第62話「それでも私は」
[SIDE:カゲハ]
折宮花乃。彼女は、私の初めての友達だ。
幼稚園のとき、私たちは出会った。その頃から私は無表情で無愛想で、友達なんか出来ていなかった。幼稚園の隅っこで、いつも一人で眠っていた。
そんな私に初めて話しかけてくれたのが、花乃だった。
『ねぇ、いっしょにあそぼ?』
その真っ直ぐで優しい瞳に、私は─────
「・・・誰?」
食堂の入口に立った私を、花乃が睨みつける。花乃は脱力したように食堂の中央に立ち、虚ろな瞳を私に向けた。
しかし、その瞳は私を見ているようでいて、私を見ていなかった。まるで、何かに魅了されたかのように。
花乃の身体からは、花乃のものとは異なる嫌な魔力が漏れ出ている。それは洗脳された兵士たちと同じ、ヴィリアナによる魅了魔法の魔力だろう。
・・・やはり花乃も、ヴィリアナによって洗脳されてしまったようだ。
今、彼女の意識がどれほど正常かは分からない。それに、今は再びお面をしているから、私の正体に気付きはしないだろう。だが・・・
「っ!?」
瞬間、目の前に突然刃物が現れた。
それは私の魔力障壁の内部に唐突に現れ、私目掛けて落下する。現れる瞬間の僅かな魔力の気配を察知した私は、ギリギリのところでそれを避けた。
これは・・・花乃の、転移か。
「ヴィリアナ様の邪魔をするなら・・・殺す」
花乃は淡々とそう言うと、凄まじいほどの殺意を私へ向けた。それはかつて私に笑いかけていた花乃とは、とても同じ人物には思えないものだった。
けれど、花乃が今の私を見たら、きっと同じことを思うだろう。私はもうすっかり変わってしまった。昔なら、人を殺すことどころか、武器を持つことですら恐れたはずだろうに。
・・・なのに今の私は、洗脳された今の花乃のように、魔王様の邪魔をする者ならばきっと殺してしまうだろう。そうしなくては、ならないだろう。
それが、私の決めた生き方だから。
「来るなぁ!!」
近づこうとする私目掛けて、無数のナイフやフォークが転移によって私のいた場所へ現れる。
詠唱が無かったことから、事前に魔法陣のようなものを展開しているのだろう。つまり・・・この食堂にあるものは全て、神出鬼没の武器となるというわけだ。
現れる瞬間に私が避けなければ、今頃あれらは私の腕や足を貫通していただろう。容赦ない攻撃だ。
「来るな! 来るな来るな来るな!!」
「ぐっ!?」
以前よりも魔力探知の技術の上がった私は、転移魔法の微かな魔力に反応して攻撃を避けることが出来た。しかし、瞬く間に飛ばされる刃物を全て避け切ることはできない。
頬にかすり、腕を切り裂き、徐々に出血が増していく。それでも、私は花乃へと距離を詰めていく。
「花乃っ!」
「私に・・・近づかないで!!」
手を伸ばし、花乃の腕に触れる。・・・そう思った瞬間、眼下に光が差し込んだ。それは、魔法陣だった。
「しまっ」
気づいた頃にはもう遅く、光は私を包み込む。そして再び目を開けた時には、私は頭を地面に着けて倒れていた。場所は食堂のままだ。それでも、再び距離を取られてしまった。
「転移魔法・・・【転移砲】」
花乃がそう呟くと、花乃の周りに小さめの魔法陣が大量に具現化された。それらは全て私に向いている。
・・・これは、マズい。
「放て」
瞬間、全ての魔法陣から一斉に武器が放たれた。
それは私達の軍の剣や槍や斧だった。恐らく、この魔法陣は武器庫に繋がっているのだろう。まるで大砲のように、武器たちが私目掛けて飛んでくる。
しかし、先程のナイフやフォークとは違い、いきなり現れるのではなく飛んでくるのだから、避けるのは容易だ。一直線に空を切る武器たちを、私は横に回転しながら回避した。
行き場を失った武器たちは床に突き刺さる・・・かに思えた。
「なっ!?」
武器の飛んだ先には、また魔法陣があった。私は視線を食堂全体に向ける。次々と魔法陣が展開されていき、瞬く間に食堂は無数の魔法陣に包まれた。
そして、魔法陣に飲み込まれた武器は、また別の魔法陣から速度を落とすことなく射出された。しかし今度はさっきのように一斉にではない。全ての武器があらゆる角度の魔法陣から放たれた。
「くっ・・・!!」
避ける。避ける。避ける。しかし終わりがない。
攻撃が当たることは減ったが、いつどこからどの武器が飛んでくるか、集中力はすべてそこに注がれ、花乃の方へ行くことが出来ない。
無限に続く攻撃の応酬に、休む暇はない。私の魔力が切れれば身体強化が出来なくなり、この速度にはついていけなくなってしまう。
しかしそれは花乃だって同じことだ。こんな大規模な魔法、そう長くは続けられないはず。すぐに魔力が限界に達するだろう。
どちらが先に力尽きるかの我慢比べ・・・そう行きたいところだが、それだと私の方が分が悪い。ここに来るまでの間も魔力を使ったし、魔王様の元へ行くためにもここで魔力を使い切る訳にも行かない。
やるなら、短期決戦だ。
・・・一か八か、一瞬で勝負を決める。
「・・・【魔力支配】!!」
全身の魔力、そして空間全体の魔力を一つにする。私はこの技を、あの時よりも早くそして長く使えるようになった。・・・といっても、一秒だけだけど。
でも・・・一秒もあれば、十分だ。
「魔法陣、解除!!!」
触れることなくこの空間内の魔法陣全てに干渉し・・・打ち消す。
「な、なに!?」
突然魔法陣が消え去り、花乃は混乱の表情を浮かべる。これは奴隷刻印にやったのと同じ方法だ。そうして魔法陣を打ち消した私は、即座に魔力支配を止めた。
・・・大丈夫、反動はそれほどない。
まだ、動ける。動揺した花乃の一瞬の隙を突いて、距離を詰める。
「花乃、待ってて・・・」
────私は生き方を決めた。
それでも・・・私はずっと迷っていた。もし魔王を邪魔をする者というのが、花乃たちだったら・・・私は、本当に殺せるのだろうか、と。
かつて私は自らを騙して翔斗を殺そうとした。でも出来なかった。それはまだ、私の中に迷いがあったからだ。
人間であることを捨て、人間を殺すことに取り憑かれていたはずなのに、それでも尚・・・私は、友達を殺すことが恐ろしかったからだ。
私は魔王様に救われ、人間を殺すためではなく、魔王様の力になるために生きることにした。そして魔王様は、私に言ってくれた。
『いいか、カゲハ。君のしたいことをするんだ』
・・・私の、したいこと。
私は魔王様のために生きると決めたのだから、もし花乃たちが魔王様を傷つけようとするなら・・・その時は、魔王様の部下として、殺さなくてはならないかもしれない。
それが私の生きる指標だから。そこは決してブレない。
でも、それでも・・・たとえ人間を憎んでも、たとえ魔王様を崇拝していても、たとえ・・・私の家族を殺した魔法を使ったのが、花乃だったとしても、花乃は・・・・・私の友達なんだ。
少なくとも今の花乃はヴィリアナの被害者だ。魔王様を傷つけてはいないし、私の前に立ち塞がるのだって、彼女の意思じゃない。花乃は、何も悪くない。
なら・・・花乃を殺す理由は、ない。
もしかしたらそれは詭弁かもしれない。親友を殺したくないという私のエゴを突き通すための都合のいい言い訳かもしれない。
魅了魔法の解除方法も、花乃の転移魔法についても、何も分かっていない。可能性は絶望的だろう。きっと殺した方が早いのかもしれない。
それでも私は、見捨てられない。
それでも・・・私は・・・─────
「・・・助けたい」




