第58話「奇襲転移」
[SIDE:ロゼ]
「はぁ・・・」
朝。僕は魔王城の中庭にあるベンチに腰掛けながら、空を見上げた。今日の天気は曇りで、朝だと言うのに既に明るさを失っていた。そんな天気のせいか気持ちも沈んでしまう。
数週間ほど前、僕はカゲハさんに酷いことをした。彼女はそのことを特に気にしていないようだったけれども、やはり罪悪感は拭えない。
・・・と、いうのに、今僕の心に渦巻いているモヤモヤは、それが原因ではなかった。
『ありがとう』
月夜に照らされながら静かに微笑む彼女の姿が脳裏に浮かぶ。その時の彼女の表情が、声が、優しさが、頭から離れない。
「・・・ほんっとに、僕は僕が嫌いだよ」
こんなにも身勝手な感情を、抱いてしまうなんて。
ここ最近、何をしていてもカゲハさんのことを目で追ってしまう。まあ、直属の部下なのだから当然といえば当然だけど、カゲハさんが会議でいない今でさえ、彼女のことを考えてしまっている。
本当、僕はチョロくてどうしようもない。つくづく嫌な男だ。まあ、今は男の姿ではないけれど。
「はあ・・・」
もう一度深くため息をついて、僕は立ち上がった。
今日はカゲハさんが緊急会議のため指導はなくなり、時間が出来てしまった。
このまま空を見てボーッと過ごすのも勿体ないし、一人で魔力操作の訓練をするか、自室で勉強でもしよう。じゃないと、この馬鹿な思考を続けてしまう。
そんなことを考え歩き出したその瞬間、僕は誰かとぶつかった。
「ご、ごめんなさい!!」
体格的に地面に転んだのは僕の方だったけれど、構わずすぐに謝罪する。
だって、僕がぶつかった相手は、見た事ある人だったからだ。オレンジ色のたてがみのような髪に、巨人族特有の巨体。
この人は・・・魔王軍第二軍団長、ガリル様だ。
以前この人がカゲハさんに襲いかかっていたのを、僕は目撃している。非常に気性の荒い人で、しかし確かな実力のある人だ。もし不敬なことをすれば、すぐにでも首を刎ねられてしまうかもしれない。
・・・そう、思っていたんだけど。
「・・・?」
あの人は何も言わず、僕のことなんか気にしていないかのように歩いていった。・・・いや、気にしていないどころか、まるで気付いてすらいないかのようだった。
「というか・・・」
僕はゆっくり立ち上がり、周囲を見渡す。兵士たちはいつも通り普通にいる。しかし、何かが変だ。何かがおかしい。
中庭のど真ん中でこんなことがあったのにも関わらず、誰も見ていない。僕のことだけじゃない。みんな、何も見ていないみたいだ。
ゲームのNPCが設定された動きをただ繰り返していくかのように、無機質に動いている。そんな気がしてならない。
全て僕の妄想でしかないけれど、不気味な感じがしてしまう。
一体、何が・・・
◇◇◇
[SIDE:カゲハ]
「今、ここにいる者を除き、全て兵士が洗脳されている。・・・私の、妹によって」
魔王様の妹。
その存在を知ったのはつい最近で、しかもロゼと入れ替わった相手であるということ以上の情報は何も知らされていない。魔王様の妹がどんな性格で、魔王様とどんな関係にあるのか、私たちは知らなかった。
だから、唐突に明かされた情報に、理解が追いつかなかった。
「・・・詳細を、お教えいただけますか」
「ああ。説明しよう」
メフィルさんは眉をひそめ、険しい表情で尋ねた。
「とはいっても、アイツの目的が何なのかは私にも分からない。ただ一つ、確かに言えるのは・・・アイツは、私を殺しに来る」
「殺しに来る? 実の姉妹じゃないのか!?」
「向こうはきっと、私のことを姉とは思っていないさ。アイツは私を・・・心の底から憎んでいるだろうからな」
魔王様は、少し視線を落としながら語る。その声はどこか悲しそうな、寂しそうな、そんな感じがした。一体、二人の間に何があったのだろうか。
「・・・だが、今はその話より優先して伝えるべきことがある。私の妹、ヴィリアナ・オルファントのもつ魔法についてだ」
魔王様は気持ちを切り替えるように、顔を上げると、再び私たち一人一人の目を見た。
「アイツには、魅了魔法という固有魔法がある。それはその名の通り人を魅了する魔法だが、自我を奪い洗脳することも可能だ」
「それは怖い魔法だね〜・・・」
洗脳、か。隷属魔法といい、この世界にはろくでもない魔法が多いな。しかし、文字通り心を奪う魔法か・・・厄介だ。
「それが、全兵士たちにかけられていると?」
「ああ。あの魔法は洗脳の効力を高めれば高めるほど、アイツの魔力が魔法をかけられた者から漏れ出る。そして昨日、その魔力の漏れを確認した。大方、私にバレないよう効力を弱めて洗脳し、全兵士に行き渡らせたところで効力を上げたんだろうな」
「昨日効力を上げたって、まさか・・・」
魔王軍の兵士を秘密裏に洗脳し、そしてそれを隠すのをやめたということは、これから考えることは一つだろう。
「ああ。恐らく今日か明日にでも・・・我々への総攻撃が始まるだろうな」
空気が凍りつく。しかしすぐにそれを破るかのように、シグラスさんが席を立った。
「おいおい! それってつまり、俺たち対魔王軍兵士ってことか!? 面白そうじゃねぇか!!」
「シグラス黙れ! ここは喜ぶ状況ではない!」
嬉しそうに叫ぶシグラスさんにメフィルさんが怒鳴りつける。
メフィルの言う通り、これは非常に困った状況になってしまった。これがもし人族の総攻撃とかだったら問題ないのだけれど、相手は洗脳された兵士たちだ。彼らを殺す訳にはいかない。
まあ、私としては洗脳されていようが魔王様に歯向かうものは殺したいけれど、兵を失っては困るのは魔王様だ。魔王様に迷惑はかけられない。
「私とアイツとの話はまた別の機会にする。今我々が話すべきは、この状況にどう対処すべきかだ。いいな?」
「了解しました」
メフィルさんが迷いなく返答し、私たちもまた異論はない。なにせ、残された時間はほとんどないのだから。
「まずアイツの魔法の解除方法だが・・・」
─────瞬きの一瞬、音もなく視界が切り替わった。
「え?」
机も椅子も、壁も天井もなくなり、私は体勢を崩して地面にお尻をつく。何が起きたのか理解が出来なかったが、すぐに自分が城の外にいるのだと気がついた。
「どういう、こと?」
ここは外だ。もっと詳しく言うのであれば、魔王城の城壁前。どういう訳か私は、魔王城の外にいる。
まさか、敵の転移魔法か?
しかし、現状この世界でそれを使えるのは花乃だけのはず。あの花乃が魔族に協力するとは思えない。
「・・・分かんないけど、まずはコレをどうにかしないと」
顔を上げると、大量の兵士たちが転移先で待ち伏せており、私を囲んでいた。彼らは剣や槍を私に向け、本気で私を殺そうとしている。
しかし私は彼らを殺す訳にはいかない。魔王様の所へ戻るにしても、彼らを殺さずにこの場から脱する必要がある。
・・・くっ、面倒なことになった。まさか、ここまで早くに敵が奇襲を仕掛けてくるとは思っていなかったな。
油断した。
他の幹部も私と同様に外へ飛ばされている可能性が高いだろう。そしてその目的は恐らく・・・私たちと、魔王様との分断だ。
邪魔者の私たちを外へ追い出し、敵だらけの魔王城に魔王様を一人残すことが目的だろう。だとしたら、魔王様はきっとまだあの場所にいるはずだ。
「・・・早く、魔王様の所へ行かなきゃ」
◇◇◇
[SIDE:ヴェリアラ]
突如として目の前から幹部たちの姿が消えた。そして代わりに、一人の少女が姿を現した。
それは何度も見たことのある姿でありながら、初めて見る姿でもあった。
「久しぶりね・・・ヴェリアラ」
その少女は静かにこちらへ歩み寄り、そして円卓を挟んで私の正面に立った。
冷たい笑みを浮かべながら、私の名前を口にする。その声には姉への愛情なんてものは微塵もない。
「アンタを、殺しに来たわよ」
あるのは、隠しきれない程に滲み出た憎悪だけだった。




