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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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86.ハプニングも二日目

「は、はやくん?」

「とりあえず、走って」

「う、うん」

 桃香の肩に回した手に伝わる柔らかい感触に意識が一瞬だけ引っ張られるものの。

 人の少ない方を目指しつつ桃香の身体を引き寄せるようにしながら足を動かす。

「すみません」

 こちらを見て驚いて足を止める人の間を縫いながらも、こちらを制止する声は追いかけて来ているな、と耳で確認して。

「もう少し、スピード上げても」

 大丈夫か? と聞こうとするも桃香の表情を見た瞬間、厳しいなと判断する。

 いっそのこと。

 それなら桃香を抱き上げて走った方がむしろ速いと計算してもう一度桃香に呼びかける。

「桃香」

「うん」

「目を閉じて、俺に任せて」

「ほえっ!?」

「いいから」

 今までとは逆に、肩に回した腕で桃香を止めて僅かに身を屈めて膝の裏を掬い上げようとした、その時。

「ヘイ、タイムタイム」

 追いかけてくる声に明らかにスピードの速い女性のものが加わり。

「ちょーっと話、聞いてもらっていい?」

「……杉田、先輩?」

 それは最近聞き覚えができた声で、振り向けばその通りの人が笑顔で真後ろまで追いついてきていた。

「そのままじゃ綾瀬ちゃん、色々と危ないよ」




「本当に」

「御免なさい」

 力一杯頭を下げてる手術着姿とゾンビメイクの先輩に、桃香はまだ怯えているのと息が上がっているのとで首を横に振るので精一杯、の模様だった。

 隼人の方は全く息は乱れていないものの……別の意味で伏せた顔を上げられずにいた。

「いやぁ、なかなかの光景だったよ」

「……杉田先輩」

「彼女を抱いて護りながら校庭を駆け抜けていく様子」

「いえ、その……」

「杉田ちゃん、さすがにその言い方はアレなんじゃ」

「あ、ウチのクラスが発端なのは、本当にゴメンね」

 謝るように手を合わせてはいるものの、ニヤニヤが止まらないという様子だった。

 先ほど彼女から説明されたところによると、ホラーゲーム会場で雰囲気作りのための毒々しい薬棚が人がぶつかったことで傾き……たまたまそこを宣伝で校内を周りつつゲームを体験していた演劇部の魔女役と王妃役の生徒が巻き込まれ、当人たちに怪我は無かったものの。

「これはさすがに使えないですね」

「でしょ?」

 魔女の衣装の一部というか、帽子とマントが少なくとも今日は使用不能、といった状態になっていた。

「それで綾瀬ちゃんのこと思い付いて探して貸してもらおう、ということになったんだけど……焦って慌てていたのと、そもそも学際でテンション高かったので」

「本当、御免」

「苦手だとは知らなかったんだ」

「苦手云々以前に君ら怖いからね」

「「うっす」」

 もう一度深々と頭を下げる上級生に、ようやく息と動揺が収まってきた桃香が今度ははっきりと。

「いいえ、びっくりはしちゃいましたけど」

 そう言って、帽子とマントを外して近くの演劇部の生徒に手渡していた。

「ありがとう、助かったわ」

「いいえ、わたしたちも見に行くので頑張ってくださいね」

「うん」




「席、殆ど埋まってるね」

「昨日がよかったらしいから評判なんだな」

 体育館に移動し、並べられてるパイプ椅子の埋まり具合を見ながらそんなことを話す。

「桃香が大丈夫なら」

「うん」

「立ち見にするか?」

「そうだね」

 混み合うより良いかなと思って提案すれば桃香はあっさり頷いて。

「わたし、立ち仕事はなれてるよ?」

「そうだったな」

 一つ頷いてから、こちらはまだまだ空いている壁際に移動すると……桃香がぎゅっと隼人の手を握ってきて。

「あー……」

「?」

「こわかった」

「だよな」

 握られたままもはみ出している指を畳んで桃香の手の甲を軽くあやす。

 明るい室外だったから何とかなったものの、そうでなければ……例えば照明が消され気味になっているこの体育館くらいなら桃香は完全にアウトな筈だった。

「ほんとに、びっくりしたんだよ」

「俺も多少した」

「そうなの?」

 そんなことないでしょ? とでも言いたげな不思議そうな声に、思わず苦笑いの声で返す。

「俺を何だって思ってるんだ」

「頼れるはやくん」

「……」

 迷わず言い切られて、思わず桃香の方をじっと見てしまう。

 桃香は大きく瞬きを一つして。

「あれ? 違った?」

「いや、それは」

 後頭部を一掻きして、続ける。

「そう思って貰えるのは嬉しいんだけど……俺もあの状況には驚いてて対応は間違えたな、って」

 多少混乱したのもあって、桃香をあんな風に連れて駆けてしまったのは……そして抱き上げる寸前だったのは反省事項だった。

 昨日以上に、目立ってしまっていた気がする。

「あはは……でもね」

 桃香が笑って隼人の方を見上げていた。

「わたしは、ちょっと楽しかったよ」

「……」

「先生からは注意されちゃうかも、だけどね」

 人差し指を立てた笑い方に、隼人も小さく笑う。

「確かに、あれはちょっとだけ楽しかったかもな……あんな人混みを走るのは良くないけど」

「ねー」

 頷いた桃香がもう少しだけ隼人の方に寄ってから、肩に手を置いて少し背伸びしながら耳元に手を添えられ、囁かれる。

「どきどきしちゃった」

「……桃香は怖がりだもんな」

 その行為の方がよっぽどだよ、と思いつつも明度を落としている体育館内を味方にして表には出さない。

 位置と立ち方を戻した桃香が、手を頭の方に伸ばして今は預けてある帽子の鍔を直そうとした動作を横目で発見して丁度良いと利用する。

「今、忘れてただろ」

「あ、わかっちゃった?」

「ああ」

 頷いてから、ポケットを経由して桃香の頭に手を置いた。

「頭が寂しいならこれでも乗っけとくか?」

「ネコ?」

 何の抵抗もせずに素直に頭に付けて軽く髪を整える桃香に、こちらから乗せておいておかしいけれど逆に戸惑う。

「いいのかよ」

「はやくんがしてみたいのかな、って」

「……それでいいのかよ」

「うん」

 逆に黙るしかない隼人に、その意図はないのだろうけれど桃香が追い打ちをかける。

「ほんとは、はやくんの手が来てくれるといちばん寂しくないんだけどね」

「……」

「ね?」

 ちょんちょんちょん、と脇腹を三回ばかり突かれる。

「今は駄目だろ」

「うん、そうかも」

 頷いた桃香が、もう一度つま先立ちで高さの差を少し埋めてから。

「にゃあ?」

「無駄に鳴きまねが上手いのは知ってるって」

「えへへ……昔からしてるからね、はやくんに構って欲しいときに」

 笑った後、改めて、と声を潜めて問いかけてくる。

「じゃあ、いつなら?」

「……それは触れる方が聞く台詞じゃないか?」

「待ってるから聞くんだよ?」

「む……」

 それは確かに、と思わされる。

「明日は……振替休日だから」

「そうだよね」

 元々そのつもりだったことを改めて口にした。

「一緒に、どこか……じゃないよな」

「そうだね」

「家に、来るか?」

「うん♪」






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