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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
106/225

90.とてもとてもご機嫌に

「えへへ……」

「ん?」

「ううん、なんでもないよ」

 電車に並んで座ってから、もう三度目のやりとり。

 かなりぴったりとくっ付いている桃香がちらちらとこちらを見ながらちっちゃく満足そうに笑っている。

 そんな電車の窓から柔らかく差す陽の光みたいな桃香を見られる隼人も照れくさいが……彩たちには感謝、というところだった。

 ただまあ、本日は他に目的も足したいので忘れずに言っておかなければ、ということで口を開く……大前提は二人でのおでかけ、だけれど。

「桃香」

「うん?」

「桃香の服を見た後とか、合間とかでいいんだけど」

「うん」

「俺も少し冬ものを買っても大丈夫か?」

 改めて確認したら結構足りなくてさ……と先週衣替えしたクローゼットの中身を告白する。

 それは母も認めたところで、軍資金を今朝方下賜されたところだった。

 ついでに実の息子より桃香を可愛がっている感もある母は何か甘いものでもご馳走してきなさいと色を付けてくれていた。今の桃香の服装を見ながらの気分だとモンブラン辺りが食べたくなる。

「もちろん、いいよ」

「ん、ありがとう」

「むしろ……わたしもはやくんの服、選んじゃっていい?」

「……ああ、その方がいいな」

 その方が今日の買い物が楽しくなる気がする、それと。

「じゃないとはやくん、黒かグレーかモスグリーンばっかりになりそうだもんね」

「……紺色もあるって」

 一瞬思ったところをズバリと指摘される。

 あと、やはりそう思われていたかと自分の箪笥の中身にこっそり溜息を吐く。

「ところで、はやくん冬服そんなに足りないの?」

「それなりに使えそうなのは、一部お下がりに向こうに置いて来たし……」

 年下のいとこが何人かいるから、と説明する。

「六人兄弟、だっけ……はやくんのお母さん」

「よく覚えてたな……」

 その中でも年の離れた下から二番目だけれど結婚は割と早いので親族の子供たちの中では年下の子も幾人かは居るのが隼人のポジションだった。

 以前問題になったのは、最近になるまで女子ばかりで男子が殆ど居なかったことだが。

「着れなくはないけど丈が足りなくなりそうなのも多かったから」

「……はやくん、まだ伸びてるもんね」

 ちょっとだけ唇を尖らせた桃香が膝の辺りを突いて来る。

「どこまで伸びるつもりなの?」

「……制御は出来ないけど180には届きたいかな」

「うーん……今の調子だとはやくん行きそう」

 あと三センチ足らずだから恐らく、と隼人が考えていると。

「届かせるのたいへんそう」

「必要に応じて屈むよ」

 そんな桃香の呟きに深く考えず反射で応じてから。

「えっと……それって」

「……桃香こそどういう意味だよ」

「……え、えへへ」

 人差し指同士を突き合わせて笑っている桃香を見ながら、ちょっとこの話題は終了させよう、と思うのだった。




「お待たせ、はやくん」

「ああ」

 女性服売り場に一人での待機時間が一旦終了し若干ほっとしながら戻ってきた桃香を迎える。

「ええっと、ね」

 二着分のハンガーを手に尋ねられる。

「どっちが、お好みだった?」

「……ん」

 にっこり笑って選択を求めてくる桃香に、思うことがある……隼人はやはりその役目には向いていないのでは、と。

 センス等に自信が無いのもあるが、正直に言えば両方甲乙つけ難いほど可愛く好みだったのだからどうしようもない、という意味で。

 いっそのこと両方……と、思わず財布の中身とか夏休みの報酬の残高等を考えてしまう。

「俺が選んでいいのか?」

「はやくんにいいって思ってもらうことが大事なんだよ?」

「……ん」

 ただ、今回は選ぶべきかと桃香に促されて、そのくらいは頑張れよと自分の尻を叩きながら一応と布地に触れながら考える。

「どちらも、すごく似合ってて、女の子って感じがして……良いなって思ったけど」

「ほんと?」

「選ぶなら、こっち……かな?」

「うん」

 頷いた桃香は、もう片方を陳列に戻してそれから足取り軽くレジに向かった。




「貸して」

「軽いよ?」

「それでも」

 小さくありがと、と呟いた桃香から受け取った紙袋を受け取ると隙間からさっき検分した黒いリボン付きの薄いクリーム色のセーターの布地がちらっと見えた。

「はやくん、はやくん」

「うん?」

「どうしてこっちだったかは……教えてもらっていい?」

「……ん」

 ちゃんと好みを覚えておきたいから、と言われると全く言わない方が罪深い気がする。

「こっちの方が……布地が柔らかいし暖かそう、だからかな」

「わたしが寒がりだから?」

「それは事実だろ?」

「うん」

 そっか、とほぼほぼ納得してくれている桃香に内心でだけ懺悔する。

 やわらかくあたたかそう、は何も実際に着る桃香だけではないから。

 電車でここまで来るときのように隣でもたれかかってくれたりとか……抱き締めたとき、とかに。

「だから、だよ」

「うん」

 だから、この服を桃香が着ている時期の間にはもっとそうできるようになりたい気持ちも込めていた。

 桃香は……この場合は隼人も、暖かいのが好きだから。

「えへへ」

「ん?」

 繋いだ手の、反対側の方の手で裾と注意を引っ張られる。

「今度のおでかけの時、着てくるね」

「……楽しみにしてる」

「うん」




 そのまま、階層の案内表示に従って別フロアに移動する。




「ほら、はやくん、じっとしてて」

「……ん」

 正直。

 自分の服を併せて見ることを頼んだ時は言い方は悪いが軽い気持ちだったし、さっき桃香の一着目を選べたところで結構気は軽くなっていた。

 なのに。

「あー、これもいいかも」

「そ、そうか」

 まさか、男性服売り場の方でこんなに、先程まで以上に居辛い気持ちにさせられるとは……想定外だった。

 にこにことしながら隼人の前に合わせたセーターを畳み直してから、あれもいいかもと普段は感じさせない俊敏さで隣の棚にも手を伸ばす。

 売り場担当のおばさま店員さんには先程から何やら微笑ましそうに見られているし、他の服を見繕っている男性客が桃香に目を奪われた後で隼人を発見して「ああ……」やら「畜生め」というような顔をされたのは都合四度。

 スキップを踏みそうなくらいの軽やかさで、うきうきの幸せオーラを放つ桃香は兎に角目立っていた。

「ちょっと派手やないでしょうか、桃香さん」

「このくらいは明るい、って言うんだよ」

 うっかり卓上に放置していた水族館の桃香とのお揃いのペンを母親が二度見したくらい、色彩に乏しい普段の隼人のセンスには色々と眩しかった。

「ふむふむ、これも……」

「ははは……」

「はやくん、じっとして」

「あ、はい」

 そして、そんな風にしながら隼人の前に選んできた服を当てて品評する桃香を止める術を持ち合わせてはいなかった。

 で。

「やっぱり、これかなぁ」

 想定の三倍超の時間をかけた後、桃香が選んだのは気持ち薄手で、深い色合いのワインレッドだった。

「もっと明るいのもいいけど、それだとはやくんがちょっと苦手でしょ? で、そこまで温かすぎない感じで」

「……まあ」

「大人っぽくていいかな、って」

「じゃあ、これで」

 まあ、普段自分が選ばないものという意味で任せるしかないのか、と自分の発言に責任を持つ。

 それに暑がりな隼人の性分のこともきちんと考えてくれているので文句のつけようがない。

「それと、もう一着くらい必要かな?」

「ああ」

 そしてそれを桃香セレクト以外にすることは許して貰え無さそうだった。

「じゃ、これで」

 グレー系でそこは隼人も選びそうな色合いだけれど、ノルディック柄。

 また絶妙に自分では買わないけど、だからと言って着るのに抵抗があるほどでもないラインだった。

「似合うと思うんだけど」

「桃香がそう言ってくれるなら」

「うん」

 じゃあ、と受け取ろうとした隼人ににっこり笑ってから手をすり抜け桃香がそのまま二着を抱いてレジまで持って行ってしまう。

「お願いします」

 そう言って出した後、ポケットの中の財布に手を伸ばしつつ追いついた隼人を肩越しに振り返りながら。

「たのしい」

「……ん」

 そんな言葉を無邪気な表情で発するのだった。




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