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狐のあくび  作者: はしご
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第8話「死に物狂い」


 奴隷刻印が禁ずるのは、主人に対しての直接的な危害のみ。つまり、ご主人様に逆らうことでも、全ての行為を禁止出来るものじゃない。


 直接的な行為でなく、かつご主人様に見つからなければ、やれる事はある。


 魔力感知が出来るようになったあの日から、私は毎晩、魔力操作の練習を行った。初めは難しかったけれど、段々と、微弱ではあるが流れを操ることが出来るようになってきた。ほんの少しずつだけど、進歩もしている。



 そして、私は今晩も魔力操作の練習を行っていた。


「・・・はあ、はあ、はあ」


 息が苦しい。


 もしこの事がバレたらと思うと、怖くて泣いてしまいそうになる。だけど、その恐怖を必死に抑えて、荒くなる息を殺しながら、ただひたすらに魔力を集中させる。


 魔力操作への集中と、ご主人様への恐怖が混ざり合い、異常なまでに精神がすり減っていく。でも、これは必要な事だ。たとえ危険でも私はやらなくちゃならない。


 魔力操作は少しずつ出来るようになってきたので、次に身体強化というのもやっていこうと思う。


 意識を集中させ、体内の魔力の巡りを速くする。そして、魔力を満遍なく、全身の筋肉へと伝えていく。染み込ませるように、ゆっくりと行き渡らせていく。


「・・・ふぅ。できてる、の、かな」


 試しに首に繋がれた鎖を持ってみる。ほんの少しだけではあるが、軽く感じる。つまり、筋力が上がったということだ。だけど・・・


「はぁ・・・もう、むり」


 魔力操作をやめ、私は息を吐いた。


 やはりまだ慣れていないせいか、異様に疲れる。そのまま私は、初めて魔力感知ができた日と同様に、気絶するように眠ってしまった。



◇◇◇



 それからも私は魔力操作の練習をやめず、より早く、より精密に、より効率良く、魔力を操れるよう繰り返していく。


 また、同時並行で応用も行っていく。地道ではあるが、繰り返せば繰り返すほど、少しずつ上達していっている。



◇◇◇



 次に私は、魔力弾を作ることにした。


 魔力弾は、体内にある魔力を体外に放出して作られる。しかし、そのままだと霧のように分散してしまうため、魔力が塊になるよう操作しないといけない。とても精密な動作で、相当の集中が必要だ。


 そして、魔力弾の練習を繰り返すこと数週間、ほんの小さな魔力の塊を指から出すことが出来るようになった。



◇◇◇



 しかし、練習ばかりに専念も出来ない。何故なら、この屋敷にいる限り私は、ご主人様からの拷問を受けなければならないのだから。


「ぅ、あああああああああああああああああっっ!!!」


 痛い。辛い。苦しい。逃げ出したい。


 もう、何度同じことを思ったのだろう。しばらくして、ようやく激痛が止まる。


「今日はここまでだ。片付けておけ」


そう言って、ご主人様は早々に拷問部屋を出ていった。


 傷は全て回復薬で治っている。痛みももう引いているはずだ。それなのに、痛い。感覚がまだ残っているのか、それとも恐怖の記憶が無意識に痛みを再現しているのか。


 私はふらふらになりながらもメイド服を手に取り、それを丁寧に着用する。もし乱れていたら、それだけで教育されてしまうかもしれない。


 朦朧とする意識の中、自分を苦しめた拷問道具を片付け、自分の身体から出た大量の血液を掃除する。それらが終われば、すぐに奴隷の部屋へと戻った。


 時間は夜中で、もう皆寝静まっていた。


「ひぐっ、うぅ・・・・・・」


 痛みや恐怖を心の奥底に押し込みながら、止まらない涙を拭う。


 私は自分の定位置まで行き、首輪と鎖を繋ぐ。そして、意識を手放す─────のを、必死に堪えた。


 睡眠は好きだった。だけど、ぐっすり眠る余裕なんて今の私にはない。いつかご主人様を殺すその時のために、ひたすら死に物狂いで魔力操作を繰り返した。


 どれだけボロボロになっても、どれだけ精神がをすり減らしていても、私は魔力操作の練習をやめなかった。



◇◇◇



「うっ、おぇぇ・・・っ」


 拷問を受けては魔力操作を行う。そんな日々が延々と続く。疲労やストレスから嘔吐してしまうことも珍しくなかった。


 今にも途切れそうな意識の中、私は必死に魔力を操った。


 勿論、夜通し拷問を受けた時は出来なかったし、酷い苦痛に襲われた時は集中なんて無理だった。それでも、意識がまともにある内は、全て魔力操作に時間を費やした。


「・・・大丈夫。私は、大丈夫・・・」


 まだ大丈夫だ。まだ、壊れてない。


 私には休んでいる暇なんてないんだ。何度吐いたって構わない。それよりももっと、魔力操作の技術を向上させないといけない。


 頭痛と吐き気に苛まれながら、私は普段の仕事に戻った。



◇◇◇



 そうして、あのパレードの日からさらに半年、つまりはこの屋敷に来てから一年近くが経過した。


 この半年で、魔力操作の技術は、初めと比べれば格段に上達したと思う。そして、魔力操作を繰り返していくうちに、魔力というもの自体への理解も深まっていった。


 魔力には密度のようなものがある。同じ量の魔力でも、密度が高い方がより強いエネルギーを持ち、さらにより複雑な応用に活かすこともできる。


 だから私は、ひたすらに体内の魔力を練り上げ、密度を高めていく。魔力を凝縮し、エネルギーを高めていった。調整を間違えて、体内の魔力が暴走し、尋常ではない激痛に襲われることもあった。


 それでも、私はやめなかった。



◇◇◇



 あれから更に一年近く経ち、この屋敷で二年近い月日を過ごしてしまった。その間、こうして何度も何度も魔力操作を繰り返し、ふと私はある事に気がついた。


 魔法というのは、魔力によって出来ている。・・・ならばもし、あらゆる魔力を操ることが出来たら?


 魔法なんてかき消してしまうかもしれない。


 それが出来たら、この隷属魔法や奴隷刻印を消せるかもしれない。私の体に刻み込まれたこの二つの呪いの持つ魔力に干渉し、操り、消し去る。


 そんなことが、できたなら・・・


「・・・はぁ」


 しかし、思考の途中で私は息を吐いた。


 ふと冷静になって、天井を見上げる。たとえ本当に隷属魔法と奴隷刻印を消すことが出来たとして・・・その後、私は本当にご主人様を殺せるだろうか?


 確かに、もしかしたら解放されるかもしれない。だけど現実っていうのはそうそう上手くはいかない。それを私は嫌というほど知っている。


「・・・怖い、よ」


 怖い。


 怖くて怖くてたまらない。


 どれだけ魔力を練り上げても、日に日にご主人様への恐怖心は募るばかり。今では、魔力操作すらも現実逃避のようにもなってしまっている。


 例えどれだけ上達しても、今の私に魔法を消すなんて、反逆ともとれる行為が出来るだろうか?


 無理だ。怖くて出来るわけない。刻まれた痛みが、苦しかった記憶が、私の行為に拒否反応を示す。怖くて蹲って、つい弱気になってしまう。


 私は弱い。


 私の心は、とても弱い。


 ご主人様を殺すなんて言って、どれだけ訓練しても、いざその時が近づけば途端に怖くなって、何度も同じような理由を並べて逃げようとする、臆病者だ。


 でも、でも・・・



「──────そんなの、もう嫌だ」



 このままなんて嫌だ。


 私は歯を食いしばり、震える身体を押さえつける。


 こういう時、脳裏に浮かぶのはいつだってあの時の光景だ。人々に祝福される、勇者たちの姿だ。


 何かが違えば、もしかしたらあの中に、私はいたのかもしれない。こんな地獄にはいなかったかもしれない。化け物になんて、なっていなかったかもしれない。


「・・・でも、私は化け物だ」


 私は私が嫌いだ。


 こんな醜い化け物である自分自身が大嫌いだ。


 私はこの世界が嫌いだ。


 私をこんな醜い姿にした、この世界が大嫌いだ。


 全てを呪った。全てを恨んだ。あのパレードの日、私はどうしようもないほどの憎悪を知ったんだ。



 確かに、ご主人様は怖い。


 それは絶対に変わらないだろう。憎悪だけで刃向かえるほどやわな”教育”は受けていないし、本当に怖くてしょうがないんだ。何をしようとしても、恐怖で萎縮してしまう。


 でも、それでも、ここで何もしなかったら、私は一生このままだ。


 何かが変わることなんてない。誰かが助けてくれる訳でもない。この地獄で、ひたすらに玩具として拷問を受ける日々だ。弱くて臆病で、惨めな奴隷のままだ。


 絶望を、


 恐怖を、


 憎悪を、


 嫉妬を、


 羨望を、


 自己嫌悪を、


 この胸に抱きながら生きていくなんて、そんなの耐えられる訳がない。


 だったら、もう覚悟を決めるしかないだろう。




「・・・明日、私はご主人様を殺す」




 臆病な自分に別れを告げて、そして────私は、自由になるんだ。


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