第61話「魔王城開戦」
[SIDE:ヴェリアラ]
「・・・私を殺す、か。随分と大掛かりなことをしたな」
空席ばかりの会議室で、私は依然席を立つことなく相手と対峙する。私の正面にいるのは、私の妹であるヴィリアナ・・・と、同じ顔をした少女だった。
ヴィリアナの姿をしていながら、髪の色も魔力の質もまるで異なる。
「ええ、大変だったのよ。最初に地位の高い者を魅了して、その人に兵士たちを定期的に呼び出させて少しづつ魅了を拡大していったの。全ては・・・アンタのものを何もかも奪うため」
彼女は私のことを嘲るようにニヤリと微笑んだ。コイツがどれほどの策を弄しているのかは知らないが・・・私のものを何もかも奪うって?
「それがお前の復讐か」
「そうよ」
「だが、兵士たちを全て洗脳したくらいで、最高幹部たちまで殺せると思っているのか?」
洗脳されたのは第一軍以外の兵士たちだった。どうやら最高幹部ほどの実力者を洗脳することは難しかったらしい。
いくら我が軍の精鋭たちでも、最高幹部たちからすれば敵にはならないだろう。
「ちょっと、洗脳なんて嫌な言い方はやめて。彼らはみんな私に魅了されたのよ。そして・・・魅了された兵士たちは、自分の身を犠牲にしてでも私のために尽くしてくれる。彼らがこれまで通りの実力とは限らないわよ?」
「・・・」
身を犠牲にしてでも、か。それは想いの強さを示す比喩などではなく、そのままの意味だろう。
ヴィリアナに洗脳された者は、普段無意識下でかけられている肉体の制限を無視する。だから、普通では出せないような実力を引き出せるのだ。
それに、盲目となった兵士たちは、例えどれほどの傷を負ったとしても、死ぬまで敵を追うだろう。こちらは殺せないというのに。
・・・まったく厄介な魔法だ。
「といってもまあ、彼らにそこまで期待はしてないわ。精々時間稼ぎがいいところね。・・・でも、その前にアンタを魅了してしまえば、こっちの勝ちよ」
「殺すんじゃなかったのか?」
「バカね。ちゃんと利用してから殺すのよ」
・・・私を洗脳して最高幹部たちを倒させ、彼らは後からじっくり洗脳する。それが終われば私を殺す。どうやらそういう作戦のようだ。だが・・・
「それに、どうせあんたの部下じゃ、魅了された奴らは倒せても、彼には勝てないもの」
「・・・彼?」
仲間だろうか。どうやら、今回の襲撃はヴォリアナの単独犯というわけではなさそうだ。
隠すことも無く仲間の存在を明かす彼女は、どこか悦に浸っているようだった。作戦が上手くいったのが余程嬉しかったらしい。
「じゃあ・・・その姿も、お仲間にやってもらったのか?」
アイツの今の肉体は、ロゼのものだ。
肉体と魂を入れ替えたのだから、本当なら目の前にいるのはロゼの元の肉体であるはずだ。しかし、そこのいるのは、髪の色が黒いこと以外は、ヴィリアナと全く同じ姿をした肉体だ。
「そうよ。いつまでもあんな男の姿は嫌でしょ? だから見た目を変えてもらったの。でも、異世界人の肉体であることに変わりはないから・・・こんなにも魔力に満ち溢れている」
ヴィリアナは万能感に酔いしれ、自信に満ちた表情で笑った。でもその笑顔は、どこか懐かしい気がした。
・・・そういえばコイツは、こんな風に笑うんだったな。
「この力さえあれば・・・アンタを、殺せる」
「・・・生憎、お前に殺されるわけにはいかないんだ」
今、私は死ねない。私のために部下たちが戦ってくれているんだ。ならば私も、それに応えなければならないだろう。たとえ相手が、妹だったとしても。
私も静かに立ち上がり、ヴィリアナと目を合わせる。
「・・・さあ、始めようか」
◇◇◇
[SIDE:メフィル]
ドゴオオオオオオオオオオン!!!!
凄まじい轟音が鳴り響く。恐らく誰かが魔法を放ったのだろうが、この方向は・・・
「会議室、か?」
順当に考えれば、会議室に残された魔王様が何者かと戦闘をした、と考えるのが妥当だろう。
あれから二人と分かれた俺は、さらに階段を駆け上がり、会議室へと向かっていく。この方向からは、強い魔力反応もある。魔王様がいる可能性は高いだろう。
しかし、その道を何者かが阻んだ。
「─────誰だ、貴様」
目の前にいたのは、異様な魔力を放つ女だった。女の髪は紫色で、そして頭から猫の耳が生えている。
「あはは・・・あんまりそういう怖い目を向けないで欲しいんだけどなぁ・・・。私だって、洗脳された可哀想な兵士かもしれないでしょ?」
「貴様のような者を我が軍で見た覚えはない」
頬を掻きながら苦笑する女は、頭から猫の耳が生えていた。だが・・・
「・・・それに、貴様のような”人間”が、我が軍にいるはずがないだろう」
「あ、やっぱり分かる? まぁ見た目変えただけだけだもんねぇ・・・」
女はまた苦笑を浮かべながら、自身の猫耳をピンと指で弾く。この女は見た目こそ魔族だが、中身、つまりは魔力が人間のものだった。
しかし、どうやらその見た目自体は幻などの類ではなく、実際に獣人と同じように猫の耳が頭から生えているらしい。身体の作りを変える魔法を使うのだろうか。
どんな魔法を使うにせよ、この女がその気弱そうな態度に反して、相当な実力者であることは分かる。
「そんな怖い顔しないでよ・・・。あなたと戦うのは、私じゃなくてこの人たちにやってもらうから」
「・・・何?」
女はパンと手を叩くと、一歩後ろへ下がった。そして今度は通路の曲がり角から、見覚えのある顔が二つ現れた。
「・・・予想はしていたが、まさか揃いも揃ってこのザマとは。この調子ならば、他のもの達も同じだろうな」
現れたのは、第三軍団長キドと第四軍団長パドラだった。彼らはどちらも我が軍において中々の実力者だ。それがこの体たらくとは・・・
「どうやら貴様らには・・・────再教育が必要らしいな」
◇◇◇
[SIDE:ルナ]
「ちょっとー・・・私、非戦闘員なんだけどー?」
訓練場の方へと向かった私を待っていたのは、第七軍団長シェルナちゃんと第八軍団長ゴウデンくん、そして大量の兵士たちだった。
私は魔導具開発の専門家であって、戦闘の専門家じゃない。
それに対して、彼らはどちらも各軍団のトップを務める戦闘専門の人たちだ。・・・まったく、とんだ貧乏くじだよ。
「はあ・・・あんま戦いたくないんだけどなー」
乗り気じゃない・・・が、そんなこと言ってられる状況じゃないだろう。私はポケットから二つのカプセルを取り出し、再び溜め息をついた。
「戦闘とか嫌いだし・・・早めに終わらせちゃおっか」
◇◇◇
[SIDE:セイラ]
いつもは優しい兵士さんたちが、ものすごく怖い顔をしてわたしを囲む。
・・・こ、怖くて動けない。何より・・・第九軍団長ルードさんと第十軍団長エリーナさんがいる。
こ、こんな人たちと戦うなんて・・・わ、わたし、死んじゃう・・・
「あ、あの・・・た、戦わずに魔王様の場所を教えてくれたり・・・し、しないですか・・・?」
試しにお願いしてみるけど・・・
「最高幹部よ!」
「コイツを殺せぇ!!」
・・・わたし、ダメかも。
◇◇◇
[SIDE:シグラス]
「ハッハァ!! いいねぇ!!!」
この俺の目の前にいるのは、第五軍団長ドーメズと第六軍団長イリアル、そしてその部下の兵士どもだ。
こいつらは俺を殺そうとしている・・・なら、俺に殺される覚悟があるっつうことだよな?
「雑魚狩りばっかは飽きてきた所だったんだよ!」
俺は高揚に血を滾らせながら、近くにいた兵士に飛びかかり、顔面を思い切り蹴り飛ばす。そして、その手に握っていた剣を奪った。だが、殺してはいない。
洗脳を解く方法なんざ知らねぇが・・・全員殺すギリギリのとこまでぶちのめしたら、目ェくらい覚めるだろ。
っつーわけで、今から俺がすることは、仲間を目覚めさせるためってわけだ。
「・・・さぁ、俺を楽しませてくれよォッッ!!!」
◇◇◇
[SIDE:カゲハ]
その魔力を、私は覚えていた。それに、何となく予想もついていた。だから、ロゼが必死に私を引き留めようとする理由も分かった。
・・・それでも。
「か、カゲハさん・・・?」
「・・・ごめん、ロゼ。私、行かないと。・・・会いにいかないと」
ロゼの静止を振り払い、私は食堂へと向かう。
魔力が、空気が、ズンと重くて、まるで誰も近づけないようにしているかのようだった。そんな中私は食堂の入口へと立った。
食堂の中心。薄暗い食堂を照らす蝋燭の灯りが、その少女の姿を浮かび上がらせた。
その少女は、悲しいほどに私の知っている少女だった。
「・・・花乃」




