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不老不死の男の大切な友のための墓参り

作者: 光井 雪平

ここに来るのは二度目だ。


初めて来たのは3年前。


あの日のことを忘れることはできない。


いや忘れてはいけないのだ。


あれは私の罪であり罰なのだから。


あの日の足取りも重かったが、今日も変わらず足取りは重い。


だが、あの日に比べれば少しましに感じる。


目的地まではあと少し。


あの日と同じ感情が少しずつわき上がってくる。


帰りたい、逃げたい、と。


あの日はそれは許されなかった。それだけは許されなかった。


正直な話をすれば、今日は逃げても問題はない。許されるかどうかは自分自身だけに委ねられている。


だからこそ、私は逃げてはいけないのだ。


もうほんのあと少しだ。


私の目的地。


墓まで。


私の大切な戦友。


私の初めての親友。


そして、私のせいで死んでしまった彼の墓まで。




 墓まで着いた瞬間、思ったのは着いてしまった、というある種後悔のような感情であった。


 墓は簡素なものだ。彼の名前が掘られた石碑が置いてあるだけだ。彼の名前を見た瞬間、胸が苦しくなった。


 彼の顔が脳裏に何度もよぎる。戦場での顔、陣地での顔、馬車の中での顔。

 そして、さらに彼との他愛ない会話をしたときのことがどんどんと思い出される。


 笑顔でくだらない話をしてくれた彼のことを。


 そして、最後に、何度も何度も夢の中で見た彼の最後の瞬間が脳裏に蘇る。


 私の腕の中で徐々に弱っていき、体温も下がっていった。


 口から血を吐き、血だらけになりながらも笑顔で私に話しかけながら眼を閉じた。


 最後の言葉は忘れられない。


『ごめんな』


 彼はただ一言謝ったのだ。私が思うに彼は色々な人に謝ったのだろう。


家族に。


友人に。


戦友に。


 死んでしまったことを謝ったのだ。家族に、友人に帰れないこと、もう会えないことも謝ったのだろう。戦友には、迷惑をかけてしまうことを謝ったのだろう。


 そんな必要はないというのに。彼は優しかったから。


 きっと私にも謝ったのだろう。私と彼には約束があったから。


 私の心の拠り所ともなった約束があったから。


 私に謝る必要などなかったというのに。


 彼の墓の前に立つだけで、こんなにも気持ちが辛くなるとは思わなかった。辛くなるだろうとはわかっていた。だけど、それでもここに来なければ行けなかったのだ。


 今日は彼の命日だから。


 それに、報告したいことがあったのだ。


「戦いは終わったよ」


 私はポツリとつぶやいた。もっとはっきりと大きな声で言えよ、と彼は言ったかもしれない、生きていれば。よく言われたことだ。


 だけど、それが全力だった。私の全力だった。


 その後、しばらく、私はそのまま立ち尽くしていた。

「誰か来てるよ、お母さん」


 小さな子どもの声が後ろから聞こえる。私は戦々恐々としながらゆっくりと、振り向く。


 そこには、私が最も会いたくない人物がいた。


 いや会ってはいけない人物であった。


 彼女のほうが私に会いたくないだろうから。


 子どもがお母さんと呼んだ人物。


 最後に会ってから3年経って、少し雰囲気が変わっていても彼女が誰なのかは、はっきりとわかる。


 私の親友の。


 今墓参りしている彼の、、、、


 最愛の妻だ。


 彼女の顔を見た瞬間、脳裏にあの日の記憶が鮮明に蘇る。


 彼が亡くなったことを報告し、遺品を渡すためにここにやってきた日のことを。


 絶望したような顔。悲しい顔、怒りの顔、苦しみの顔。


 そして、彼女に泣きながら必死の形相で言われたこと。

 

『返して、あの人を返して。なんで、なんであの人が死ななきゃいけないの』

 

 彼女は続けて言った。私に向かって、死んだような眼で。


『あなたが死ねばよかったのに、そうすればあの人は死なずにすんだのに』


 この言葉は何度も何度も脳裏に浮かび上がったことだ。


 そう私が死ねばよかったのだ。


 私が死ねば、きっと彼は生き残った。


 何度も何度も思った。傷つくことはなかった。だって当たり前のことだと思ったからだ。


 そうできれば、私が死ねればよかったのに、と何度も思った。


 あの日、そのまま私は何も言わずにその場を立ち去った。何も言うことはないと思ったからだ。


 謝っても意味はないと思えたから。


「来てくれたのね、夫のために」


 彼女は驚いた顔をした後に、話しかけてきた。私はただ一言、「ああ」と告げた。


 そして、その場を立ち去ろうとした。彼女の前にいてはいけないと思ったから。


「お母さん、このおじさんだあれ?」


 その子どもの声につい足を止めてしまった。彼女は優しげな声で言った。


「お父さんの友達よ、大切なお友達」


 彼女のその言葉に衝撃を覚える。そんなことを言ってくれるとは思えなかったからだ。


「そうなんだ、おじさんも墓参り?」

「ああ」


 私は戸惑い気味に元気あふれる子どもの疑問に返答した。「そうなんだ」と言った後、子どもは思いもよらないことを言った。


「よかったね、お父さん。お友達来たよ」


 私はそんなことを言われる資格はないと言おうと思った。だけで言えなかった。その子どもの嬉しそうな表情を見たら、言えない、言ってはいけないと思えたのだ。


 今度こそ、と思いながら、その場から立ち去ろうとする。逃げるように。だが、


「待ってよ、おじさん。お父さんの話聞かせて」


 私の足が止まる。そんなことを言われるとは思わなかったのだ。私はちらりと彼女のほうを見る。彼女も驚いたような顔をしていたが、思いもよらないことを言ってきた。


「少しだけでもいいからお願い」


 彼女は私を去ることを望んでいると思っていた。いや、きっと子どものことを思ってのことだろう。


「少しだけなら」


 私のその返事を聞いて、子どもは嬉しそうに喜ぶ。その様子に彼の喜んでいたときの様子を思い出した。眼をそらしていたから、向き合っていなかったから気付かなかったが、子どもは彼によく似ていた。雰囲気が。


 彼が生まれ変わったかのように感じた。


 私は彼女らの家に行くことになった。二度目の訪問だ。


 彼の話をするための訪問。


 一度目と同じだ。だが、二度目は少し違う。


 彼との思い出を話すために行くのだ。


 楽しいことを、嬉しいことを。


 辛いことではなく、苦しいことでもない。


 そのことを思えば、私の足取りは少し軽くなった。



 彼女の家に着くまでにも私は子どもにせがまれて、彼についての話をした。


 彼とあった様々なことを、ときに大げさにしながらできる限り楽しい話を選んであげた。彼がかっこよかった話もした。そして、彼に救われたということも話をした。


 ずっと孤独であった私が彼のおかげで多くの友を得られたことを話した。


 子どもは眼を輝かせて、私の話を聞いてくれた。


 私は罪悪感を感じながらも、それを必死に隠しながら話をした。


 色々な話をしていくうちに、徐々に子どもは眠くなっていったようであった。ある話の区切りがつくと、彼女は子どもに寝るように促した。子どもは「まだ話し聞きたい」とあくびを押し隠しながら、言った。私は「また今度話すよ」と言った。


「本当?」

「ああ」

「じゃあまたね」


 子どもはそういうと少し名残惜しそうにしながらも彼女と共に寝室へと消えていった。私もその流れに乗じて出ていこうとするが、彼女に止められる。


 私はなぜ止められたのかはわからなかったが、そのまま部屋に残ることにする。


 少しして、彼女が戻ってくる。


「ありがとね、あの人の話してくれて」

「いや、気にしないでくれ」


 その会話の後に、私と彼女の間を沈黙が支配する。私には彼女の意図がわからなかった。彼女は私と会いたくないはずだ。


 私のせいで、彼は死んだのだから。


 彼は私と同じ部隊の一員であった。正確に言えば、私のために作られた部隊の。


 だからこそ、私が戦場に出れなければ、せめて最前線に出なければ、彼は死なずにすんだのだ。


 極論を言えば、彼女が3年前言ったように私が死ねばよかったのだ。


 そんなことはできないとわかっていながらも。


「ねえ、戦いは終わったのよね」


 突然の彼女の発言に驚きながら、私はああ、と言ってうなずいた。


「長い戦いだったわよね」

「ああ」


 私が参加した戦い、それは7年前に始まったものだ。突如北方の地に現れた現れた大量の魔物と魔王を名乗る存在。その魔王と大量の魔物が侵攻してきたために、私は、私たちは戦った。


 そして、つい先日、魔王が倒された。私はその現場にいた。そして、魔王が倒されるところを見た。


 魔王が倒されると同時に、大量の魔物は消え去った。最初からそんなものがいなかったかのように。


 だが、多くの人が死に、多くの人が傷つけられたことは変わらない。その事実が消え去ることはないのだ。


「ねえ、あなたはこれからどうするの?」


 彼女の突然の質問に私は答えを持っていなかった。


 私はその答えを探るために、今日彼の墓参りに来たのだから。


 私はいずれ現れるであろう魔王のために、産まれたときから育てられたのだ。


 魔王の出現は予言されていたのだ。はるか昔に、太古に。


 私の役目は魔王を倒すこと。魔王に対抗する戦力になること。その役目は終わった。


 そうなれば、私の生きる意味はない。


 私を待つ家族もいないのだから、なおさら誰かのために生きれない。

 

 だが、私には問題がある。


「決まっていないのね」


 私は彼女の言にゆっくりとうなずく。私は彼女がなぜこんなことを話しているのかがわからなかった。なぜ彼女は少し私を気遣うような、心配するようなそぶりをしているのかもわからなかった。


「だったらお願いがあるの」

「お願い?」


 彼女からの願いとはなんだろう?と思っていると、彼女は少し苦しそうな表情を見せて、何事かをつぶやく。私がなんだ?と思っていると。


「ごめんなさい」


 突然の謝罪の言葉であった。なぜ彼女が謝るのかと驚きで固まる。


「あの時、私は言い過ぎてしまった」

「そんなことはない」


 私は反射的に大声で否定した。あの時の彼女が言ったことは当たり前のことだ。


「いえ、私は怒りと悲しみに飲まれて、あなたをさらに傷つけてしまった」

「そんなことはない。あれは当たり前のことだ。正しい発言だ。私が死ねばよかったのだ」


 私の息が苦しくなる。なぜ彼女がこんなことを言っているのかはわからない。本当にわからなかった。そんなことを思っていると、彼女から私を驚かせる発言が出てくる。


「あなたは死ねないのに?」


 私の体は固まる。


 そう、私は死ねない。


 私は不老不死だ。


 それは魔王に対抗するために、私が魔法で行った、いや行われたことで、私は死ねなくなった。


 特に隠していることではなかった。だけれども、彼女からそのことを言われるとは思わなかった。


「あの人の話しであなたが死ねないことは知っていた。約300年前から生きていて、多くの友と家族と別れたことも。それであなたが孤独でいき、辛く苦しんできたことも」


 彼女の言は事実だ。彼に話したこともあるから彼女に伝わっていてもなんらおかしくないことだ。


「なのに、私はあなたに死ねばいいのにと言ってしまった。それができないということがわかっていたのに。そして、あなたがそのことで苦しんできたことも知っていたのに。だからごめんなさい」


 彼女は深々と頭を下げる。私は何も言えなかった。許すのは違う。だって彼女の謝罪には意味がない。だって、私は謝っても貰う必要がないのだから。


「謝らなくていいのだ。君のあの日の発言に私は」


 傷ついていない、そう続けようとした瞬間、言葉が続かなかった。私は机の上に置いてあった手に水が垂れたような感覚を感じる。


 その時、私は気づく。私は泣いていることに。


 涙など、いつぶりだろうか。彼の死んだときには泣けなかった。だって罪悪感に苛まれていたからだ。


「なんで?私は?」


 わけがわからない。わからなかった。なぜ自分が泣いているのかが。自分の心が。


「これを読んで」


 彼女は突然私に手紙を渡してくる。私は涙をぬぐうと、手紙を見る。それは彼から彼女に向けた手紙の一つのようだ。彼が戦場で暇さえあれば書いていた手紙の一つだろう。そして、日付的に彼の最後の手紙のようだ。


 最後のほうまではほとんど他愛ない話しばかりであった。噓のかっこつけの話もあった。


『前に君に話したことだが、俺には二つの幸福がある。一つは君に出会えたこと。まあ何度もこっちは言ってるから知ってるな。そして、二つ目は大切な友に出会えたことだ』


 大切な友?


『俺の大切な友は、俺の人生の10倍以上の時間を過ごしてきた。だからこそ、あいつは傷ついている。俺は友のためにできることをやりたい。だから、一緒に戦場に行っているんだ。あいつを一人にしたくないから』


 文字が震えて、かすんでみえるので読みづらい。どうしてだかはわからない。


『だから、俺は戦場に行く。あいつとの約束を果たすためにも。あいつを一人にしたくないためにもな。まあもちろんお前らを守るためっていうのもあるけどな、というかそっちのほうが上。だから嫉妬すんなよな、あいつに。じゃあまた会える日を楽しみにしてるぜ、わが最愛の人へ』


 手紙はそれで終わりだった。


 この時、私は初めて知った。彼が私を一人にしないために戦場に来てくれていることに。


 私を一人にしないための約束はあった。


 大事な約束は。


 でもそれは戦いが終わってからのはずだった。


 戦いが終わったら一緒に暮らそうという約束が。


 兄弟ということにして、家族になろうと彼が言ってくれた。 


「バカだ、バカだ、なんで一人にしてくれてよかったのに」


 私は泣きながら言った。戦場で一人でもなんとかなった。それに一人は慣れていると言ったではないか。


「戦場で一人は辛いってわかっていたのあの人は。それにそういう人でしょ、あの人は」


 彼女の気遣うような声が聞こえてくる。そして、ああそういうやつだ、と彼は思う。だからこそ、私は彼に感謝しているのだ、友として。


 私はこの日、わかった。私は傷ついてきたことに気づけなかった。気づこうとしなかったのだ。そのほうが楽だったから。


 しばらくの間、私は泣いた。泣き続けた。今まで泣けなかった分を発散するかのように。


「君の謝罪は受け取る。だが私は許さないでくれ」


 しばらく落ち着いて、私は彼女にそう言った。彼女は聞いた「それでいいの?」と。


「ああ、私のせいで彼が死んだことに変わりはない。例えそれが彼が望んだことだとしても」


 彼女はそうと、寂しげに言った後、鋭い口調で言った。


「では、絶対に許さない。あなたのことを」


 私はうなずく。これでいいと思った。これが最適だと。


「それでお願いとは?」


 私は彼女に尋ねる。彼女が私にお願いがあったことを思い出したからであった。彼女は一度寝室のほうに眼を向ける。そして、真剣な表情でこちらを見る。


「あの子のために生きてほしい」


 彼女は告げた。しっかりとはっきりと。


 私はこの瞬間、嬉しさを覚える。


 だってそれは、私は生きる意味を得れたと思ったし、大切な友の忘れ形見のために生きることは幸せに思えたからだ。


 私は今日ここに逃げずに来てよかったと思う。


 そして、何よりも彼に会えて幸せだと思った。


「わかった、あの子のために生きよう」


 私は彼女にそう力強く返答した。彼女は微笑みを浮かべた。


 この日、私の止まった歯車はまた動き始めたように感じたのであった。


 彼と友になった時と同じように・・・


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