第67話「おはなし」
[SIDE:カゲハ]
『ねぇ、いっしょにあそぼ?』
なんて事ない、いつも通りの一日。
幼稚園の部屋の隅で、私はひとり座っていた。そんな私に、一人の少女が話しかけてきた。その子は明るくて、みんなの人気者だった。
対して私は、いつも一人でいる暗い女の子。その少女と私はあまりにも対極にいる存在だから、初めはその子のことを、深い意味もなく敬遠していた。
『あそばない』
『え〜! あそぼーよー!』
『やだ』
今思えば、嫌な子供だったなと我ながら思う。それなのに、その少女は私の隣に座った。
『なんでやなの?』
『・・・わたしと一緒にいても、楽しくないから』
『だれが?』
『・・・』
何となく口にするのが気まずくて、私は膝に顔を埋めながら、そっと人差し指を彼女に向けた。少女は一瞬不思議そうな顔をして、ようやくその意味に気がついたようだった。
『え、わたしがー?』
その少女は驚いたように言う。
『わたしはつまんなくないよ? 一緒にあそんだらぜーーったい楽しいよ!!』
『・・・』
少女はめげずに私を誘ってくれる。その純粋無垢な優しさに、私は戸惑った。
だって・・・こんなにも、誰かに求められたことはなかったから。家にいても、誰も私を必要としてくれないから。
初めて触れるその優しさに、私はどう反応すれば良いのか分からなかった。
『あ、そうだ!』
そのとき、突然少女が大きな声をあげた。まるで宝物でも見つけたかのように、嬉しそうな声を。
『じゃあさ、わたしと、おはなししようよ』
『おはなし?』
『うん。ママが言ってたの。いっぱいおはなしすると、仲良くなれるんだって! だから、仲良くなって、それで、友達になったら・・・あそんでくれる?』
どうしてこの少女は、こんなにも優しいのだろう。私は疑問に思った。でも、そんな疑問を忘れてしまうほどに・・・その問いかけが嬉しかった。
そんなの、初めてだったから。だから私は、恥ずかしさを殺して答えた。
『・・・うん』
『ほんとぉ!? じゃあ、おはなししよう!!』
少女は嬉しそうに私の手を握り、笑った。
『私の名前は花乃! あなたは?』
『・・・唯葉』
『ゆいはちゃん! よろしくね!!』
何となく自分の名前を言うのが気恥ずかしかったけれど、笑顔で言葉を返してくれる彼女と話すのは、悪い気分じゃなかった。
きっと、これがきっかけだ。私が人と関わることが出来るようになったのは、この時の花乃の優しさがあったからだ。
花乃がいなかったら私は・・・あのまま一人で眠っていただろう。
それから私たちは、小学校、中学校、高校と同じ道を歩んだ。でもこれは、私が花乃と離れたくなかったからだ。
花乃に・・・依存していたからだ。
花乃がいたから、私は人と話せたし、友達が出来た。・・・こうして考えてみると、私はいつだって誰かに依存してないといられない。一人じゃ何も出来ない。
空っぽな自分を、自分自身で埋めることが出来ないから・・・私はいつも花乃に頼っていた。
でもそれは、花乃にとっては苦痛だったのかもしれない。花乃と一緒にいたいという私の願いは、花乃を苦しめていたのかもしれない。
だけど、私はそのことを今日初めて知った。花乃があんなことを考えているなんて思いもしなかった。
・・・いや、考えようともしなかった。そして花乃も、それを私に言おうとはしていなかった。
思えばあの幼稚園での会話以来・・・私たちは、本音で話し合ったことがない。
いつだって自分を誤魔化して、自分に嘘をついて、相手に本音を隠して、友達とは名ばかりの空虚な関係を維持していたのかもしれない。
だから、今度こそ・・・
「・・・花乃。私と、おはなししようよ」
本当の花乃と、話をする必要がある。ちゃんと目を見て、本心で、語り合わなくちゃいけない。
だから、そのためには・・・《洗脳》は、邪魔だ。
───────【魔力支配】
「ぐ、ぅあああああああああああああああああああああ!!!!」
「っ!!」
瞬間、花乃の悲鳴が響き渡る。そして同時に、私もまた酷い頭痛に苛まれた。
この短時間での二度の魔力支配は初の試みだから、どんなダメージがあるかは分からない。
でも、花乃の意識が強くなった今やらないとダメなんだ。だから・・・この一秒に賭ける。
「お願い、花乃・・・戻ってきて!!」
全ての意識を魔力に注ぎ、花乃の魂にかけられた洗脳の魔力を破壊する。
・・・だが、そう簡単にはいかない。事前にプログラムのようなものが組み込まれているのか、魔力支配が抵抗されてしまう。
それでも、無理やりにでも操作しようとして────弾けた。
「がっ!?」
凄まじい衝撃波が発生し、私は後方に吹き飛ばされた。地面に倒れると同時に傷が激痛を起こし、血が溢れ出した。
「・・・か、のっ」
それでも私の意識の向かう先は、花乃がどうなったかだ。魔力が弾けたせいで、洗脳が解けたのかどうか判別がつかない。
だけどもう、私にはこれ以上動ける力は残っていない。出血も魔力ももう限界にまで達している。出来ることはといえば、ただ花乃が正気に戻ってくれることを願うことのみだ。
「───────ゆい、は」
花乃が私の名前を呼ぶ。その声は、震えていた。
そして、その場に崩れるように座り込んだ。俯く花乃の目には、涙が浮かんでいた。
「私、さっきまで・・・」
どうやら混乱しているみたいだ。・・・だけど、ようやく意識が戻ったらしい。
「・・・良かっ、た・・・」
「唯葉!!」
安心からか脱力した私を、花乃は慌てて駆け寄って抱き寄せた。その動きには一切の迷いがなかった。
でも、その顔を見れば、もう既に大量の涙が目から溢れていた。
「・・・ごめん、なさい。わ、私・・・こんなこと・・・」
「大丈、夫・・・分かってる、から・・・」
花乃の手は、私の傷が痛まないように力を入れず、優しく私を抱きしめている。
そして、温かな魔力が流れ込んできた。回復はせずとも、魔力があれば痛みを和らげることは出来る。
この温もりだけで、花乃はやっぱり優しい人だと分かる。ようやく花乃の意識が戻ったのだと思うと、ホッとした。
「ねぇ、花乃・・・さっきまでのこと、覚えてる?」
「・・・うん。私が唯葉を傷つけたこと・・・酷い言葉を言ったこと・・・全部覚えてる」
花乃は苦しそうに、そう答えた。
「じゃあ・・・あの時言ったこと、どれくらい、本当?」
「っ・・・それは・・・」
私の問いかけに、花乃は答えづらそうに苦い顔をした。それでも、花乃は勇姿を出したように口を開いた。
「・・・ほとんど、本当だよ。私はずっと、唯葉に劣等感を抱いてた。だから、唯葉のことを嫌いだって思ったことも・・・無いわけじゃない」
そして、花乃は答えた。
・・・分かっていた。その返答は、分かっていたことだった。でもやっぱり、直接言われると・・・少し、辛いなぁ。
「───だけど!」
そこで、花乃は声を荒げた。
「それ以上に私は・・・唯葉のことが、大好きなの。ずっと、ずっと大切な友達だと思ってるの! この気持ちは・・・決して偽物なんかじゃない!! お願い・・・これだけは、信じて・・・」
花乃は泣きながら訴える。その言葉は、洗脳されたままじゃ聞けなかった、花乃の心からの本音のように思えた。
それを聞いて、私も思わず涙が溢れそうになった。
花乃と過ごした日々は・・・決して、花乃にとっても苦痛に満ちたものではなかったんだ。
そう思えると、私は安堵した。
「でも、唯葉のことが大好きなのに、唯葉がいなくなって喜んでる自分もいて・・・そんな自分が、許せなくて・・・苦しくて・・・だからあんな洗脳に掛かったんだと思う」
それは、正しくあの時の私と同じだった。だからこそ、私には花乃の苦しみが分かる。自分のことが嫌いで、何かにその苦痛をぶつけないと耐えられない。
花乃はきっと、ずっとその苦痛の中で生きてきたのだろう。
「・・・私、最低な人間なの」
花乃の声は擦り切れていて、そっと私から手を離した。
「私・・・この世界に来て、たくさんの人の命を奪ったの。その中には・・・唯葉の大切な人だっていた」
「っ・・・」
その言葉に、心臓が締め付けられる。あの村にいた私の家族たちの顔が、脳裏に浮かぶ。
あの日人間たちが来たのは、花乃の転移魔法があったからだ。
「私は、唯葉を見つけるどころか、唯葉を苦しめてた。・・・本当に、ごめんなさい」
花乃は、頭を下げた。
「許してもらえるなんて思ってない。また友達になりたいなんて自分勝手なことも言わない。でも・・・────ごめんなさい」
声を震わせながら頭を地に付ける彼女の背中が、酷く小さいように思えた。そしてそれは・・・私の見たくない背中だ。
「謝らないで、顔を上げて」
花乃のそんな姿、私は見たくない。
「私の家族を殺したのは、花乃じゃない」
「でも、そのきっかけを作ったのは・・・」
「たとえきっかけが花乃の魔法だったとしても・・・花乃は、私みたいな人殺しとは違うよ」
「え?」
花乃の手は、私のように汚れてはいない。
「それに・・・私もね、この世界に来て、たくさん人を殺した。そして、色んな人が殺されるところを見た。きっとここは、そういう世界なんだよ。だから、花乃は悪くない」
誰も悪くなんかない。
ただ、世界が残酷なだけなんだ。
「それから、花乃が私のことを嫌いだって思ってたことも・・・当たり前のことだよ。たとえ親友だって、嫌なところの一つや二つくらいある」
たとえ嫌いでも、それ以上に私のことが大好きだと、花乃は言ってくれた。
思えばそれはなんて事ないことだった。友達のあんな所が嫌い、だけどこんなところは好き。そんなのは誰でも持っている感情なんだ。
だから嫌いなところも含めて、人は人のことを好きになれるのだと思う。
「私だって、花乃がすぐ格好良い俳優の話ばかりして、自分の好きな人の話から逸らそうとするところとか、嫌いだし」
「なっ・・・」
空気を壊すような私の言葉に、花乃は思わず顔をあげた。
まさかこの状況で、こんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。私も自分で口にして、懐かしさと笑みが零れた。
「あ、あれは・・・だって、唯葉の前で、翔斗の話をするのは・・・」
「・・・なんで私の前だとダメなの?」
「それは・・・」
「まだ私に隠し事するの?」
「うっ・・・」
花乃はバツが悪そうにするが、この状況で隠し事をする訳にはいかないだろう。
「・・・だって、翔斗は・・・唯葉のことが好きだから」
「え?」
「だから・・・唯葉の前で翔斗の話をするのは、嫌だったんだよ・・・辛くなるから」
翔斗が、私のことを好き? ・・・何を言っているんだろう。
「どうしてそう思ったの?」
「だって、二人はよく話してるし・・・一緒に出かけたりしてたし・・・」
「・・・あー」
そういえば、翔斗から相談をされたり、買い物に付き合わされたりしたことがあった。でもそれは、翔斗が私に好意を持っていたからではない。だって・・・
『なぁ、これ・・・花乃喜ぶかな?』
『さぁね』
『おい! 真面目に返事してくれよ! 誕生日プレゼントなんだぞ!!』
あれはいつだって、花乃のためだったから。
「は、はは・・・あはは!」
「な、何で笑うの?」
「それ、勘違いだよ。だって私、翔斗の好きな人知ってるから。私が話しかけられるのなんて、大体その子に関することだし」
「え?」
私の返答に、花乃は目を丸くした。思ってもみないことを言われ、信じられないといった様子だ。
「じ、じゃあ、その人って誰なの?」
「それは私の口からは言えないよ。いつか、翔斗に教えてもらいな」
「それは・・・そうだけど」
きっと、いずれ翔斗の口から花乃に伝えられるだろう。・・・でも、今の花乃はそんなことを知る由もないだろう。
花乃は少し俯いて、呟いた。
「でも、そっか・・・私の勘違い、だったんだ・・・」
花乃は酷く衝撃を受けたようだった。でもその声は、どことなく嬉しそうにしているような気もした。
そんな姿が、とても懐かしく思えた。ようやく、昔の花乃が戻ってきたみたいだ。
「・・・私さ、花乃には昔みたいに、笑ってほしいな」
「え?」
あの日、私を部屋の隅から連れ出してくれた時ように・・・元気に笑っていてほしい。そんな姿が見たい。
だから・・・
「・・・だから、仲直りしよ?」
私は花乃の手を握る。花乃は、少し困惑しているようだった。
「仲直り・・・?」
「うん。いっぱいおはなししたら・・・人は仲良くなれる。だから私たちは、たくさんぶつかって、本音を打ち明けて、最後は仲直りをするの」
それは私が、初めて彼女から教わったことだ。
「いい、の・・・?」
「うん」
「また、友達になっても、いいの?」
「私たちは、ずっと友達だよ」
今度は、私から花乃を抱きしめる。そして花乃も、震える手を私の背に当てた。
互いに何も喋らず、抱きしめ合った。そんな時間がただ流れていく。その中で、私たちは相手の温かさを感じる。
そこには言葉はいらなかった。だって、おはなしならさっき、たくさんしたから。
私たちは十年以上も一緒にいて、これが最初の喧嘩で、最初の仲直りだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。この話をもって、『狐のあくび』はしばらく投稿を休止させていただきます
いずれ必ず完結まで投稿するつもりなので、ブックマークをして更新再開を待っていただけると幸いです…!
また、感想なども送っていただけると励みになります!
これからも『狐のあくび』を応援よろしくお願いします!!




