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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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89.休日の身支度(改善提案一件)

「じゃあ、またね、かぐや」

 まだ足りなさそうな甘えた鳴き声を桃香に出しているかぐやを横目で見ながら、たっぷりと撫でられたくせに……と思わずそう考えてしまうが、その考え方は若干情けないぞ、と頭を振って切り替える。

 そして桃香に悟られたら何だかんだと隼人も撫でられる流れになってしまうからな、と内心で一つ頷いたところで何一つ切り替えられてない、と自分に内心でビンタする。

「はやくんは」

「……ん」

「またあとで、だね」

「ああ、そうだな」

 向けられた笑顔は飛び切り可愛くて多分隼人だけが見れるものだったし、望めばそれ以上も自分ならば……等と考えてしまう。

 それはもうわかっているのに自分は何をしているんだ、という話にもなるのだけれど。

「出発からいっしょで、いいのかな?」

「あ……ああ、それがいいな」

「うんっ」

 そんな隼人の内心を知らぬ気に……知られたら隼人はかなり辛いが。

 準備してくるね、とリードを手渡して家に戻る桃香の後姿を見送るのだった。




「ふぅ……」

 徐々に秋は深まっているものの、まだ日中は汗ばむくらいだから、と薄手の長袖シャツに着替えて。

 桃香は多分もうしっかりとした布地の服だよな……と思いながら一応鏡で問題はないかをセンスに自信はないなりに確認して一階に降りつつ居間に声を掛ける。

「じゃあ、ちょっと長めの買い物行ってくるから」

「了解しましたが、その前に」

「はいっ!?」

 全くの想定の外の人物からの声に思わず二度見する。

 澄ました顔をして来客用の湯呑を持っていたのは。

「彩姉さん」

「おはようございます、隼人」

「あ、ああ……おはよう」

 何時の間に、と考えるけれど先程隼人が散歩から戻ってかぐやを居場所に戻した後、支度を整えている間、としか言い様がなかった。

「悪いけど、今から出かける……よ?」

 行き先も同行者も告げずに言うけれど。

「わかっていますよ、でもその前に隼人に悠姉と私から少しばかりプレゼントを」

「?」

 頷いた彩はバックから小ぶりのドラッグストアの紙包みを出してから。

「御馳走様でした……少し隼人と洗面台、お借りしますね」

 お茶、美味しかったです……と台所にいる隼人の母にそんな声を掛けつつ、おいでなさいと指先で隼人を促すのだった。




「珍しいね、一人でだなんて」

「悠姉が来ると、長くなるのと」

 最近、以前より桃香が構ってくれないと若干拗ね気味なので桃香の顔を見ると長くなります……と暴露が入る。

「……ああ」

 心当たりしかない原因の張本人なので、曖昧な相槌に留める。

「あと、本人が目立ちすぎてサプライズにならないので」

「サプライズ?」

 まあ確かに彩がいきなり居てびっくりしたけど悠が居たらあんまり黙ってないし雰囲気から存在感あるからすぐに気づくからか? 何て思ったところで。

「隼人、少し屈んで……いえ、いいですね、割と届きます」

 悠の方が女性としてはかなり高いので普段はそんなに思えないが、本人もそれなりに長身の彩の手が隼人のこめかみのあたりに触れた。

「……猫の耳は特に付けてないけど」

「そういうことではないですよ」

 彩はそんなことを言いながら紙袋を開封すると、更にその中身の小ぶりの容器の蓋を取った。

「まあ、きっかけは学園祭絡みですが」

「どういうこと?」

 容器の中身を少し指先に掬った彩が、じっとしているように言いながら隼人の髪に手を伸ばした。

 軽く、柑橘系の匂いがした。

「隼人が桃香を守って水を被った後」

「ああ……」

 そんなことも確かにあった。

 何て半月前のことをぼんやりと思い出していると。

「隼人が着替えてくるのを待っている間、ちょっと桃香は大変だったんですよ?」

「?」

「隼人を心配するのと、申し訳ないのと、隼人に庇われたので嬉しいのと、抱き締められて照れているのと……」

「姉さん」

 改めて言語化されると恥ずかしくなってくる隼人にいつものように全く構わず彩は口と手を動かしている。

 後は多少地味ながらも確実に美人な顔が成長後最も接近しているのも効いているが、勿論それも彩は気にする風などなかった。

「後は、髪を無造作に撫でた隼人がいつもとちょっと違って格好良かった、と」

「!」

 こんなものですか、と軽く満足そうに隼人を見て、彩が通常距離に戻る。

「まあ、総じて乙女全開で可愛かったですね」

「……そうだったんだ」

「なので、驚かせつつ喜ばせてきなさいな」

 鏡には普段桃香と出掛ける時の櫛のみを使った我流より少し髪を後ろに流しつつ全く整った髪型になった隼人が映された。

「……気合入り過ぎに見えない?」

「あんなに可愛い子を連れ回すのならそのくらい入れなさい」

 軽く、首筋にチョップを入れられる。

「……そう、かも」

「そうですよ」

 彩が彼女にしては鼻息荒く告げる。

「万が一絡んでくる輩が居たら全力で排除なさい」

「はは……」

「笑い事ではないですよ? 桃香が男子に粉をかけられていると知る度どれだけ歯痒かったか」

「いや、姉さん、本当に桃香のこと好きだよな、って」

 一度瞬きしてから、真剣な顔になって彩が口を開く。

「当たり前じゃないですか、可愛い可愛い妹ですよ」

「……うん」

「無理強いはしませんが、それなりに可愛い弟といつまでも仲が良いと嬉しいですから」

「それなり」

「そこは気にしないで良いです……というか、昔ならまだしも今桃香の一厘くらいも可愛いと言えますか?」

 もう一発チョップを見舞われる。

「まあ、そうなんだけど」

「耳を付けてくれたら多少は考慮しますが」

「気に入ったの?」

 苦笑いが思わず出たところで、容器の蓋を閉めながら彩が肩を竦める。

「さ、じゃああまり待たせないうちにいってらっしゃい……あと」

「あと?」

「ちゃんと桃香を褒めるんですよ、冬服見てくるんでしょう?」

 これはプレゼントしますね、と男性用整髪料の容器を洗面台の棚に置きつつ肩を押される。

「うん……姉さん」

「はい?」

「ありがとう」

「いいえ、お安い御用です」




「お待たせ、はやく……」

「……」

「……」

 そんな彩との一幕があったものの、やはり男子と女の子の違いはあるのか先に玄関先で待っていた隼人のところに小走りちょっと手前くらいのペースで自宅の玄関から出て来た桃香の表情が驚きの形で固定される。

「……」

 そのまま口をぱくぱくさせながら、隼人を指差したかと思いきや、その手で自分の頬を摘まんだり何かして。

「えっと、あの」

「……変だったら戻してくる」

「わーっ、駄目ダメだめー!」

 ちょっとした居心地の悪さに回れ右しそうになった隼人の腕が慌てて掴まれる……青果店の手伝いなどのお陰で結構強い。

「ちょっとびっくりしただけだから、はやくんぜんぜん変じゃないから!」

「……そう、か?」

「うん、むしろ……」

 桃香が、流石に少しだけ小さくした声で囁いて来る。

「……すっごく、格好いい、よ」

「……なら、よかった」

 本気で安堵の溜息を吐きながら胸をなでおろす。

「でも、どうしたの?」

「いや……その」

「うん」

 少し迷ったものの、嘘を吐くことではないと思い正直に話す。

「彩姉さん……いや、姉さんたちに、注意されたというか……言われてようやく気付いたというか」

「?」

「桃香もお洒落してくれてるんだから、俺も多少は気をつけないと……良くないよな」

 秋らしく、何だかティラミスかモンブランあたりを食べたくなるような色合いの装いの桃香は隼人の気持ち分を差し引いたって目を引く少女だった。

「嬉しいけど、そこはあんまり気にしなくてよかったというか……」

「ん?」

「はやくん」

「お、おう?」

 ずいっと隼人に顔を近付けた桃香が注文してくる。

「変じゃなくてすごく格好いいんだけど……」

「ああ」

「その髪型、学校じゃ禁止ね」

「……整髪料くらいは駄目じゃなかったと思うけど」

「そうじゃなくって!」

 もう一段近付いて、高低差はあるものの桃香が耳打ちをしてくる。

「このはやくん、できるだけひとり占めしたい……ってこと」

「そんなに、か?」

「うん」

 そんな大したものじゃないけれど、桃香がそう言ってくれるなら……と思っているとズボンのポケットの中で着信が震える。

 誰だろうか……と思ったところで思い出す。

「桃香」

「うん」

「この件は桃香のお望みの通りにするので……そろそろ行こうか」

 自宅にはまだ彩が居ること、と……そもそもここは隼人と桃香の家の前だということ。

「あ、そうだね」

 電車時間のこともあって素直に頷く桃香と軽く手を繋いで歩き始める。

 歩きながらの会話の途中で手早く確認すればメッセージの送り主は彩で玄関前を空けてくれないと帰れないという行間込みの苦情だった。

 それとあと、追伸として。

『桃香の好きな香りで選んであるのでそこもちゃんと使いなさい』

 とのことだった。


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