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狐のあくび  作者: はしご
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第60話「予兆」


[SIDE:ロゼ]


 兵士たちの雄叫びと、何かが破壊されるような音が絶え間なく響き続ける。


「な、何が起こってるんだ・・・?」


 僕は今、物陰で震えながら、息を殺して隠れている。


 心を失っていたかのような兵士の人たちが、突然狂ったように武器を取り始めたと思ったら、外へ攻撃を仕掛けにいった。しかも、まだ中にも待機している人がたくさんいる。


 まさか、クーデターってやつか?


 でも、なんの合図もなくいきなりだったけど・・・困惑と混乱で頭が埋め尽くされて、もう訳が分からない。


「どう、しよう・・・」


 恐怖が僕を襲い、動けなくする。・・・でも、このまま隠れていてもいずれ見つかってしまうだろう。そうしたら、殺される違いない。



 そんなのは、嫌だ。



「っ・・・」


 僕は意を決して、屈みながら静かに物陰から顔を出した。大丈夫、誰も僕を見ていない。それに、この身体の魔力は物凄く少ないらしいから、魔力で気付かれることもない・・・と思う。たぶん。


 一応、カゲハさんに習ったように漏れ出る魔力を抑えながら、僕はゆっくりと進み始めた。物陰から物陰へと移り、中庭から屋内へ向かう。きっと、会議室の方にカゲハさんたちがいるはずだ。


「もう、何がどうなってるんだよ・・・」


 下の階の方から、騒音や振動が絶え間なく響く。何やら魔法を使っての交戦が起きているようだ。もしかして、敵が攻め込んできたのだろうか。


 僕はろくに魔法も使えないから、カゲハさんたちを見つけて守ってもらうしかない。本当に情けない話だけれど、未だ僕は自分の固有魔法すら分からないのだから、どうしようもない。


「・・・固有魔法、か」


 僕は息を潜めながら立ち止まり、ふと先日カゲハさんとした会話を思い出した。



  ◆◆◆



「・・・予兆、ですか?」

「うん」


 ある時、カゲハさんから突然言われたそのことに、僕は目を丸くした。


「最近、固有魔法について色んな本で調べてたの」


 そう言いながら、カゲハさんは手に持っていた本を僕にみせた。彼女が今手にしている本の表紙には、『固有魔法の発現』と書いてあった。


「本来、固有魔法を持って産まれてくる人は、幼児期にその予兆のようなものが見られるんだって。それが成長と一緒に何度か起きて、ある程度身体や魔力が発達すると、完全発現するらしい」

「なるほど・・・」


 僕のように異世界から来た人は、自身の固有魔法がどんなものかを深く念じれば、すぐにどのようなものなのか理解できるという。


 どんな原理かはさっぱりだけれど、まあ魔法なんてある世界だから、そこはそういうものと考えるしかないだろう。


 でも、僕はそもそも固有魔法なんてものの存在すら知らなかったから、そんなことはできなかった。きっとヴィリアナもそれで僕に固有魔法について教えなかったのだろう。


 とはいえ、異世界人がイレギュラーなだけで、本来はそんなことないらしい。


「今のロゼの身体はこの世界の人のものだから、突然理解できるようになるんじゃなくて、予兆のようなものがあるのかも」

「予兆、かぁ・・・」


 そんなものあっただろうか。というか、どんな固有魔法なのか分からない以上、何がその予兆に当てはまるのかすら分からない。


「過去に何か不思議なこととかあった?」

「不思議なこと・・・」

「まあ、この先の話かもしれないし、そもそもそんなもの起きないかもしれないけど」


 そんな身も蓋もないことをいうカゲハさん。だが、このまま何のヒントもなく魔力操作の訓練を続けて、果たして固有魔法を見つけられるかどうかは分からない。だからはこれは物凄く大事な情報だ。



 不思議なこと・・・固有魔法に繋がるような、予兆・・・



「・・・あ」

「ん、何かあった?」


 ふと、あることを思い出す。そのときは焦っていて不思議に思っていなかったけれど、今になってその違和感に気がついた。


「どうして僕、あのとき・・・」



  ◆◆◆



「・・・試して、みるか」


 僕は目を閉じ、全身の魔力を集中させた。身体の中を流れる魔力の細やかな流れに意識を向けて、やがてその意識は外へと続く。カゲハさんから教わった、魔力探知という技だ。


 僕の技術では、カゲハさんほど精密に魔力の流れを掴むことは出来ない。・・・でも、でももし、僕の固有魔法の予兆が”あれ”なら・・・


「カゲハさんを、見つけられるかもしれない」


 僕は必死に魔力を探す。しかし、人が多いのか魔力の反応がありすぎて、どれがどれだか分からない。


 というか、僕はまだ魔力だけで人を判別できはしない。それでも魔力探知を続けるのは・・・僕の固有魔法に繋がるかもしれないからだ。



 あのとき僕の頭に蘇ったのは、死の山脈で魔族領を目指している最中、飛竜が襲ってきたときのことだった。弱った体で背負われながら、僕はほんの一瞬だけ、不思議な感覚に包まれた。


 ぼんやりとだったけれど、何か強い力が僕たちを襲うのが分かったんだ。でもそれは、別に未来が見えたとかじゃなくて、どちらかというと・・・魔力探知のときの感覚に近いように思えた。


 空を舞う風、木々の揺れ、動物のざわめき、そして竜が空気を吸う音。そんな無数の情報が、頭の中に流れ込んできた。何かが来るというのは、その情報から導き出されたに過ぎない。



 そしてその後すぐに、飛竜は強大なブレスを吐いた。それは、僕の感じたものと同じだった。



「まだ予兆でいい。ぼんやりとでいいから、カゲハさんたちの位置を・・・っ!」


 僕は強い祈りを込めながら、必死に魔力を辿った。


 もしあの時の感覚が予兆だったなら、もし僕の固有魔法が周囲の情報を探知できるようなものだったなら、カゲハさんたちを見つけられるかもしれない。


 だから・・・────



「──────っ!?」



 瞬間、無数の情報たちが、僕の頭の中へと押し寄せる。城内に響き渡る足音や攻撃音、壁や床の振動、移動する魔力、それらの情報たちが、津波のように僕の脳に襲いかかった。


「ぐ、ぅ!?」


 激しい頭痛に苛まれる。前回とは違い意図的に起こしたせいか、今度は情報量が多すぎる。でも、それでも、大体の方向は分かった。


「あ、っちだ・・・」


 僕は頭を押さえながら、慎重にその方向を目指す。大体これは・・・食堂のほうだろうか。


 大まかな方向しか分からなくて、ハッキリとした位置は分からない。でも一応、食堂への大体の道順は分かる。取り敢えずはそこを目指そう。


 人の目を避け、鼻と口を手で覆いながら、僕は進んだ。幸いにも食堂はそこまで遠くない。廊下に出て、食堂の方を目指す。


 周囲に警戒しながらも、中庭のところよりは人の数が少ないので、少し駆け足で向かった。



 そして、ようやく食堂に着いた・・・その瞬間。




 ────僕は、信じられないものを見た。




「・・・嘘、でしょ?」


 そしてすぐに、僕は食堂に背を向けて走った。逃げるように、その場から駆け出した。




 ────僕は、いるはずのない人を見た。




 ただひたすらに走り、そして幸か不幸か、その先にカゲハさんを見つけた。彼女は、食堂に向かっているようだった。




 ────僕は、カゲハさんが会ってはダメな人を見た。




 焦った僕は止まることを忘れ、彼女に思い切りぶつかる。その衝撃で倒れながらも、僕は彼女の裾を掴んで叫んだ。


「か、カゲハさん! あっちに行っちゃダメです!!」





 僕が見たのは・・・彼女の親友である、折宮花乃さんだった。





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