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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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85.宝籤ものの確率で

「風邪ひいてない?」

 朝の挨拶の次が、そんな問いかけだった。

「全然平気だよ」

「うん、よかった」

 全然、を少しだけ強調して答えるとホッとしたような笑顔が返ってきた。

 桃香に面倒を見てもらう、つまり甲斐甲斐しく看病してもらうというのもそれはそれで魅力的だとは思うけれど今日は色々な意味でそんな場合ではなかった。

「今日は……」

「今日は?」

「平和に過ぎると良いなぁ」

「あ、あはは……」

 心からの、そんな呟きが口から出る。

「はやくんがびしょ濡れとかは嫌だけど……あんまり何にもないと、さみしくない?」

「昨日でお腹いっぱいだよ」

「……だよね」

 じゃあ行くか、と声を掛けて並んで歩きだす。

「ん?」

「えへ」

 並んでいるものの桃香の歩き方が完全に並行ではなくて少しだけ内側に傾いて桃香の肩が隼人二の腕に接触する。

「どうした?」

「ううん」

 とりあえず商店街の間はそんなことを何度か繰り返して、二日目にして最終日の学園祭が待つ学校へと向かった。




「なーんか、やたらと挙動不審だな」

「周囲警戒している猫みたいだ」

 登校、準備、本番と滞りなく進み、交代の時間になったところで蓮と誠人に苦笑いされながら指摘される。

「いつもと違う、気分の浮ついている環境には危険が潜んでいるかもしれないよ」

「外れたホースからの水が直撃するなんてそうそう起きないと思うけど」

「むしろ、今日も起きたらチャンスだから宝籤買ってこいよ……ってか、浮ついたとかどの口が言ってやがる」

 認めてはいないものの、昨日の出来事は隼人と桃香のことということになっていた……認めてはいないものの、事実なので。

「というか、隼人の場合やっかみでやられるかもな」

「駄目駄目……むしろ吉野と綾瀬さんの場合ハプニングをも味方にして二人の世界作るから逆効果だよ」

「……そんなつもりはないんだけど」

 最近、割合普通の友人関係だと思っていた誠人まで隼人に厳しくなりつつある気がした。

「えっと、とりあえず自由時間行ってきます」

「おー、気をつけてな」

「無事は祈っておくよ」

 そんなところに、丁度勝利も通り掛かって。

「ま、しっかりガードするんだな、王子様」

「……だからそういうのじゃないって」

 しっかりと当て擦りされながらも。

 まあでも、とりあえず三人とも根は良いんだよな、とそれなりに長くなりつつ過ごした時間を思いつつ片手を上げて後半組にバトンタッチをした。




「桃香」

「あ、はやくん」

 いつもの美春たちは勿論として、他の女子たちと大人数で固まっていたところに声を掛ければにっこりと笑って顔を上げてくれた。

 あらあら、という何人かからの表情に大っぴらに行き過ぎたと反省はするものの、桃香はそんなことはもう気にしていない様子だった。

「今ね、どこの展示が面白かったとかの情報交換してたの」

「ああ、成程ね」

「演劇部の白雪姫が何だかすごいみたいよ?」

 そんな桃香の情報に、頭の中がクエスチョンマークになる。

「白雪姫が凄いって……どんな?」

「敢えて言うなら……カレー? ナマステ?」

「高上さん……それって」

「おっと、これ以上はネタバレになるから言わない」

 インド……ってことは最後全員踊り出すのか? と想像するが。

「ちょっと、気になるな」

「見に行こうよ?」

 時間は合うよ、と桃香がプリントを見ながら教えてくれる。

「……そう、するか」

「うん」

 呼びに来ておいてなんだが、女子たちの前でこれから一緒に回りますと宣言するのには一瞬躊躇いがあった。

 それに構わず頷いた桃香に、他の女子が声を掛ける。

「綾瀬さんは何か面白いところあった?」

「あ、トリックアートのが面白かったよ」

 桃香がアルバムを開いて昨日撮った写真を表示させれば数名の女子からは集まりから数歩分引いて立っている隼人にやっぱり一緒に写ってるんだ……とばかりに少し視線を送られる。

「これとか、上下がわからなくなってて不思議だよね」

「おー、そういうことなんだ」

 そんな中で。

「さらにもう一つ不思議な要素があるよね」

「え? そう? どこ?」

「どう見てもカップルが映ってるのに付き合ってませーん、とかいうある意味の怪奇現象がね!」

「……え?」

 何を言ってくれている、と隼人は額を押さえ。

「美春ちゃん! 絵里奈ちゃん!」

 流石にここまでの直球には、桃香も少し顔を赤くして声を上げていた。




「もー……」

 あれだけやっておいて。

 隼人の物差しでは照れる基準が時々わからないが、まだ少し染まりが抜けてない頬を膨らませた桃香に手を引かれながら校庭の方面に下りようと階段の方に向かっていた。

「……なら、手は離した方が良いんじゃないのか?」

「やだ」

 提案は今更過ぎるので全く本気ではなかったし、すっぱりと拒否されてむしろ嬉しくもある。

 あと、時々妙に子供っぽくなるところも好きか嫌いかで言えば好みではあった。

 ただ。

「何か、今日は昨日より……」

「り?」

「見られてる気がするんだが」

 自分たちは特に昨日から変えてないし、周囲は……心持ち、制服姿の男女ペアが増えた気はする。

 ならむしろ目立たなくなる気がするんだけど、と思っていると。

「はやくんじゃないかな?」

「俺?」

 桃香にそう指摘され、隼人は自身を指した……けれど理解できない。

「桃香、じゃなくてか?」

「うん、そうだよ」

 頷いてから桃香が少し考える仕草をして、手を解いて立ち止まった。

「もしかして」

「って、危ないぞ」

 階段の途中でそれは、と言いかけたところで高低差を利用して桃香の手が隼人の耳の上あたりに伸びてきた。

「忘れてたの?」

「……!」

 昨日に続いて周囲の圧により着用させられていた黒猫の耳を指摘される。

「早く……教えてくれよ」

「お祭りだからそのまま行くことにしたのかな、って思って」

「……忘れてただけだって」

 慌てて外して、ズボンの後ろポケットに入れる。

 勿論入りきらないが、黒同士紛れてはくれるだろうと思った。




「おいし」

「ん」

 その後、幾つかの展示を周ったりしてから校庭に出て、複数のクラスが屋台を出している界隈でクレープを頬張った桃香が満足そうな表情で感想を言っていた。

「ここのフルーツは、うちのお店の方から仕入れてもらったんだ」

「ああ、そういうことか」

 そういえば準備期間中、桃香を訪ねてきた先輩が居たな……と思い出す。

 確か同じ小学校で比較的近所だったし、何より女性だったので殆ど気にしてはなかったけれど。

「じゃ、味は間違いないな」

「うん」

 当然、というように桃香が頷く。

「値段も、おじさんたちこういうのは結構勉強してくれそうだし」

「仕方ないなー、とか言いつつ楽しそうだったよ」

「だよな」

 桃香の両親のそんな様がそれはもう目に浮かぶようだった。

「あ、そういえばおじさんたちは来るんだっけ?」

「多分、午後からお店休みにして来てると思うよ? はやくんのところは?」

「ウチも大体そんな感じ……」

 評判の青果店ほど店を閉じる時間に神経質になる必要のない古書店だが、隼人が必死になって午後から来場するように言い含めていた。

 あんな姿で立っている所は見られたくは、ない。

「そうなんだ」

「ああ」

「えーっと……」

 桃香がいつになく忙しなく周りを見回した後、それでも小さな声で聞いて来る。

「ひとくち、食べる?」

「ん……」

 慎重に、とはいえその提案をしてくるのか……と思ったものの。

 味を含めて魅力的な提案なのは確かだったので。

「……貰う」

「うん」

 窓のない校舎の壁の方を向いて、背中側から鍔の広い桃香の帽子に触れて少し傾けつつ、その陰で差し出されたチョコバナナの味を一口口に入れた。




「どう?」

「美味しいよ」

「うん」

 我が事のように……まあ、家の果物と桃香の手に持っているということでそれなりに我が事、で喜んだ桃香に応えて。

 誰にも見られてないよな……ともう一度周囲を気にした瞬間だった。

「!」

「わ」

 校舎の上の方から、何かが倒れるような音と悲鳴が聞こえて……桃香は肩を強張らせ、隼人は思わずそんな桃香に手を伸ばしていた。

 ただ、完全に触れる前にその音が遠いことに気付いて……。

「びっくり、したね」

「ああ」

「こっちじゃなくてよかった」

「全くだ」

 二日連続でそんなことが起きるんだったら蓮に言われた通り本気で宝籤ものの確立だよ、と思いつつ安堵の息を吐いて。

「クレープも無事か?」

「あはは……うん」

「そっか」

 桃香が食べている様を、落ち着いた気持ちで眺めた。




「おいしかった」

「な」

 包装紙をきちんと設置されたごみ箱に入れた後、そんな風に話しながら校庭を再び歩いていた。

「あとは、もう少し回ってから演劇部、見てこようか」

「わかった」

 隼人が頷いた後、暫く二人で喧騒を聞いて……桃香が呟く。

「学園祭、終わっちゃうね」

「まあ……な」

「ちょっと、さみしいね」

「最近は結構掛かり切りだったからな」

「ね」

 今口にした感情の乗った顔で空を見上げた桃香に釣られて隼人も同じようにすると視界を横切っている万国旗に目が行った。

「次は……体育祭か」

「そうだね……来月、じゃなくて今日からだと今月末、だね」

「そうだった」

 今日から新しい月だった……と二人で思わず笑う。

 行事の準備と区切り的にどうしてもそんな実感は湧いてなかった。

「はやくんは多分リレーだと思うから、がんばってね」

「ん……」

「わたし、いっぱい応援するから」

 両手を胸の前で握っている桃香の表情は言葉通りだったものの……ほんの僅か、悲しい色もあった気がして、そしてそれはさっき言っていた学園祭が終わることへの寂しさとも違う気がした。

「はやくん、脚速いもんね」

「……」

 桃香の顔を見ながら……もっと幼かった頃の泣きべそ顔を思い出していた。

 確か、あれは二人三脚で……。

「あのさ、桃香」

「うん?」

 思わず隣の細い肩に手が伸びかけた、その時だった。




「あー!」

「見つけた!」

「「?」」

 校庭に響くくらいの声がして、思わずそちらを向けば。

「……ひっ」

 その声の主は血塗れの手術着姿とゾンビメイクの二人組で……それが何故か。

 隼人というか、固まっている桃香の方を見て校舎の方から一気に走って来ていた。

「桃香!」

「あ」

 隼人は思わず、伸ばしていた手でそのまま桃香の肩を抱いて駆け出していた。





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