第57話「小さな変化」
[SIDE:カゲハ]
朝目が覚めて、顔を洗い、鏡を見る。そこに映るのは、もうすっかり見慣れた姿だ。
白い髪も、金色の瞳も、狐の耳も、前ほど気になりはしない。初めはその違和感や異質感が嫌だったけれど、私はもう、魔族だとか人族だとかそういうことは考えるのをやめにした。だからもう、種族のことは気にしていない。
私が本当に嫌いなのは・・・種族なんて関係のない、私自身なのだから。
「・・・はあ。やめやめ」
私は後ろ向きになった思考を取り払い、着替え始める。数週間ほど前にロゼとそんな話をしたからか、ふとこんなことを考えるようになってしまった。
こんな、どうでもいいことを。
私は服を着終わると、腰に刀をつけて、そしてお面を手に取った。自室を出て階段を降りる。そして食堂へと足を運ぶと、既におじいちゃんが座って待っていた。
「おはよう、カゲハ」
「おはよ」
おじいちゃんと挨拶を交わし、私も席に着く。もうこの生活にも慣れて、使用人さんたちが朝食を運んできてくれるこの光景も、見慣れたものとなってしまった。
長く一緒にいるというのもあって、私はおじいちゃんとこの屋敷の人たちを信頼している。だから、外では常につけているお面も、彼らの前では外している。
このお面は、魔王様がくれた私を守るお面だ。そして同時に、私の姿を隠すためのものでもある。
今まで私の素顔を知っていたのは、魔王様とレイヴンさん、そしておじいちゃんと使用人の皆だけだった。しかし、彼らは皆この世界で私と出会った人たちで、この姿になる前の私を知らない。
だからだろうか。彼らとは違い、昔の私を知る人に今の姿を見られるということに、私は恐怖心のようなものをずっと抱いていた。
だけどこの前、ロゼに素顔を見られて、私はようやく踏ん切りがついた。過去の自分を知る人に今の私を見られても、私はもう、きっと大丈夫だろう。
「ご馳走様でした。おじいちゃん、行こ」
「ああ」
朝食を食べ終わると、私は早速席を立つ。
今日は魔王城にて会議があるのだ。議題はまだ聞かされていないけれど、集まるのは最高幹部と魔王様だ。
つまり、久しぶりに魔王様に会えるということだ!
最近、私はロゼへの指導や戦争などで忙しく、あまり魔王様と会えていなかった。ちなみに、この前第二軍団長の人をボコボコにしたのは、多少の八つ当たりも含んでいたりする。
「おや、お面はつけなくて良いのか?」
「うん。もう、隠さなくても大丈夫だから」
「・・・そうか」
私がそう言うと、おじいちゃんは優しく微笑む。私が多く語らずとも、おじいちゃんは色々なことを察して分かってくれる。
「でも、これは魔王様からもらった大事なものだから。これからも肌身離さず持ち歩こうと思ってる」
「ほっほっほっ。それは良いのう。・・・じゃが、ずっと手に持つのも不便じゃろう。少し貸してもらって良いか?」
「?」
私は疑問を浮かべながらもおじいちゃんにお面を渡す。すると、おじいちゃんはそのお面を私の頭に取り付ける。とはいえ、今までの被り方とは少し違っていた。
「こんなのはどうかのう?」
おじいちゃんが私にお面をつけ終わると、私はつけられたお面を触って確認する。お面は私の顔を隠すことなく、耳の近くで斜めにつけられていた。これなら、魔王様から貰った大切なお面をつけていられる。
「・・・ありがとう、おじいちゃん」
「うむ、似合っておるぞ」
◇◇◇
おじいちゃんとともに魔王城へ着くと、思っていたより視線は感じなかった。もしかしたら、誰も私だと気がついていないのかもしれない。
想像より注目されることがなくて、私は少し安心した。
奴隷の頃に人間の街へ出たときの経験のせいで、私は大勢の人に見られるということにまだ少し抵抗がある。それは、叙任式のときからあまり変わっていない。
「・・・少し、空気が変じゃの」
「そう、かな」
おじいちゃんがやや訝しげに周囲を見渡す。魔王軍所属の兵士たちが何人もいるが、特別変という感じもしない気がするけれど。
それとも、気が付かないほどの小さな変化があるのだろうか。
私は首を傾げつつも、そのまま魔王城の会議室へと向かう。おじいちゃんも、結局は異変の正体を掴めなかったのか、私と共に向かった。
「カゲハ! 爺さん! おはよう!!」
「あ、レイヴンさん」
会議室へ着くと、扉の前でレイヴンさんが待っていてくれた。私の姿を見つけると、彼はいつも通り大きな声を出しながら手を振った。
それから私が彼の近くへ行くと、彼は私の変化にすぐに気がついた。
「・・・む、お面を外したのか?」
「うん」
「そうか。なんだか久しぶりだな!」
確かに、初めてレイヴンさんと会ったときは素顔だったが、それ以降はずっと彼の前でも私はお面をつけていた。本当に久しぶりだ。
まあそのことを除いても、レイヴンさんと会うのは久しぶりだ。私たちは軽く談笑しつつ、会議室へと入った。
「あ、カゲハちゃ・・・──────って、ええっ!?」
まあ、何となく予想出来ていたことではあるけれど、中へ入った瞬間、ルナさんが物凄い驚きの表情を浮かべこちらへ駆け寄ってきた。他の人達には久しぶりどころか初めて見せるしね。
「かっわいい!! いや、絶対かわいいだろうとは思ってたけど、まさかこんなにかわいいなんて!!」
「・・・く、苦しい」
「あ、ごめん。つい!」
彼女は私の素顔に驚いたのか、締め上げるように思い切り抱き着いてくる。
「カゲハ、そろそろ魔王様がくる。席につけ」
「うん」
ルナさんから解放されると、今度はメフィルさんがいつもの調子でそう言った。私の顔を見ても、特に驚いている様子はない。
・・・うん、やっぱりこういう反応の方が安心する。
他のふたりとはまだそこまで交流がないので、特段大きな反応もない。私はメフィルさんに言われた通り席に座って、魔王様が来るのを待った。
そして数分後。
「・・・みんな、待たせたな」
魔王様が来て、私たちはすぐに頭を垂れる。それから魔王様に座るよう促され、全員で円卓を囲うようにして席についた。私も含め、全員の空気が張り詰めている。
魔王様は何やら深刻そうな表情だ。一体、何があったのだろうか。
「今日は緊急会議って話じゃったが、何かあったのですかな?」
「ああ。だがその前に、一つお前らに問いたい」
そんな空気を壊すかのように、おじいちゃんが問いかける。魔王様はそれに頷いた後、静かに足を組み、目を細めながら尋ねる。
「─────・・・お前たちの主は、誰だ?」
「「「魔王様です」」」
魔王様の言葉に、私たちは迷う間もなく声を揃えた。それはたとえどんな事があっても、揺るがないものだ。そしてその気持ちは、私以外の最高幹部達もみな同じのようだ。
「・・・そうか。今のお前たちの言葉を聞いて、確信したよ」
魔王様は安堵と悲しみが混じったような、そんな表情を浮かべる。息を吐いて目を閉じて、そして再びその瞼を開いた。
「これから私の言うことは、嘘でも冗談でもない、確固たる真実だ。そのことを心して聞け」
それから魔王様は、鋭く、真っ直ぐな瞳を私たちに向け、恐ろしいほど冷たい声で告げた。
「今、ここにいる者を除き・・・─────全ての兵士が、洗脳されている」
その言葉に、戦慄する。突然のことに混乱しながらも、それ以外に、魔王様の声から滲み出る隠しきれないほど怒りが身体を震わせた。
「・・・私の、妹によって」




