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狐のあくび  作者: はしご
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勇者編5「脱出と決意」


[SIDE:詩織]


 花乃が行方不明になった。その事実は、私たちの間に瞬く間に広がった。


 私、一瀬詩織は花乃の友達だった。


 私は小学生の時に凛子と出会い、そして中学で花乃と唯葉と出会った。私たち四人は高校でも同じクラスになり、よく一緒にいた。


 それなのに、突然異世界なんてところに喚び出されて、唯葉がいなくなって、そして今度は花乃まで・・・



「花乃ちゃん・・・もしかしたら、耐えられなくなっちゃったんじゃないかな」

「・・・え?」


 朝食の時間。食堂で私が落ち込んでいると、隣に居る凛子が突然そんなことを言い出した。


 静原凛子、あの三人の中で唯一まだ残っている、私の親友だ。


「耐えられなくなったって・・・まさか、花乃が自分から逃げ出したって言いたいの?」

「わ、分かんないけど・・・最近の花乃ちゃん、ずっと苦しそうな顔してたから・・・私たちとも、あんまり喋んなくなっちゃったし・・・」

「っ・・・」


 不安げに凛子はそう言う。


 違う、と言いたかったけれど、心から否定することは出来なかった。


 確かにここ最近の花乃はおかしかった。花乃は【転移魔法】というとても珍しい魔法を手に入れたらしく、私たちとは比べ物にならないほど戦地へ赴いていた。そしてそこから帰ってくる度、花乃の表情は曇っていった。


 出来ることなら代わってあげたかった。でも、どうやら同じ勇者の中でもその固有魔法の強さは異なるらしく、私の魔法じゃ花乃の代わりになってあげることも出来なかった。


 弱い魔法をもつ私たちみたいなのは、訓練と称してほとんど外に出させてもらえなかったし、逆に強い魔法をもつ人達は頻繁に外へ連れ出されていた。


 だから次第に会って言葉を交わす機会すら、減っていってしまっていた。


「ごめん、詩織ちゃん。こんなこと言って・・・大臣さんたちは、魔族の仕業だろうって言ってたのに・・・」

「・・・凛子が謝ることはないわよ。それに、魔族の仕業も何も、元はと言えばこんな世界に喚び出したアイツらのせいじゃないの・・・」


 突然こんなところに連れてこられて、戦いに巻き込まれて、挙句の果てに私たちはほぼ拉致監禁されたみたいな状況で・・・いくら唯葉たちを探すためとはいえ、私は桐島君や花乃みたいに前向きになれない。


 でも、その桐島君だって・・・


「・・・」


 私は、前の方の席で朝食をとっている桐島君の方へと視線を向ける。しかし、彼は一向に食べ進められていない。それは私達も同じだけれど・・・その表情はとても陰っていた。


 彼は花乃とも唯葉とも、幼稚園からの幼馴染だったという。そのどちらも失って、きっと心はボロボロだろう。


 それに彼は花乃と同様に強力な固有魔法を持っているから、誰よりも戦場に駆り出されている。その負担だって、私には計り知れない。


 きっと、一番辛いのは彼だ。



 でも、だからこそ・・・



「詩織ちゃん、ついに言うの?」

「・・・ええ」


 不安げな凛子を背に、私は覚悟を決めて席を立つ。そして、彼の元へと歩いた。


「ねえ、桐島君」

「・・・一瀬さん。どうしたんだ?」


 やつれた顔。弱々しい声。とてもあの桐島君とは思えない。


「少し、変だと思わない?」

「変? 何がだ?」

「・・・花乃がいなくなって、この国のお偉いさんたちは必死になって花乃の捜索を始めた」

「まあ、花乃の魔法は、一番重宝されてたからな」

「それにしたって、おかしいでしょ」


 ずっと胸に抱いていた疑問。それを、彼にぶつける。


「おかしいって、だから何が・・・」

「どうしてこの国は、唯葉たちの捜索は全て私たちに任せて何もしないの?」

「───っ!」


 そして、私の言葉を聞いた瞬間、桐島くんは動揺を見せた。


「確かに花乃がこの国にとって有用だっていうのは分かるわ。でも、初めにいなくなった六人だって勇者として喚び出されたんだから、きっと固有魔法を手にしているはずよ。なら、それはこの国にとって必要なはず」

「・・・確かに、その六人の中に、花乃の魔法と同じかそれ以上に強い魔法を持っている人がいるかもしれない」

「この国は魔族から人々を救いたいと言っていたわよね。なら、少しでも強力な戦力は欲しいんじゃないの? なのに、どうして唯葉たちのことはこれっぽっちも捜索しないの!?」


 話しながら、思わず言葉に熱がこもる。幸いにも、この食堂にはこの国の関係者はいつもいないし、今の時間はまだ早くて、他のクラスメイトたちもいない。


「───この国は、唯葉たちについて、何か隠してるわ」

「か、隠してるって、何を・・・」

「そんなの知らないわよ。たぶん、聞いても答えてはくれないでしょうね。・・・でも、桐島君は、このままこの国を信用できる?」


 ずっと、唯葉たちと再会するために、私たちは頑張ってきた。訓練を受けたり、戦場に出て命懸けの戦いに身を投じたりした人だっていた。


 ・・・でも、唯葉たちに関する情報は何も得られていない。それどころか、この国は私たちが勇者だからという理由で、自由に探しに行くことすらさせてくれない。


「このまま、この国にいて・・・唯葉や花乃とまた会えると思う!?」

「っ!!」


 それは、ずっと考えていたこと。


 力がなくて、戦場にも呼び出されなくて、何もすることのなかったこの二年間で、私がずっとずっと、胸に秘めていたことだ。


「一瀬さん・・・まさか・・・」

「────私は、この国から出ていく」


 日に日にやつれていき、ついには私たちの言葉も届かなくなってしまった花乃を見て、私は何も出来なかった。何もしてあげられなかった。


 だから今度は自分の手で、自分の足で、自分の意思で、唯葉や花乃たちを探しに行きたい。


「でも、そんな・・・無理だ。一瀬さんの魔法じゃ・・・」

「そうね。私の魔法だけじゃ無理だわ。・・・でも、私たちの魔法を合わせれば、不可能ではないはずよ」

「・・・っ!」


 そして、私は意を決して考えを伝える。それを聞いた瞬間、桐島君の顔つきが変わった。一縷の希望が見えたような、そんな表情に。


「・・・桐島君。私はもうこれ以上、このままここにいるつもりはない。だから、お願い。・・・私たちに、着いてきてくれないかしら」


 正直、今私の考えている作戦は、彼の助けがないと成り立たない。彼がここで首を横に振れば、私たちは何も出来ないだろう。


 でもきっと、もしそうなったとしても私はここから出ていく。


 この檻のような場所で、花乃たちを探しに行くことも出来ずに、なんの役にたつかも分からない訓練を続けるなんて、私にはもう出来ない。


 だから私は、たとえバレて捕まると分かっていても、きっとここから逃げようとする。でも、それじゃあ本当に何も変わらない。ただの私の自己満足で終わってしまう。


 だから・・・



「私は、みんなを見つけたい」



 真っ直ぐ彼の目を見て、心からの言葉を告げる。この思いが、目の前の彼に届くことを願って。


「・・・メンバーは、俺と一瀬さん、そして静原さんか?」

「ええ。そうよ」

「他のみんなは?」

「残念だけど、この人数が限界だわ」

「そうか・・・」


 そんな私の言葉に、桐島君は一瞬迷うかのような表情を見せたが、何かを決めたようにまた私の目を見た。そして、改めて私へと確認する。次に、ずっと私の後ろにいた凛子へと視線を向けた。


「・・・静原さんも、本当に行くのか?」


 この作戦には、私たち三人の魔法が必要不可欠だ。だから桐島君は、今一度凛子へ問いた。確かに、凛子は物静かだし争い事は好まない性格だ。こんな皆を騙すようなマネ、するイメージはないだろう。


 そんな桐島君の問いに、凛子は恐る恐る答える。


「私は・・・本当は、今でも怖くてしょうがないよ。でも、このまま安全な方に流されて、ずっと黙って過ごして、それで何も出来ないまま皆とまた会うこともできないなんて・・・そっちの方が、ずっと怖いから」


 でも、凛子はきっと、心の芯は誰よりも強い。私が初めてこの話を持ちかけたときだって、凛子はすぐに賛同してくれた。私なんて、花乃がいなくなるまでずっと迷ってたのに。


「・・・そっか。そうだよな」


 そんな凛子の言葉に、彼はなにかが吹っ切れたかのように笑う。


 いつの間にか彼の目は、何か道を見つけたような目になっていた。真っ直ぐに、光を取り戻した目。それはたぶん、私の親友が大好きだった目だ。


 花乃は、この目をした彼に惹かれたのだろう。




「─────行こう。俺も、このままじゃ嫌だ」




  ◇◇◇



 その日の夜。作戦はすぐに決行される。


「・・・それじゃあ、行くわよ」

「ああ」

「うん」


 場所は王城にある私の部屋。


 そこで、私たち三人は手を繋いだ。二人の手のひらから、早くなる脈と滲む手汗を感じる。それは私も同じことで、みんな不安と緊張でいっぱいだ。


 窓を開けて、暗い空の下を見下ろす。王城の門の前には当然警備兵がいるし、この国の門にだっているだろう。


 だからまずは、その目を欺く。



「────障壁魔法【黒煙障壁】」



 瞬間私たち三人を中心に、黒い円形の障壁が張られた。それは外からは暗く映り、中からははっきりと外が見えるように出来ている。


「凄い・・・一瀬さん、こんな力隠してたのか」

「使えそうなやつは大体ね」


 私が与えられた魔法は、【障壁魔法】。自身の周囲に障壁を張ることの出来る魔法だ。しかし、その規模は小さく、強度もそこまでない。おまけに魔力障壁でも同じことが出来るからと、私の魔法は不要と見なされた。


 勿論その通りで、この力は多分戦争の役には立たないだろう。でも、この”様々な効果を付与できる”障壁なら、ここから逃げられる。


「次は・・・障壁魔法【減風障壁】」

「これは、風を防ぐのか?」

「減らせるだけだけだけどね。一応保険よ。─────凛子」

「分かった」


 凛子は頷き、目を瞑り、意識を集中させる。その手のひらから、魔力の高まりを感じる。



「・・・浮遊魔法【浮遊】!」



 そして、凛子の声と同時に、私たちの身体がふわりと浮かぶ。


 これが凛子の【浮遊魔法】だ。まだ自分と自分が触れたものしか浮かせられず、また高さもそこまでないことから私と同様戦場には出されなかった。


 確かに浮くだけなら意味がないかもしれない。でもここには、私たちを押す風がいる。



「それじゃあ、いくぞ。聖天魔法・・・────」



 空気がひりつく。


 周囲の魔力が限界まで高まる。


 きっと、ここまで大掛かりなことをすれば、私たちのことはバレてしまうだろう。でも、彼らは追いつけない。





「────────【神風】」






 瞬間、私の障壁を何かが押し出した。


 それは、私たちを夜空へと吹き飛ばすほどほ威力を放つ、神の如き風だった。その風に押されて、私たちは夜の空を駆け抜ける。


「きゃあああああああああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ふ、ふたりとも、静かにしてって!」


 注意するものの、かくいう私も今にも叫び出したい気分だった。私の障壁と、凛子の浮遊、そして桐島君の神風、その全てが合わさり、私たちは空を飛んでいる。


 星一つない曇り夜空は、私たちの姿を隠すのに最高の空間となった。これからどうなるかは分からない。でも、私はあの場所を飛び出した。





「・・・絶対に、見つけてみせるから」





 二人の絶叫を掻き消す強風の中、私はそっと、そんな決意を宵闇に零した。


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