【14】空阿のいない領主館
空阿が街から離れてから一夜明け、時刻は昼頃になっていた。
「大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「空阿殿のことだ」
「うーん。まぁ、大丈夫だと思いますよ」
ラウィズは紅茶をすすると、お菓子に手を伸ばした。
「だが、丸1日帰ってきていないのだぞ」
「確かに、多少心配ですけども、空阿様でしたら簡単に殺されることはないと思いますよ」
「空阿殿が戦っているところを見たことは無いが、そんなに強いのか?」
「えぇ、空阿様がこの街の騎士団長と戦っているのを見ておりましたが、圧倒的でした……。数秒で殺されてしまいましたからね」
「数秒……。確かに、この街の騎士団長といえども、数秒で倒すとはすごいな……」
コンコン。
「失礼します」
ドアがノックされると、シアスが入ってきた。シアスはティーポットとカップ、お菓子が乗ったトレイを持っており、それらをテーブルの上に置いていった。
「シアス殿。ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「空阿殿について教えてほしいのだが」
「空阿様についてですか?」
「そうだ」
「私が知っていて教えられる範囲であれば構いませんが……空阿様についてはほとんど知りませんよ?」
「主人のことなのに知らないのか?」
「えぇ、主人ではありますが、仕えてから数日といったところですからね」
シアスは慣れた手つきでカップに紅茶を入れていく。
「そうなのか……。では、どうしてシアス殿は空阿殿に仕えようと思ったのだ?」
「仕えようと思ったのかですか……。そうですねぇ、その質問に答えるのは少々難しいですが、強いていうのなら、私が悪魔で空阿様が私を召喚したからでしょうか」
ロレーヴァは勢いよく立ち上がると、シアスと距離をとった。
「貴様……。やはり魔族なのか……?」
シアスはロレーヴァが立ち上がった衝撃で、手に少しこぼれてしまった紅茶を拭きながら答えた。
「落ち着いてください。空阿様もおっしゃったと思いますが、私は魔族と呼ばれる種族ではありませんよ」
「しかし、悪魔なのだろう?」
「えぇ、悪魔です。ですが、この世界の悪魔ではないのですよ」
「それは……どういうことだ?」
「空阿様が召喚されてこの世界に来たというのは覚えていますか」
「あぁ、覚えている」
「私は空阿様が元々いた世界の悪魔なのですよ。魔族における悪魔という種族とは別物なんです」
ロレーヴァは警戒を解かずにシアスの言葉を聞き続ける。
「なので、私はこの世界で人間と対立している魔族ではないのですよ」
「なるほど……。ならば、貴様は人間とは敵対するつもりはないのだな?」
「私自身は敵対する気はありません。ですが、空阿様が望むのであれば、魔族であろうが人間であろうが敵対します」
シアスをジッと見つめ、警戒を解かないロレーヴァであったが、当のシアスはそんなロレーヴァを気にも留めていない様子で、淡々と話していた。
「何故、そこまで空阿殿に忠誠を誓うのだ」
「そうですねぇ……」
シアスは少し考え、答えた。
「何故と言われると、明確な理由は言えないですが、先ほども言ったように召喚されたからですかね。それ以上でもそれ以下でもないです」
「空阿殿を裏切ることはあるのか?」
「それはないですね」
シアスはきっぱりと答えたが、少し思い出したかのように言葉を続けた。
「あぁ、でも、他の悪魔については分かりませんね」
「召喚した主に絶対服従ではないのか?」
「悪魔によるとしか言えませんね。忠実な悪魔もいれば、そうでない悪魔もいる。人間と同じですよ」
そう言うと、トレイを手に持って、ロレーヴァの方を向いた。
「質問はこれぐらいでいいですか?」
「……聞きたいことはまだあるが大丈夫だ」
ロレーヴァは警戒を解き、シアスに頭を下げた。
「シアス殿。失礼な態度をとって悪かった。申し訳ない」
「別に構いませんので、頭を上げてください。それでは、失礼します」
シアスが部屋を出ていくと、少しの間沈黙が流れた。
「……すごいですね。シアスさんにあんなこと言うなんて」
「ラウィズ殿も迷惑をかけてすまない」
「いえ、私は別に大丈夫ですよ。シアスさんがあんなに喋ってるの初めて見ましたし、面白かったです」
「面白い……」
ロレーヴァは椅子に座り直すと、シアスが入れた紅茶を飲んだ。
「お、おいしい……」
「シアスさんってお茶を入れるのも得意なんですよねぇ」
「そのようだな」
ロレーヴァは紅茶とお菓子を味わいつつ、ラウィズの方を向いた。
「ラウィズ殿は空阿殿とシアス殿、クルスハ殿のことをどう思う?」
その質問を聞いたラウィズはカップを置くと、背もたれに体を預けた。
「そうですねぇ……」
しばらく考えていたラウィズであったが、
「空阿様は良い方だとは思います。この街を占領するにあたっても、無駄な死者は出さないようにしていましたし」
ラウィズはでも……と続けると、少し遠くを眺めた。
「冷酷なところも持っているように感じます……」
「冷酷なところ?」
「はい。どういったところが冷酷なのかは具体的に説明はできないのですが、時折そう言った部分が見え隠れするんです」
「なるほど……」
ロレーヴァは昨日空阿に感じた冷たい部分のことを思い出していた。
「まぁ、それでも優しい方なのは変わらないと思います」
「それは、そうだな……」
わずかな時間しか接していなかったが、そのわずかな時間で空阿の優しさを感じたロレーヴァは、この街に留まることを決めたのであった。
「では、シアス殿はどうだ?」
「シアスさんねぇ……」
ラウィズは首をかしげると、うーんと唸りながら、なんて答えようか考えていた。
「……強いて言うなら、自分をあまり持ってない人って感じかなぁ」
「自分を持ってないか……」
「あの人は、空阿様のことを一番に考えているから、あまり自分の自我を出さないのよね。まぁ、それが空阿様の世界における悪魔の特徴なのかもしれないけど」
「なるほど……では、クルスハ殿は?」
「クルスハさんはシアスさんとほとんど同じだけど、シアスさんよりかは多少自分を持っているって感じかしらねぇ」
ロレーヴァの質問に答えて、紅茶を飲み終わるとラウィズは立ち上がった。
「それじゃあ、まだ仕事が残っているから、もう行くわね。お話しできて楽しかったわ」
「こちらこそ、話ができてよかった」
ラウィズはカップを持って部屋を出ていき、ロレーヴァは小さくため息をつきながら窓の外を眺めた。
「空阿か……」
ロレーヴァはボソッと呟いた。
空阿が戻ってきたのは夜も遅くなった頃であった。
「空阿様お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。何か問題とかってなかった?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。こんな忙しいときに離れちゃってごめんね」
「いえ、どのみちギルドとの会議を終わらせなければ、進みませんでしたので」
服に着いた汚れを落としながら、領主館の中へと入っていった。
「そういえば、ロレーヴァからギルドの件は聞いた?」
「聞きました。各ギルドに開始時間などの詳細は伝えております」
「そうか、わざわざありがとうね。それじゃあ、風呂に入るから、また後で話そう」
「かしこまりました」
ラウィズと別れた空阿は領主館内にある風呂場を目指して歩いて行った。
「しっかし、疲れた……」
(中々いいレベル上げになったんじゃないか?)
「そうだな……。けど、全然レベルが上がらないな」
(50レベルを超えたからな。ただその分、1回のレベルアップでかなりステータスが上がっただろ?)
「まぁな」
空阿は風呂場にたどり着いて扉を開けると、そこにはロレーヴァが片足を上げて着替えている途中だった。
「「……」」
「た、ただいま……」
「何がただいまだ!!」
ロレーヴァが投げたコップが飛んできたが、それをかわす空阿。
「早く出ていけ!!」
「ごめん!!ごめん!!」
慌てて風呂場から出て扉を閉めると、扉の横でロレーヴァが出てくるのを待った。
しばらくすると、ロレーヴァは風呂場から出てきて、正座していた空阿を見つけるとキッと睨んだ。
「ロレーヴァ。本当にごめん。まさかこんな時間に風呂場にいるなんて思わなくて」
ロレーヴァは空阿のことを睨んだままであったが、ハァとため息をついた。
「今回のことは許すが、次回からは気を付けろ」
「はい」
「まったく……。おかえり」
ロレーヴァは照れくさそうに小さくそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
「あぁ、ただいま!!」
ロレーヴァの背中に向けて、大きな声で空阿が返事をすると、振り返ることなく小さく手を振って歩いて行った。
(……変態)
「な!?」
(まったく……。覗きなんてするか?)
クククとカブルは愉快そうに笑った。
「わざとじゃないのは分かってるだろ!!」
そう言ってもカブルは笑い続けていたため、無視して風呂に入ることにした。
風呂場に入り、身体と頭を洗うと湯舟に浸かった。
「ふぅ……」
レベル上げから戻ってきた空阿は久しぶりに一息つくことができた。
「あ~、疲れた~」
起きてる時間のほとんどをレベル上げに費やしていたため、ようやく落ち着くことができた空阿は、目をつぶって全身の力を抜いてリラックスしていた。
ロレーヴァもだんだん心を許してくれてきたみたいだし、良い感じだなぁ……。
「…………はっ!!危ない危ない、寝るとこだった。……もう出るか」
風呂から出た空阿は自室に戻ると、寝る前の日課を行ってからベッドに入って眠りについたのであった。




