第53話「狂気の逆鱗」
[SIDE:ガレル]
・・・なんだ、コイツは?
本当にさっきまでボーッと本を読んでいたガキか?
目の前の狐のガキから放たれるのは、想像も出来ないような凄まじい殺気だった。そして同時に、圧倒的な魔力が溢れ出ているのを感じ取れる。
な、何が起きているんだ?
理解が追いつかない。先程までのこのガキの魔力は、ほぼ無いに等しいほど少なかったはずだ。それが、どうしていきなりこんな・・・
「─────ねぇ」
「っ!」
そのガキは腰の鞘から刀を抜き、魔力を込める。そして、氷のように冷たい声音で俺へと詰め寄った。
「・・・ねぇ、なんで? あなた、魔王軍なんでしょ? 魔王様の部下なんでしょ? じゃあなんで魔王様の選択を否定するの? なんで魔王様の言葉を受け入れられないの? なんで魔王様に逆らうの?」
「な、なんでも何も、俺の実力を正しく評価出来てねぇからに決まって・・・─────ぎぃああっ!?」
俺が口を開いた途端、奴の刀が俺の足を突き刺し、凄まじい激痛が全身を駆け巡る。
いや、これはただ刺されただけじゃねぇ。傷口から俺の魔力に干渉して、ぐちゃぐちゃしてきやがる・・・っ!
「ねぇ、何を言ってるの? 魔王様は、いつだって正しいんだよ? いい? どんなことも、魔王様が絶対なの。私が好きで好きで好きで大好きな魔王様が、この世界の全てなの。なんでそれが分からないのかなぁ?」
「さ、さっきからお前、何を・・・」
「ねぇ、そんなに無力で、そんなに無能で、なんで生きてるの? なんで魔王様の敷地で平然と生きてられるの? ねぇ、なんでっ!?」
「ぐぅあ!?」
再び刀が俺の身体を斬りつける。そしてその度に、味わったこともないような激痛が走った。
・・・なんだよ、なんなんだよコイツは! 本当に同一人物かよ!?
急に狂ったように喋り出して、俺の言葉に耳を傾けやしねぇ。その殺気に、狂気に、思わず飲み込まれそうになる。そして本能で理解した。
コイツは、本気で俺を殺す気だと。
「・・・は、ははっ。まはかこの俺が、こんなガキに臆してるっていうのか? ・・・有り得ねぇ・・・有り得ねぇんだよ!!」
俺は狐のガキと一瞬距離を置き、そして右手を向けた。俺は近接戦闘の方が得意だが、このガキの力が未知数な以上、あまり近づくべきじゃねぇ。なら・・・
「喰らいやがれ! 岩石魔法【岩槍】!!」
無数の岩の槍を作り出し、奴目掛けて発射する。そんでその間に────
「邪魔」
俺が動こうとしたその時、あのガキに近づいた岩槍がすべて、分解されたかのように粉々になる。
・・・は? どう、なってる?
魔法が途中で消された? もしかして、それもアイツの仕業か? 意味が分からない。脳の理解が追いつかない。
「私さぁ、怒ってるんだよ? あんたみたいなヤツが魔王様を馬鹿にするなんて・・・許さない。許さない許さない許さない許さない許さない・・・許さない!!!」
声を震わせ、ヒステリーでも起こしたかのように叫ぶ。そして同時に刀を構えてこちらへ駆けた。・・・そして、たった一瞬でソイツは俺の眼前に現れた。
「は?」
瞬間、再び全身を斬り刻まれる。
「壊してやる! 壊してやる! 壊してやる!!」
「ぐあああああああああああ!!?」
あまりの速さと激痛に、思考が追いつかない。
今、何が起きてる? 何をされてる?
斬られた痛みを認識した頃にはもう違う箇所を斬られている。終わらない、無限に続く地獄だ。
「やめ、やべろぉ!! ぐ、ぎぃあああああっ!!」
即死しない場所を何度も、何度も、何度もを切り刻まれていく。それでも、だんだんと血がなくなっていくのを感じる。
まさか、俺、死ぬのか? こんなガキに殺されるのか?
いや、コイツはガキなんかじゃねぇ。
コイツは・・・───────化け物だ。
「そこまでだ、カゲハ」
薄れゆく意識の中、聞いたことのある声とともに、ようやく攻撃の連鎖が止まった。それでももう、俺には意識をとどめられるほどの力は残っていなかった。
◇◇◇
[SIDE:カゲハ]
魔王様を馬鹿にした男を斬りつけるなか、突然その手を掴まれた。
「・・・メフィルさん」
見ると、私の手を止めたのはメフィルさんだった。メフィルさんは刺すような視線を私に向けて、低く冷たい声で言った。
「まさかと思って来てみたが、こんなことになってるとはな・・・カゲハ、やりすぎだ」
「でも、こいつ、魔王様を馬鹿にしたんだよ? そんなの、生かしておけるわけ・・・」
「それにしたってやりすぎだと言っているんだ。確かにこの男の行動や言動は前から問題だったが、それはお前が殺しても良い理由にはならないぞ」
「そ、それは・・・」
「それに、その行動が魔王様の迷惑になるとは考えなかったのか?」
「っ!?」
魔王様の、迷惑?
・・・そ、それはダメだ。それだけはダメだ。大好きな魔王様の嫌がることをするなんて、それこそ目の前のこの男と同じことじゃないか。
それに、もし魔王様を怒らせて、見捨てられたら・・・私は・・・私は・・・っ!
「ここは魔王様の敷地で、この男は魔王様の部下だ。この男を生かすか殺すかは全て魔王様が決めることであり、お前ではない。わかるな?」
「・・・うん」
「魔王様を敬愛するのは良いが、お前はもう少し、己の感情を抑制することを覚えろ」
「・・・ごめんなさい」
メフィルさんの言葉に、私は俯いて謝罪する。魔王様を馬鹿にされたことへの怒りで頭がいっぱいになって、魔王様自身のことを私は考えられていなかった。
魔王様のために生きるって決めたのに、私はまた自分の感情に従って人を殺そうとしてしまった。そんなんじゃ、昔の私に戻ってしまう。もう、私の全ては魔王様のためにあるというのに。
「まあ、即死しない箇所を斬っていたのが不幸中の幸いだったな。今、思念魔法でセイラを呼んだから、この傷なら戻してやれるだろう」
「できるだけ長く苦しめてやろうと思って・・・」
「・・・まったく。戦闘になるとお前は猟奇的だな」
メフィルさんは呆れたように溜息をついた。
「そもそも、訓練所以外での戦闘は禁止されている。本来ならば厳罰が下るところだが・・・まあ、恐らく先に攻撃をしかけてきたのはコイツだろうからな。今回は大目にみてやろう。証人も多くいることだしな」
「え?」
ふと周囲を見渡してみると、何人もの兵士や魔王城で働いている人たちが、震えながらこちらを見ていた。
それもそのはずで、さっきまでの戦闘は人の多くいる中庭で行われていたのだから、注目されるのは当然だろう。というかむしろ、この男はよくこんな所で攻撃して来たものだ。やはり馬鹿なのだろう。
しかし、そんな馬鹿相手にムキになってしまった私も同じだろう。魔王様を馬鹿にするような奴と同じなんて耐えられないし、反省しないといけない。
それから、最高幹部であり回復魔法の使い手というセイラさんが来て、ボロボロになった男の治療をし、この騒動は一段落したのだった。
少なくとも私は、そう思っていた。
◇◇◇
[SIDE:ガレル]
「・・・っ!」
日が暮れ始めた頃、俺は目を覚ました。そこは魔王城にある治療室のベッドの上だった。一瞬記憶が混乱するが、すぐに思い出した。あの、化け物の記憶を。
「クソッ・・・」
思い出すと同時に怒りと悔しさが湧き上がってくる。俺は自身の傷が治っているのを確認すると、早々にその場を離れ、人気のない場所へと向かった。そうしないと、今にでも近くの誰かを殺しちまいそうな気分だったからだ。
城下町まで出て、その路地裏を一人歩いていく。
「なんなんだよ、アイツ・・・」
初めはナメた態度の弱ぇガキだと思っていた。叙任式で見かけた時も、今日最初に見つけた時も、アイツからは微弱な魔力しか感じ取れなかった。
恐らく、常に隠していたのだろう。つくづくムカつくヤツだ。
でも実際のところ、俺は手も足も出なかった。どうしようも無いほどに、実力差というものを見せつけられた。
「あのガキの方が、俺よりも・・・」
「──────ほんとにそうかしら?」
その言葉を吐きそうになった瞬間、誰かが遮った。
「あなた、凄く怒っているわね。それは誰に向けてのもの?」
「お前、誰だ・・・?」
誰もいない静かな路地裏に、コツコツともう一つの足音が響く。そして、一人の女が姿を現した。
「ねぇ、本当にこのままでいいの?」
「だから、テメェさっきから何を・・・」
「────復讐、したくないの?」
女は俺の目の前まで顔を近づけて、ニヤリと笑った。その瞳に、その笑みに、どうしようもないほど目が釘付けになってしまう。次第に何かを考えることすら放棄して、ただその魅力に囚われていく。
「あなた、魔王軍の人でしょう? それも凄く強い人。そんな貴方が苦しんでいるのは、どうして? 何で貴方がこんな目に遭っているの?」
「そ、それは・・・俺が・・・」
「いいえ違うわ。貴方は何も悪くない。悪いのは、貴方のような人を苦しめる場所を作った・・・─────この国よ」
甘い声が、耳元で囁かれる。もう俺の頭には、彼女の言葉しか残らなかった。
「もうこの国は腐ってしまったのよ。だから・・・貴方が、この国を変えて?」
「俺が、この国を・・・」
「そうよ。貴方にしか、出来ないことなのよ」
「俺にしか・・・」
それは、抗えない誘惑。まるで英雄を見るかのような彼女の表情に、俺は目を離せない。
「この国が、憎いでしょ?」
「・・・憎い」
「貴方を苦しめた相手を、許せないでしょ?」
「・・・許せない」
彼女の声音に胸が鳴り、沸き立つのは憎悪と復讐心。殺意と全能感に包まれながら、俺はあの狐のガキを脳裏に浮かべた。
「・・・・・・絶対に、復讐してやる!」




