【16】兵士に起きた悲劇
始まったのは殺戮であった。
「や、やめ……」
ザシュッ!!
しなやかな動きで縦横無尽に動き回る空阿に、兵士達は中々攻撃を当てることができないでいる中、空阿は両手の刃で敵を切り刻んでいく。その顔にはかすかに笑みがこぼれていた。
「次は……」
突然後ろから奇襲を受けた形となった兵士達の陣形は滅茶苦茶となり、前方の悪魔と後方の空阿によってすりつぶされる形となっていた。
また、切られた兵士を治療しようと回復魔法をかけるが、その傷は中々塞がらず、血が止まらないまま死んでしまう者までいた。
「お、落ち着くのだ!!」
何とか兵士達を落ち着かせて、体勢を整えようと上官が声を出していたが、それが目印となり一気に間合いを詰めた。
もらった……!!
兵士目掛けて勢いよく跳躍し、あと少しで喉元に突き刺さるといったところで、目の端に迫ってくる大剣が見えた。そのため防御の体勢をとったが、宙ぶらりんの状態でまともに防御できるはずもなく、大剣が直撃して吹っ飛んだ。
「た、助かったぞ!!」
上官は己の身を守ってくれた兵士に感謝の言葉を述べると、その場から逃げるように離れた。
「いってー……」
吹き飛ばされた空阿はすぐに立ち上がると、身体を動かして異常がないかを確認した。
「どこも折れてなさそうだな……」
空阿を吹き飛ばした兵士は2mほどの巨体を持ち、胴体と頭にしか装備を身に付けておらず、何も身に着けていない腕は丸太のように太かった。
「どうすっかなぁ……」
サムフラの方をチラッと見るとどうやら優勢のようで、ジリジリと前線を押し上げていた。安心して正面を見ると、さきほどの兵士が巨体を揺らしながらこちらに向かってくるのが見えた。
空阿は周りを確認すると、サムフラ達とは逆の方へと走り出した。巨体の兵士も空阿の方へと走ってくる。
「すまんな」
空阿は1人の兵士を捕まえると、走ってくる兵士に向かって投げた。
巨体の兵士は飛んでくる兵士を払いのけようと左手を出したが、次の瞬間飛んできた兵士の体が真っ二つに割れると、その間から空阿が飛び出してきた。
「!?」
突然のことに驚いた兵士は反応が遅れた。その隙を逃さず、空阿は流れるような動きで、兵士の左腕を切りつけると、勢いのまま喉元目掛けて刃を突き出したが、あと少しのところで躱されてしまった。
「くっそ……あと少しだったんだけどな」
兵士と距離をとった空阿は刃についた血を払う。
「……お前、名前は何て言うんだ?」
尋ねられた兵士は左腕をだらんとして肩で息をしていたが、真っすぐ空阿のことを見つめていた。
「……ガレス・デレンシギア」
「ガレス・デレンシギアか……。覚えておこう」
睨みあっていた両者であったが、示し合わせたかのようにお互いに走り出した。
「うおぉぉぉぉ!!」
ガレスは左腕が傷つきながらも、渾身の一撃を振り下ろした。しかし、空阿は回転しながら振り下ろされた大剣を躱して、すかさず右腕を切りつける。
「うぅ……」
小さくうめき声を上げたガレスであったが、両腕を切りつけられ大剣を持てないと考えたのか、大剣を離して空阿に裏拳を繰り出すも、あと少しのところでそれを躱し、脇腹と右足を切りつけて距離をとった。
「はぁ……はぁ……」
ガレスは片膝をついていた。流れ出る血によって足元は赤く染まっている。
「……終わりにしようか」
空阿は一気に距離を詰めた。ガレスは空阿の動きに合わせて腕を薙ぎ払ったが、その腕は空を切り、空阿には当たらなかった。
腕を超人的な跳躍で躱した空阿はガレスの背後をとる。
「ガレス。お前は素晴らしい戦士だった」
刃はガレスの心臓を貫くと、頭の甲冑からは血が溢れ出て足元をより赤く染め上げ、ガレスは赤き地面の上に倒れた。
空阿は刃を抜くと、悪魔を呼んでガレスを担がせた。
「領主館まで運んでくれ」
悪魔は頷くと、ガレスを担いだまま街の方まで飛んで行った。
「……よし。あとは……」
辺りを見渡すと、逃げている者や未だに悪魔と戦っている者など動きがバラバラで、統率が取れていないことが見て取れた。
「……大丈夫そうか」
そう言うと、空阿はその場から移動を開始した。
一方のサムフラは、
「ホホホ、これなら大丈夫そうですねぇ」
戦況が有利に傾いたと悟ると、悪魔に新たな指示を出した。
「皆さん。例のあれをやりなさい」
サムフラの指示を聞いた下級悪魔達は動きを変えた。
サムフラの軍勢のほとんどは小さな下級悪魔で構成されていたが、山羊の頭を持ち、体の大きな悪魔も数体いた。その数体の悪魔は兵士を生け捕りにすると、空へと飛んで、全員が目視できるようにした。
「な、なにをするんだ……」
悪魔達は捕らえた兵士の四肢をそれぞれ持ち、徐々に引っ張っていく。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
必死の抵抗しようとするが悪魔の力の前では全く意味をなさず、四肢が取れそうな痛みが続くのを耐えるしかなかった。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
右腕が取れた。
「も、もうやめてくれぇぇぇぇ!!」
左腕が取れた。
「……や、やめて……」」
右足が取れた。
「……」
左足が取れた。
物言わぬ死体となった兵士を放り投げた悪魔達は、次なる獲物に狙いを付けた。
「な、なんなんだよ……あいつら……」
悪魔達は文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していく。兵士達の間には恐怖の感情で埋め尽くされていた。
さらなる獲物に向かって急降下していく悪魔達。
「う、うわぁぁぁ!!」
近づいてくる悪魔達に恐れを抱いたのか、逃亡していく兵士。追いかけて捕まえるかと思われたが、悪魔達は追いかけることはせず、新たな獲物に切り替えた。
そんなことを繰り返しているうちに、悪魔達は逃げる者を追いかけてこないということに気が付いた兵士達は、逃げ出す者が徐々に増えていき、最終的には全員が逃げていく事態となった。
「ほー、意外と時間がかかりましたね」
逃げ出す兵士達を見ていたサムフラはどこか満足そうにしていた。
「サムフラ」
戻ってきた空阿の後ろには、拘束された数人の兵士が悪魔に運ばれていた。
「これは、これは、お疲れさまでした。空阿様」
「あぁ、お前もな」
空阿は頭を下げるサムフラに近づいて、肩に手を置いた。
「……戦意を喪失させる作戦うまくはまったようだが、今後は必要以上に苦しめるのはやめろよ」
「それは……どうしてでしょうか?」
「俺は特段必要なわけでもないのに、そういった行動を取るのは嫌いなんだ」
サムフラは少しの間黙っていたが、
「……かしこまりました。以後気を付けます」
頭を下げたままそう答えた。
「分かってくれてうれしいよ」
空阿はニコリと笑うと、サムフラから離れた。
「俺はこのまま領主館に向かうから、後のことは任せていいか?」
「お任せください」
サムフラに残党の警戒と死体の処理を任せると、空阿は領主館に向かって飛び立った。
空阿の姿が見えなくなると、サムフラは頭を上げ、
「……甘いお方だ」
そう呟くと、下級悪魔を使役して、死体の処理を開始したのであった。




