【2】空阿の処遇
セントロイス城のある1室にて、召喚された6人についての会議が行われていた。
「英雄の1人なのだぞ!!」
「そんなこと言っても、『悪魔召喚』などというスキルは認められん。悪魔は魔族の仲間なのだぞ」
「だが、召喚という名前なのだから、魔族を使役できるということなのではないか?」
「それじゃあ、1度試させてみるか?」
「そんなことをして、召喚された悪魔が王都を襲撃したらどうするのだ!!」
王国の権力者があーでもない、こーでもないと議論をしている様子をローレンス国王は眺めていた。
「シュナイドよ」
「はっ」
「どう考える」
「確かに、空阿殿は英雄召喚で呼び出された者の1人ではございますが、如何せんスキルが……」
「『悪魔召喚』か……。どうしたものか……」
魔族には悪魔族というものが存在し、人類に対して大きな被害を与えてきたこともあり、簡単には受け入れがたいものであった。始めは英雄たちの情報について話し合っていたのだが、空阿の話題になると議論も白熱していった。休憩を挟みながら何時間も話し合いをしており、いつの間にか午前3時を回ろうとしていた。
「ふーむ、このままでは埒が明かないな……」
「英雄に関することですので、仕方ありません。英雄は我々セントロイス王国だけの問題ではないですから」
英雄という重大な事柄は、人類の存亡に大きく関わってくるため、どうしても会議の時間は長くなってしまった。
しかし、ターマル・ゲッター。この男の発言によって、話し合いは終わりに向かっていった。
「……しかし、本当に『悪魔召喚』は魔族を召喚して使役できるのでしょうか……」
「それは、どういうことか?ターマルよ」
「いえなに、英雄召喚は5人だったという伝承があったと思うのですが、今回は6人でした。ということは、彼は本当に英雄なのでしょうか?」
「それは……。英雄召喚で呼ばれたのだから、英雄なのだろう」
「そうだそうだ。伝承といっても、それがどれだけ前のものだと思っている。伝承が正しいかどうかも分からんではないか」
「もしかしたら、彼は英雄ではないのかもしれません。……魔族のスパイなのかも」
その一言に会議に参加していた者達に動揺が走った。確かに伝承では五大英雄と記されていたが、その伝承も何百年も前のものであり、記述に関しては正しいものかどうか決めかねていた。ただ、伝承に従って、召喚を行ったというのも事実であった。
「もし、魔族のスパイなのだとしたら、6人召喚されたのにも納得できます。そして、『悪魔召喚』のスキルも、ただ、魔族を召喚するだけのスキルだとしたら?」
「魔族のスパイだとして、王都の中心でそのようなスキルを使われたら……街中が魔族で溢れかえってしまうことになる……」
「そうです。そのように考えれば、召喚されたのが6人だった理由も、『悪魔召喚』というスキルも理解できます。何より、読めなかったスキルに関しても怪しすぎます。もしかしたら、両方のスキルを隠そうとしていたが、何かしらの問題が起きて『悪魔召喚』の方は隠すことができなかったという考え方もできましょう」
「確かに……。しかし、地下牢に連れていかれる様子を見ていたが、スパイだったなんて思えんぞ……」
「もしかしたら、記憶が消されているか、封印されているのかもしれません。スキルを使った際に記憶が戻るようになっているとか……」
ターマルの発言は憶測にすぎなかったが、会議に参加していた者達は黙ってしまった。もしかしたら、英雄召喚を行うという情報を魔族は掴んでいたのかもしれない、そうだとしたら、スパイを送り込んでいてもおかしくない。そんな考えが全員の頭によぎった。
「……しかし!!それはただの憶測ではないか。その考えが正しいとは限らない」
「そうだ!!何より、彼は英雄なのかもしれないのだぞ!!」
「……でも、元々英雄は5人だったと伝承でも書かれていますし、1人ぐらいいなくても……」
「何を言ってる!!魔族に勝つには1人でも多くの英雄が必要なのだ!!」
「彼が英雄とは限らないのでは?」
「う、確かにそうではあるが……」
空阿が英雄なのかどうか分からないといった存在であるため、全員が一歩踏み込んだ意見ができないでおり、話し合いは平行線をたどっていた。
その空気を変えたのは、ローレンス国王であった。
「……処刑することにしよう」
国王の発言に周囲は驚き戸惑った。
「よろしいのですか?」
「……仕方あるまい。幸いにも我が国の英雄の詳細はまだ他国には知れ渡っておらん。あの者を勇者召喚に紛れ込んだ魔族として処刑することにする」
「しかし、彼は英雄なのかもしれないのですぞ!?」
「それは……分かっておる。しかし、英雄である確証もない。ここで消してしまうことよりも、英雄としてこのまま手元に置いておくことの方が、後々の惨事を招きかねない」
「伝承では五大英雄とのことだったので、始末してしまっても問題は少ないかと思います」
「うむ、6人目の召喚者、苫芝空阿は処刑することに決定した!!異論は認めん!!」
しかしという声も出たが、心のどこかでは処刑することが良いと思っていたのもあり、全員押し黙ってしまった。
「でしたら、拷問して情報を聞き足した後にした方が良いのではないでしょうか」
「いや……。処刑するのに時間がかかればかかるほど、魔族にも他国にも余計な情報を与えることになる。ならば、さっさと処刑してしまった方が良かろう」
「なるほど。分かりました」
「では、少し遅くなってしまうが手回しの時間も必要であるため、本日の19時に処刑を実行することとする。手回しが終わり次第、街へと知らせるのだ!!」
「はっ!!」
会議も終わり、他国に説明する際に必要となってくる、空阿が魔族のスパイであるという証拠、国民に説明する際の内容、召喚の場にいた者たちへの口裏合わせなどの準備が進められていった。そんなことになっているとはつゆ知らず、空阿はスヤスヤと眠っていた。
朝日が昇り、空阿は目を覚ました。
「ここは……そうか、捕まったんだったな……」
目を覚ませば、元の世界に戻ってるかと思ったけど、戻ってないか……。
牢屋の中ではすることもなく、ただただ時間が過ぎるのを待った。
なーんで、こんなことになっちゃたのかなぁ……。はぁ……、帰りたい……。
周りも薄暗くなってきたころ、牢屋に近づく影が見えた。
「お、おい!!ここから出してくれ!!何でこんなとこに入れられてるんだよ!!」
近づいてくる影は兵士たちだったが、空阿の呼びかけには一切答えず、牢屋の鍵を開けて中に入ってきた。
良かった、出れると安堵したのもつかの間、兵士たちは空阿に口枷を付けて、手錠をかけて拘束した。状況が飲み込めず暴れた空阿であったが、兵士たちは物ともせずに空阿を運んでいった。
「んー!!んー!!」
おい!!どこに連れていくつもりなんだよ!!おい!!おいってば!!
空阿が運ばれた先は街の中で、周りにはたくさんの人がいた。人々の中心には木で作られた大きな十字架が立っており、それの下には木の枝や薪などが置かれていた。
おい、おいおい、まさかだけど、これって……。火あぶり……。
「んー!!」
命の危険を感じた空阿は逃れようと必死に暴れたが、それを意に介することなく、兵士達は黙々と空阿を十字架に縛り付けていった。縛り付けられていく間、民衆たちは空阿に罵声を浴びせ続けた。その内容は、魔族に対する恨みであったり、英雄を偽ったことに関する誹謗中傷であったりと様々であった。
空阿の縛り付けが終わると兵士たちは離れていった。すると今度は、民衆から石が投げつけられ空阿の至る所に石が当たって、血が流れる。
……どうして……どうして、俺がこんな目に……。
兵士が民衆に向かって何か言っているが、何も聞こえない。ただただ、どす黒い感情が渦巻いていく。
……どうして、どうしてなんだ……。
助け……ほ……いか?
脳内で声が響く、どす黒い感情が高まっていくにつれて声もはっきりしていった。
……誰なんだ……。
誰でもいいだろう、助けてほしいのか?
藁にも縋る思いで、脳内で響く声に助けを求めた。
……誰でもいい、助けてくれ!!
ふっ、分かった。
その声と共に、空阿は体の中に別の何かが入ってくる感覚を覚えた。次の瞬間とんでもない力で鎖を引きちぎると、背中から黒い翼が生えて上空へと飛び上がった。
慌てふためく民衆と兵士たち、その様子を見ながら、
「ふむ、どうしてくれようか」
口元に笑みを浮かべてそう呟いた。