第54話「独白」
[SIDE:ロゼ]
魔王軍に入って、僕の生活は大きく変わった。
午前中はカゲハさんと魔力操作の訓練を行い、午後は勉強をしたりカゲハさんの任務についていったりしている。
カゲハさんの任務というのは、主に戦場で戦うこと。といっても、僕に出来ることは何もないので、本当にただついていっているだけだ。
安全な所から彼女の戦闘を見させてもらったり、事務的な補佐などをしたりしている。
それ以外にも、僕は前より人と関わる機会が増えた。
最高幹部であるカゲハさんの部下として一緒にいる以上、他の最高幹部の方と会う機会も何回かあり、何度か声をかけられたのだ。
でも、僕は依然として目を合わせられないし、はっきり喋ることも出来ない。
オルヴァさんは何だか色々と見透かされているみたいで苦手だし、メフィルさんは常に厳しくて怖い。
レイヴンさんはその迫力に萎縮してしまうし、シグラスさんのテンションにはついていけない。
ルナさんのような女性とは目も合わせられないし、セイラさんに至っては会話することも出来ない。
つくづく僕は、コミュニケーションというものが下手くそだと思わされる。だけど、一緒にいる時間が長いからなのか分からないけど、カゲハさんとだけは他の人より少しだけまともに話すことができている気がする。
まあ、カゲハさんは仮面をしていているから目を合わせる必要はないし、一番落ち着いていてまともに会話できる、というのもあるだろう。
・・・そう、考えていたのだけれど。
カゲハさんから指導を受け始めてから一週間程経った頃、僕は魔王城にある中庭でとんでもない光景を見てしまった。
僕が中庭で本を読んでいたカゲハさんを見つけた時、同時に別の場所から一人の男の人がカゲハさんに襲いかかってきた。
どういう訳かカゲハさんには全く効いていなかったけれど、男の人が何かを言った途端、カゲハさんは人が変わったように彼へと攻撃を始めた。
それは、僕の知っている、無口で冷静なカゲハさんとはあまりにもかけ離れていて、初めは同じ人物だとすら思えなかった。
でも僕には、そんな彼女の変化以上に、目を奪われたものがある。
それは、彼女の強さだ。
襲いかかってきた男の人は、確か第二軍の軍団長の人だったはずだ。確かな実力者なはずなのに、カゲハさんはまるで、赤子でも相手にしているかのようだった。
僕ではどう頑張っても手が届かないような強さを、見せつけられてしまった。カゲハさんは心も力も強くて、欠点なんてどこにもないと思えるくらいに、僕には輝いて見えた。
カゲハさんだけじゃない。最高幹部の人たちは、当然のことながら凄い人たちばかりだ。
そのせい、なのだろうか。あれからさらに一週間近く経ち、もう二週間もの間あの人たちのことを見てしまったせいで・・・最近、自分の弱さが際立って見えてしまう。どうしようもない劣等感に苛まれてしまう。
僕は無知で、オルヴァさんみたいに人に物を教えられるだけ賢くない。
僕は人に従うばかりで、メフィルさんみたいに人々を統率することはできない。
僕は独り善がりで、レイヴンさんみたいに誰かのために動けない。
僕は臆病で、シグラスさんみたいに戦いに向かうことは出来ない。
僕は逃げてばかりで、ルナさんみたいに何かを追い求めることは出来ない。
僕は無力で、セイラさんみたいに誰かを助けることも出来ない。
僕は弱くて、カゲハさんみたいに強くなれない。
何もない自分が嫌いで、色んなものを持っている彼らが羨ましい。そして、羨ましいなんていう身勝手な感情を抱いてしまう、そんな自分が大嫌いだ。
どうすれば、なりたい自分になれる?
どうすれば、なれない自分を認められる?
どうすれば・・・僕は僕を好きになれる?
・・・そんなの、無理だ。
◇◇◇
「これからまた戦地に行くから、着いてきて」
あれからまた暫く経って、ここに来て一月ほどになった。ある日、僕は再びカゲハさんに呼ばれた。
・・・カゲハさん、か。
今更ながら、これは失礼な呼び方な気がする。彼女は僕の上官な訳で、他の兵士の人はみんな幹部のことは様付けで呼んでいる。
しかも、僕みたいな弱い奴が、彼女のことを馴れ馴れしく呼ぶのは余計におかしな話だろう。
「・・・分かりました、”カゲハ様”」
「?」
急に呼び方を変えたからだろうか。カゲハ様は一瞬首を傾げてこちらを見たような気がしたけれど、すぐに顔を逸らした。
仮面の下がどんな表情をしているのかは分からないが、そこまで気にしているようには思えなかった。
それからまた彼女と戦地に赴き、その活躍を見る。魔族軍は人族軍に押されていたが、彼女の登場によってその戦況は逆転した。未だにどういう原理か分からない、空間を渡る斬撃が相手兵士たちを襲い、蹂躙していた。
何度見ても凄い光景だった。
彼女は他の人とは比べ物にならないほど強く、特別な存在なのだと、僕とは違う世界の住人なのだと、改めて思い知らされる。
「・・・はあ、疲れた」
砦へと戻ってきたカゲハさんは、途端にスイッチが切れたように地べたに横になった。器用に尻尾を枕にして、今にでも眠りに落ちてしまいそうだ。
この一ヶ月間、カゲハ様の部下として行動を共にして、分かったことがある。
彼女は圧倒的な強さを持つ反面、極度の面倒くさがり屋で、いつどこでもすぐに寝てしまうという悪癖があるということだ。
「か、カケバ様・・・そ、そんな所で眠ったら、ダメですよ・・・」
「えー。もう動くの疲れた」
一応補佐的な役割を与えられているので、この後の予定に遅れないために注意するが、カゲハ様は子供のようにそう答える。
・・・あれ、なんだろう。この感じ、どこかで見たことがある気がする。気の所為だろうか。よく思い出せない。
そんなことを考えながらカゲハ様を説得し、なんとか起き上がらせることに成功した。面倒くさそうにしつつも歩き出した彼女の背中を見て、僕は思う。
子供のよう、とさっき思ったけれど、その背中は本当に子供のように小さかった。中学生か、それとも僕と同い歳くらいだろうか。とても最高幹部と呼ばれている人の背中には思えない。
だけど僕は、確かに彼女の強さを知っている。
自身を受け入れ、そしてどんな相手にも勝つその姿を知っている。彼女は、僕より小さな背中で、僕よりずっと大きなものを背負っている。
どうして、彼女はあんなにも強いのだろう。何が彼女をあそこまで強くさせたのだろう。
どうすれば、僕もカゲハ様みたいに・・・
「・・・あの、カゲハ様。少し質問いいですか?」
そして、ふと彼女の背中を呼び止める言葉が、口をついて出た。
「何?」
「・・・その、カゲハ様は、どうしてこの魔王軍にいるんですか? あ、えっと、その、カゲハ様の強さは僕も重々承知なのですが・・・」
「ああ」
少し遠回りな質問だった。だけど、彼女がこの魔王軍で戦う理由は、彼女の強さに繋がると思った。
「別に大した理由なんてないよ。まあ、強いて言うなら・・・魔王様の力になりたいから、かな」
まるで当然のことを言うかのように、カゲハ様はサラッと言った。・・・魔王様の、つまりは他の誰かのためにここにいると、そう言ったんだ。
「あと・・・」
「あと?」
そして、カゲハ様は更に続ける。
「人間が大嫌いだから」
仮面でその表情は見えないが、その声音は笑っているようにも思えた。僕はボーッと立ち尽くし、彼女が去っていくのをただ後ろから眺めていた。
◇◇◇
その日の夜、僕は与えられた自室のベッドで横になりながら、ボーッと天井を眺めながら、カゲハ様の言葉を思い返した。
『魔王様の力になりたいから、かな』
真っ直ぐな声だった。
『人間が大嫌いだから』
力に満ちた声だった。
・・・やっぱり、僕じゃどうやったってあの人みたいにはなれない。
僕は、誰かのために戦えるほど、強くない。優しい人になりたいなんて言いながら、僕はいつも自分のことしか考えられない。他の何かに自身の全てを捧げることなんて、僕には出来ない。
そして、僕には強い意志もない。まだ自分が人間なのか魔族なのかも割り切れていないし、自分を受け入れることだって出来ていない。
それに、以前ヴィリアナのことを憎いと言ったけれど、実際のところ復讐しようなんて思えるような度胸は僕には無い。
僕は優しい人になりたかった。
優しさを持てるくらい、強くなりたかった。カゲハ様みたいな人に、なりたかった。・・・でも、もう気付いてしまった。無理だと分かってしまった。
きっともう、根本から僕と彼女は違うんだ。
僕はカゲハ様とは違って、何においてもどっちつかずの半端者だ。そんな奴がカゲハ様みたいになりたいなんて、おこがましいにも程があるだろう。
僕は変われない。
彼女みたいにはなれない。
本当は、ずっと昔から分かっていたことだ。だからもう、ここで諦めよう。憧れるのは、これで終わりだ。
「・・・は、ははっ」
乾いた笑いが口から零れる。
なんだ、簡単なことだったじゃないか。諦めてしまえば、こんなにも楽な気持ちになれる。何かをしようとか、何かを掴もうとか、そんなこともう考えなくていいんだ。
これが、僕の人生なんだ。
渦巻いていた靄に蓋をして、僕は起き上がった。時計を見ればだいぶ遅い時間になっていた。そろそろお風呂に入って寝ないといけない。明日も早いんだ。
僕は着替えとタオルを持って部屋を出る。
僕は魔王様の妹の身体をもち、かつ最高幹部の直属の部下という変わった立場であるが故に、魔王城の一室に住まわせてもらっている。
お風呂は大浴場があるのだが、当然のことながら他にもそこを利用する人がいる。僕はこの身体なので女湯に入らないといけないのだけれど、流石に他の女性がいるときに入るなんて度胸は僕にはない。
だからこうして、人の少ない時間帯に大浴場へと向かっているのだ。
案の定、大浴場の所に人の気配はなく、灯りもついていなかった。僕は安心しきって中へと入った。
・・・その時だった。
「・・・え」
「あ」
中には一人の少女がいた。
丁度あがったばかりなのか、彼女は服を着ている最中だった。少し火照った白い肌と、濡れた髪、そして耳や尻尾が僕の視界に飛び込む。
その狐の耳と尻尾は、何度も目にした姿でありながら、初めて見た姿でもあった。
普段の僕ならば、その少女のことを直視することも出来ないだろう。しかし、僕はその少女から目を離すことが出来なかった。なぜなら、彼女はいつもしているはずのお面をしていなかったからだ。
そこにいたのは、カゲハ様だった。でも、彼女はカゲハ様じゃなかった。初めて見るはずの仮面の下、その顔を、僕は見たことがあった。
その、顔は・・・・・・
「───────影宮、さん?」




