どうせだったらあっちでくればよかったかな?」

 エアで眼鏡をかけ直す仕草をして笑う。

「まあ、この前の入学後の実力試験はそれなりだったよ」

「……何位だったか聞いてもいい?」

 一回瞬きをして、それから少し得意げに左手を広げて右手の指を三本立てた。

「本当にできるんじゃないか」

 因みに隼人の方はその方式で言うと手が五本必要だった、同じ表現方法で伝えると桃香は十分凄いと笑う。

「……ずっと成績良い人に言われるとなんだか複雑だ」

 さっきの身長の時の言い方で返すと桃香は可笑しそうに笑った後、追加で教えてくれる。

「先生、がよかったからだと思う」

「先生?」

 言った後、思い当たる。

「もしかして」

「文系の悠お姉ちゃんと理数の彩お姉ちゃん」

 そしてすぐに肯定された。二人の姉的存在は通っている名門女子高でも成績上位者、らしい。実際に知る術はないが。

 もっとも、あの二人の場合勉学が苦手、という様の方が想像できないが。

「二人とも、頭いいだけじゃなくて教えてくれるのもすっごくわかりやすくて、本格的に教えてもらうようになったらグングンだったよ」

「あー……わかる気がする」

「今度四人で勉強会する? はやくんも成績ぜったい上がるよ?」

「それは間違いないだろうけど……」

 それぞれ妹が欲しかったところに弟しかおらず、よって溺愛と言っていいレベルで桃香を可愛がっているところに比べると、隼人も愛されてはいるのだろうがその方法は若干癖が強い。

「……気疲れもすごそう」

「あはは……」

 桃香も「そんなことはないよ」とは言わなかった。

 そんな苦笑いを引っ込めた後、小さく呟く。

「そっか、お姉ちゃんたちとは定期的に会ってたもんね」

「……年に一度、程度だけれど」

 気が付けば、ラジオは物悲しいバラードを流していた。

「……全部、こっちの都合のせいだから」

「……でも、あのことを決めたのは」

 ただ、幸いにも「ちょっとしんみりさせ過ぎましたかね?」というパーソナリティの声に続いて聞こえてきたのは明るい曲だった。

「とりあえず、続きやろうか」

「うん」

 桃香が何度か瞬いて目から何かを追い出していた。

「いっしょに、勉強しよ」

 そんな桃香に、わざとらしいけど少しおどけた口調で返す。

「もう、やってる」

 今やってる、と念を押すと桃香もはにかんだ。

「えへ……そだね」




「そろそろ休憩しよっか?」

「ん」

 番組終わりの挨拶でそろそろ区切りが良いかというところでの提案。

 桃香が勉強道具を入れていたのとは違う荷物を解く。

「さ、どうぞ」

 参考書、教科書、ノートと次々に畳んで重ねて出来たスペースに籠に入った包みが一つ。

 促されて開ければ奇麗に焼けた四角や星形のクッキーがいい匂いとともに現れる。

「ええと……」

 昔から「ももちゃんのおかしづくり」に付き合ってきた身としては苦い、他……しょっぱい、粉っぽい等の思い出があったものの。

「さすがに、ちゃんとしたのを作れるようになったよ」

 照れたように笑う桃香にそうだよな、と返してから一つ摘まむ。

 「どうかな?」と目で聞かれれば素直に答える。他にそれしかない感想だったから。

「美味しい」

「よかった」

 絶妙な時間帯もあってつい二つ目に手が伸びる、桃香も「わたしも」といって小さめのものを一つ口に入れて目を細めてからもう一度包みに手を伸ばすと保温ポットと二人分のカップが現れる。

 桃香がポットを傾けるとカップに注ぐ音と共にクッキーとは違う良い香りが漂った。

「珈琲?」

「お茶も好きだけど、こっちが合うかな? って」

 口元に運んで香りと共に飲み込んだ深い苦みがさっきまでのクッキーの甘さを程よく上書きして……でもそれが引くと逆に甘いものが欲しくなる。

「これ、危ない」

 三つ目に手を伸ばしながら、懸念を表明する。

「いい感じでしょ? 彩お姉ちゃんのおじいちゃんご指導の上、お墨付きだよ」

「本物の喫茶店のマスター……」

 感心しながら、いけないと思いながら、もう手に取ってしまう。

「桃香、珈琲飲めるようになったんだ」

「ま、まあ……ね」

 隼人の方を見ながらさりげなく器用にスティックシュガーとフレッシュミルクを二個ずつ投入している。

「……これはこれで美味しいよ」

「まあ、元が良いから、うん」

 味変わらないか? という言外の声が聞こえたのか。

「味見は入れずにやってるよ」

 大分薄くなったコーヒーブラウンを口にして、続ける。

「他にももうちょっといろいろ作れるようになったんだけどね」

「すごいな」

「でも、最初はクッキーリベンジで昔とは違うってみせたかった、かな」

 若干桃香のレパートリーとしては物騒な単語だったけど、それに合わせて参りましたと表明する。

 実際ラジオから流れ始めた軽快な曲も合わさって極上の休憩時間だった。




「さて、と」

「そろそろお開き、かな」

 休憩も挟んで続けた勉強は正午を回り昼食の時間も見えてきた。

 実際、一階の方からは遠く食事の支度の音が聞こえ始めていた。

「お母さん、いつでもはやくんごはんに連れてきていいよ、って言ってた」

「家の母さんも同じようなこと言ってた」

 非常に仲の良いお隣同士、事情に合わせての融通の利かせ方は万全だったし、和食中心の吉野家と洋メインの綾瀬家で子供としても普段と違う味が新鮮だった。

 子供の料理の好みと青果店の強みである食後のフルーツで大分隼人の方が喜んでいた感は否めないが。

「あのオムライス、また食べたいかもしれない」

「わたしも、はやくんちの親子丼、好きだよ」

 そんな話題で否応なしに空腹が頭をもたげてくる。完全に勉強会はお開きになる流れだった。

「そこはまた、しっかり事前にお願いしてから、で」

「そうだね……はやくんとごはん、楽しみ」

 話しながら桃香が荷物をまとめ終わって。

「それじゃあ、またね」

「いや……」

 桃香が持ち上げようとした鞄を先に手に取って。

「一応、送る」

 もう一つ理由はあったけれど、そうしなければ悠に頭を引っ叩かれる気がした。

 桃香は一度瞬いた後、にっこりと笑う。

「10メートルもないけど」

「まあ、その、一応」

「うん、ありがと」

 実際問題、数分の行為だった。

「美味しかった、ありがとう」

「ううん、お粗末様……」

 すぐに到着し、桃香に荷物を渡すことになる。

「桃香?」

「また、作ってもいい?」

「そりゃ、嬉しいけど」

「じゃあ、また今度ね」

 小さく手を振って店の奥の自宅に戻っていく桃香。

 そんな二人をにこにこと見ていた店番の桃香の母と話してから隼人も記録的に短い帰路に着く。

 「今度オムライス作ってまってるね」と言われ、まさか聞こえているはずはないのに驚いたけれど嬉しくもあった。




 そして。

 昼食のかき揚げそばを平らげて自室に戻り、思わず呟く。

「何か広い……」

 昔から自覚していたことだけれど。

 桃香が返った後の部屋は格別に寂しかった。



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