第65話「その再会は彼女を苦しめる」
[SIDE:カゲハ]
「魔法陣、解除!!」
奴隷刻印を破ったときと同じ要領で、食堂内の全ての魔法陣に干渉し、破壊する。
花乃は事前に魔法陣を食堂中に張っておくことで、詠唱なしで即時転移を発動することが出来てしまう。
だが、それらを破壊したことによって、無詠唱の高速転移は不可能となった。
そして、一瞬の隙が生まれる。その隙を逃してはならない。
「花乃、待ってて・・・必ず助けるから」
私はその瞬間、一気に距離を詰めた。
花乃に触れることが出来れば、隷属魔法を解いたときのように、花乃にかけられた魅了魔法による洗脳を解くことが出来るかもしれない。
しかし、あの時はじっくりと自身にかけられた隷属魔法の魔力を解析することで解くことが出来た。
さっき破壊した魔法陣もそうだが、しっかり解析する余裕がなければ難しい。だからまずは、花乃を動けなくする必要がある。
私は事前に魔王様から渡された《魔縛錠》を取り出し、手を伸ばした。人を縛る鎖や手錠というものは大嫌いだけれど、今回ばかりは仕方がないだろう。これを付けようと、私は花乃の手を掴んだ。
だが、それを逆に利用された。
「転移魔法【反転】!」
「なっ!?」
瞬間、視界が切り替わる。花乃から触れられれば転移で飛ばされることはないと考えていたが、まだ甘かったらしい。まさか接触しただけで発動されてしまうとは思っていなかった。
いつの間にか私は花乃のいた位置にいて、そして花乃は私のいた位置で私の腕を掴んでいる。
────反転、入れ替わりの魔法か。
花乃はもうこんな魔法までも使えるようになっているか。
体勢が反転したことで逆に腕を掴まれる形になってしまい、魔力障壁も張れなくなってしまった。
「転移魔法【転移砲】」
花乃は容赦なくもう片方の手を私の眼前に広げた。そして、そこにひとつの魔法陣が展開される。
これは、さっきの武器を放った魔法だ。食堂の魔法陣は消せたが、武器庫に張ってあるであろう魔法陣は消せていない。
つまり、ここで魔法陣を張られてしまえば、またすぐ武器庫から武器が発出されてしまう。
まずい、この距離は躱せない。
このまま直撃─────────
「放て」
瞬間、魔法陣から一本の剣が放たれた。こんな近距離にも関わらず、それは先程同じ速さで私の顔を貫く─────はずだった。
パキイイイイイイイイイイイイン!!!
剣が私のお面に触れたその時、甲高い破壊音と共にお面が割れた。
そしてその代わりに、剣が弾かれ、私の周りに防護結界のようなものが展開される。そしてそれは私の腕を掴んでいた花乃までも弾いた。
その隙に花乃と距離をとり、割れたお面を手に取った。
・・・な、何が起きたの? このお面が、私を守ってくれたの? お面・・・お面・・・
「・・・あ」
『いざって時に君を守る魔法が組み込まれてる魔導具だ。念の為付けておけ』
そこでふと、初めてこのお面を魔王様から貰ったときのことを思い出した。そういえばそんなことを言われていた。
あの時は魔王様に対する忠誠心もなかったし、早く戦いにいきたくてあまり話を真剣に聞いていなかったので、忘れていた。
そっか・・・魔王様が、私を守ってくれたんだ。
「・・・ゆい、は?」
ふと、震えた声が聞こえる。声の方を見ると、花乃が信じられないものを見たかのように、私の顔を凝視していた。
・・・ついに、彼女に見られてしまった。私のこの姿を。変わり果ててしまった・・・この姿を。
「う、そ。え? なんで・・・唯葉が、あの、狐の・・・え?」
花乃は混乱しているようで、目をぐるぐると揺らがせながら、不安定に言葉を並べる。
この姿になってから花乃に会うのは初めてのはずだけど・・・やはり魔王軍にいるというのは衝撃だったのだろう。
でも、心なしか今は洗脳が少し解けている気がする。なら・・・
「────花乃!」
「っ!」
花乃は私の声に、ビクリと反応する。まるで、恐ろしいものでも見たかのように。信じ難いものを見たかのような目を、私に向ける。
「本当に、唯葉・・・なの・・・?」
私はずっと、その目が怖かった。そんな目を向けられるのが怖かった。怖がられるのが、怖かったんだ。だからずっと仮面を被って、自分を覆い隠していた。
この姿はまだ好きになれない。どうしても、この耳や尻尾を愛することは出来ない。だから人でないことを受け入れた今でも、この姿を誰かに・・・友達に・・・花乃に、見られることを恐れていた。
でもあの日、ロゼに姿を見られたあの時・・・私は、決心がついた。一度誰かに知られてしまえば、その恐怖は薄れてくれる。
だから・・・今はもう、怖くない。
「うん。私だよ。これが・・・今の、私」
私ははっきりと告げる。真っ直ぐ、花乃に目を見て、私の顔を見せて、そう言った。
花乃は・・・まだ現実を受け入れられていないみたい。愕然とした様子で、立ちすくんでいる。
「嘘・・・嘘だ・・・唯葉が、そんな・・・そんなのって・・・」
しかし、次第に様子がおかしくなる。声が震え、両手で頭を覆い、フラフラと足が覚束なくなっていく。錯乱しているみたいで、その姿は明らかに異様だ。
それだけじゃない。周囲の魔力が・・・変質してきている。より重く、深く、全身にのしかかる。物凄い魔力の圧だ。
「唯葉が、”あの子”なら・・・私は、あの時・・・私は、わた、わ、私・・・は、また・・・また、人を・・・唯葉の・・・」
「か、花乃、落ち着いて!」
あきらかにおかしい。周囲の・・・いや、花乃自身の魔力すらも、ありえないほどに膨張していっている。
一体、何が起こっているの!?
「なら、いっそ・・・いや、やめて。そんなこと、考えたく・・・ない・・・」
「花乃!!」
花乃は頭を抱えながら、苦しそうにもがいている。・・・何かに、抗っているの?
もしかして、これも洗脳の影響? 私の姿を見た衝撃で自我を取り戻しかけて、それが逆に花乃を苦しめてしまっている、とか?
分からない。でも、このままだと・・・取り返しのつかないことになってしまう。
「唯、葉・・・」
花乃が私の名前を呼ぶ。それと同時に空気が弛緩し、花乃の体内の魔力までもが限界まで膨張する。
「─────ごめ、ん」
そして、今にも泣きそうな掠れた声とともに・・・爆発した。
◇◇◇
[SIDE:ロゼ]
僕が物陰に隠れてヴィリアナたちの会話を盗み聞きていたその時、急に怖気が立つのを感じた。辺り一帯の空気が、魔力が、ガラリと変わったのを感じる。
「今のは・・・」
「どうやら、私に魅了された子が狂化しちゃったみたいね」
どうやら彼女らもさっきの異変について話しているみたいだ。ヴィリアナに魅了された人・・・兵士たちの誰かか? それとも・・・折宮さん?
「狂化? 何それ、初めて聞いたけど」
「あれ、まだあなたに教えてなかったかしら? 私に魅了された子たちは、私のために普段なら出せないような力を出してくれるけど・・・その時点で脳にたっくさん負荷がかかってるの。だから、もしそんな状態でさらに精神的に大きなダメージを受けたりすると・・・思考も魔力も、暴走しちゃうのよ」
「へぇ。君の魅了にそんな力があったんだ。つまりは、さっきのはその暴走・・・狂化によるものってこと?」
「たぶんね。何があったのかは知らないけど」
彼女らの会話を聞き、僕は心臓が止まりそうになった。精神的に大きなダメージ・・・
そんなの、花乃さんとカゲハさんが出会ったことじゃないのか? 再び出会ってしまったことが、彼女らを苦しめたのか?
なら、きっと今頃・・・──────
◇◇◇
[SIDE:カゲハ]
花乃の体から膨大な魔力が放たれ、周囲を包み込む。その爆発から生まれた過剰なまでの魔力が一気に蔓延し、その魔力濃度に思わず吐き気が込み上げてくる。
まさか・・たった一瞬で、この空間の全ての魔力が花乃によって支配された!?
ってことは、つまり・・・
「っ!?」
私の思考を遮り、視界を大量の魔法陣が覆った。思考する暇を与えない速さで、瞬時に魔法陣から武器が射出される。それらは私の足や腕に突き刺さった。
「ぐ、ぅああ!?」
魔法陣が固定だった先ほどまでとは違い、いつどこからどこへと武器が飛んでくるか分からない。
こんなの・・・避けられるわけが無い。
私は大量の血を流しながら、その場に倒れた。痛みに頭が支配される中、なんとか顔を上げて花乃の方を見ると・・・赤黒い邪悪な魔力のオーラが全身から溢れていた。
まるで・・・花乃ではない、知らない人みたいだ。
「─────死んで、唯葉」




