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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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84.女の子は大切に

「水、かな?」

 後頭部から背中から結構大変なことになっている気はしたけれど、冷たいだけで痛みなどは無いので本当の大事ではないか、ととりあえず結論する。

 頭頂部から流れた分が額やこめかみを伝って行くのを感じて、このままじゃまずい、と思って。

「桃香、ちょっと離れて」

 最前はこっちから引っ張っておいてなんだけど、と顎の下あたりに収めていた桃香の二の腕を放し、逆にそっと肩を押して隼人の方も一歩下がる。

 折角濡れずに済んだみたいなのにこのままじゃ意味が無くなるところだったな……と思ったところで確認する。

「桃香は」

 驚きが抜け切っていない表情を見ながら、思った以上に濡れていた髪を適当に絞って撫でつけながら。

「大丈夫だったよな?」

「……え?」

「桃香?」

 呆けた顔に、まあ突然の出来事だったからな……と小さく息を吐く。

「桃香」

 腕で額をぬぐいつつもう片方の手で、もう一度呼びかけながら軽く、肩と二の腕の境辺りを叩く。

「ひゃ……う」

 悲鳴と驚きが混じったような声が漏れた後で。

「大丈夫、だよな?」

「あ、うん……髪とか裾にちょっとかかったくらい、かな」

「そっか、じゃあタオル要るな」

「う、うん……」

 桃香が隼人の言葉に頷いて……その瞬間思い至った、と声が大きくなる。

「わ、わたしより」

「ん?」

「はやくんこそはやく拭かないと! でしょー!!」




「ははは……」

 どうやら。

 校庭の出店へ引いていたホースをどこかのクラスの台車のタイヤが踏んでいて、出ないのを不思議に思って蛇口を全開にしたところ接続部がすっぽ抜けた、というのが真相というか経緯の模様だった。

 ひたすら原因となった上級生クラスの皆さんに謝られて……その後、体操服に着替えて濡れた制服を畳みながらまだ少し暑いくらいの季節で幸いだったな、と思う。

 あれだけ浴びた割にはそこまで体も冷えてないし、帰って洗濯して干せばすぐに乾くだろう。

「隼人」

「うん?」

 そんな時、扉の向こうから悠の声が呼びかけてきた。

「もしアレなら、真矢ちゃんの所から男子用の服、借りてくるか?」

「……謹んで辞退します」

「桃香と、ついでに私たちも軽く喜ぶけど?」

「やりません」

 桃香が喜ぶなら一ミリくらいは検討しないでもないけれど、それにしたって人の目があるところでやることでないと判断する。

 やるなら、こっそり、二人しかいない場所……。

「止めよう」

「うん?」

「なんでもない」

 また脳が深みを選ぶところだった、と首を横に振って思考を切り替える。

「それはそうとして、そろそろ来客は退場する時間なので」

「ああ……そっか」

 手元に時計はないが、そういう頃合いなのかと彩の声に誰も見ていないところだが頷く。

「あとは」

「よろしく」

「?」




「ええと……終わった、けど」

 着替え終えて丁度無人だった教室から声を掛ければ桃香が扉を引いて入って来る。

 帽子は外しているものの俯き加減のためか、表情は見えなかった。

「ちゃんと、拭いた?」

「ああ」

「寒かったりはしない?」

「全然、個人的にはむしろまだ暑いくらいだよ」

「……そう」

 桃香が気にしないようにとはいえ少し誇張し過ぎかな、とは思ったけれど実際、隼人の基準では日中はまだまだ暑いくらいの季節。

「えっと、ね」

「うん」

「この前から、いろいろ……ごめんね」

「ん?」

「わたしが、忘れものした時とか」

「ああ……」

 それも併せて気にしていたのか、と思い至って……中身を整理すれば。

「別に忘れ物くらい大した話じゃないし……桃香が暗いところが駄目なのは桃香が悪いわけじゃないし、さっきのあれなんて桃香が気にすること一つもないだろ?」

「そうかも、だけど……」

「だけど?」

「今回は、はやくん……びしょ濡れになっちゃったし」

「桃香が濡れるよりいいし……単に、避けられなかっただけだし」

「……ホントに?」

 さっき、桃香の二の腕を引き寄せた手を突かれる……反応は、していたことを指摘される。

「咄嗟にああしかできなかったんだよ」

「……」

「桃香に、何かあるより全然いいし」

「……でも」

 何かを言おうとして言葉を探している桃香を制して、軽く、頭を二度ほど手のひらで触れる。

「まあ」

「まあ?」

「多少は頼れるな、って思って貰えればお釣りが出るくらいだけどな」

 少しの間動きを止めた桃香が、口を開く。

「ほんと?」

「こんなことに嘘はつかない」

「えへ……」

 一気に、桃香の声色が綻んだ。

「思っちゃって、いいの?」

「ああ」

「ちょっと、どころじゃなく……頼りにしちゃうよ?」

 さっき突かれてからそのまま接触していた指先が、隼人の手首に回される。

「大事に、したいので……構わない」

「うん……」

 小さく頷いた後、一呼吸おいてもう一つ尋ねられる。

「花火の帰りもそんなこといってくれたけど……」

「……ああ」

 あの時は人並みで、今回の冷水とはちょっと違うけれど……体勢は似ていたか、と思い出す。

「それって、わたしが女の子だから?」

「……まあ、そうかもしれないな」

「……」

 複雑そうな音の桃香の言葉にならない声を聞いてから、付け加える。

「半分は」

 付け加えてから、それも違う、と思い直す。

「いや、三分の一にも行かない……かな」




「一体どうしたの?」

 一日目の営業時間が終わって、着替えて戻ってきた花梨に体操服姿を指摘される。

「まあ、ちょっとあって」

「ふぅん」

 まあそれはいいんだけど、という顔をしてから……隼人の隣を指して。

「そっちも、一体どうしたの?」

「何でもないよ?」

「……」

 指された桃香はいつも通りな感じで、答えるけれど。

 いつものほわっとした笑顔が膨らみ切っていて……学園祭のオープニングに校庭から飛ばされていった風船のように舞い上がっていきそうだった。

「風の噂で聞いたんだけど」

「何?」

「ちょっとした事故で派手に噴射された水から彼女を抱きしめるように庇ったイケてる彼氏が本日で目撃されてるんだよね」

「へぇ?」

 花梨の隣にすすっと現れた美春たちが花梨に聞かせるだけでない声量でクラス中にうわさを流してくれる。

「それは初耳だ」

 中身はともかく、そういう噂があること自体は初めて聞くので嘘では、無い筈。

「心当たり無いの? 吉野君」

「学園祭だしハプニングの一つや二つあるんじゃないかな?」

 琴美に聞かれるも肩を竦めて見せる、が。

「ちなみに、近くに居合わせた美術部の先輩の証言によると」

「……ん?」

「男の方は結構背が高くて、女の子の方はちょっと色の薄くて先に少しだけ癖がある髪の長い、とーっても可愛い子だったって」

 一応手は添えているものの、口元の笑みが隠せない絵里奈がそんな目撃情報を添えてくれる……クラスの他のメンバーからの目線は「お前じゃねえの?」から「お前だろ!」に変わりつつあるのが感じられた。

「吉野君?」

「よく、わからないけど……この学校、人数は多いし」

「でも、その中でもとっても可愛いってなると吉野君的には桃香、だよね?」

「…………否定はしないけど、そこは今は関係ないと思う」

「……えへ」

 隣というか斜め下から、照れたような溜息が聞こえた気がしたが。

「まあ、吉野君は桃香への守りは固そうよね」

「うんうん」

「そりゃ……女の子が危ないって思えば何かするんじゃないかな? 普通に、一般論として」

 つい、桃香と反対側を向いて答える、と。

「ほほーう? ジェントルじゃん?」

「じゃ、あたしたちが何か危ないときも助けてくれるの?」

 琴美と美春に笑いながら尋ねられる。

「まあ、見過ごしはしない……よ」

「それじゃ」

「僕らだと?」

 次いで、笑いながら横から蓮と友也が生えてくる。

「体操服に着替えてください」

「うわー」

「ひどっ」

 軽く周囲に笑いが湧いて、良い落ちになったかな……と思ったところで。

「やっぱり、そういうことなのね?」

「……何が、でしょうか?」

「吉野君が体操服の理由」

「あ……」

 遠回しに自白してるようなもの、と花梨に言外に指摘される。

「まあ」

「?」

「学園祭、満喫しているようで何よりよ」

 花梨はいつもよりストレートな表情で、小さく笑っていた。




 そして。

 担任の先生が教室に現れて……終礼、となるため皆が席に戻っていく中。

「ね」

「ん?」

 桃香が小さく呼びかけてきて、両手の指でそれぞれ三と一、を作っていた。

 さっき隼人が言った三分の一、か……と思い至りながらも、やはりと思い直す。

 自分の左手で三を出した後、完全に広げた右手をその隣にくっ付けた。

「少なく見積もって、こう……な」

「……うん」

 その桃香の返事と笑顔に、またレートが変わるのを自覚する。

 女の子だから、というのはそのくらい小さな理由だった。





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