第51話「魔力の扱い方」
[SIDE:ロゼ]
朝から嫌な夢を見て憂鬱な気分の中、僕はカゲハさんの後を追って行く。
そして着いたのは、訓練所のような場所だった。見渡してみると、何人かの兵士の人が、既に訓練をしている。その中で、空いている場所を見つけてそちらへと移動した。
「そういえば、魔法の知識はあるんだっけ?」
「は、はい。一応・・・」
神操魔法を使えるようになるために、知識に関してはヴィリアナから指導を受けている。まあそれも、僕を利用するためだったんだけど。
だからこそ、彼女にとって特に利のない固有魔法については一切教えてもらわなかったのだろう。
「良かった。私、魔法の知識はあまりないから。指導とはいっても、私が教えられるのは魔力の扱い方が中心になるし」
魔力の扱い方、か。
あの時の僕は難なく出来た・・・けど、それはあくまであの肉体だったからだ。しかも、もう一年近く檻の中にいたから、あの時の感覚もそこまで鮮明には思い出せない。
・・・できる、だろうか。
「じゃあまず、自分の中の魔力の流れ、分かる?」
「魔力の、流れ・・・」
ヴィリアナから教わったのと同じ順番だ。あの時は、一度ヴィリアナに魔力を操ってもらったらすぐに掴めたんだけど・・・
「・・・ぜ、全然分かんないです」
「そっか。本当は私がロゼの魔力いじるのが早いんだけど、魔王様に自分で掴まないと意味無いって言われたから」
「が、頑張ります・・・」
案の定少しも掴むことが出来なかった。だけど、それに対してカゲハさんは相変わらず無感情で返事をする。落胆している様子はないし、言葉に嫌味な感じもない。
ただ魔王さんに言われたことを忠実に守っている、って感じだ。
「魔王様から軽く事情は聞いてる。魔王様の妹と入れ替わったの、ロゼが魔法を使ったからだって。なら、その感覚は覚えてる?」
「・・・や、やってみます」
ヴィリアナと身体が・・・いや、魂が入れ替わった、あの時の感覚。全身の何もかもが抜け落ちていき、離れていってしまう、あの感覚。あれはきっと、僕の魂がヴィリアナの肉体へと移っていく感覚だろう。
魂が、魔力の流れに乗って動いていく。その感覚を取り戻せれば、僕は魔力の流れを掴めるはずだ。
その、はずなんだけど・・・
「ごめんなさい。できな────」
「足りない」
「・・・え?」
僕がまた弱音を吐こうとしたとき、それを遮るように冷淡な声が響く。
「まだ、足りない」
「足りないって、何が・・・」
「ロゼがその魔法を掛けられた時の感覚は、本当にそれだけ?」
「それは、魂が離れていくような・・・」
「じゃあその時、何を思った?」
淡々と、尋問をするかのように問い詰められていく。
あの時、僕は何を思ったか。あの時・・・僕を嘲笑うヴィリアナの顔が厭に脳裏に焼き付いて離れなくて、気がついた時には入れ替わってて・・・
「その時、何を感じた?」
「それは・・・」
最初は訳が分からなかった。何が起きているのか、どうして目の前の僕は大笑いしているのか、何もかもが理解できなくて、困惑して、混乱して・・・
「─────怖かった」
訳が分からなくて、ただ怖かった。ヴィリアナに説明を受けても、まだその事実を受け止められなくて、全部嘘なんじゃないかって思いたくて、でも真実で・・・
「・・・怖くて、苦しかった」
「本当に、それだけ?」
「僕は・・・」
まるで今あの時の光景が目の前にあるかの如く、鮮明に情景がフラッシュバックする。あの時のヴィリアナの嘲笑う声と、見下す表情、突然入れられた檻からの景色・・・全てが、五感が蘇る。
「・・・ヴィリアナが、憎い」
「なら、もっと本気になって、もっと思い出して。その時の恐怖、苦痛、憎悪・・・それらを生み出した魔法・・・全部、全部思い出して」
思い出せ。何もかもが絶望に塗り変えられた、あの時の感覚。あの時の感情。それら全てが脳裏を駆け巡る。
あの時、あの魔法を僕が使わなければ・・・あの時、あの時・・・
「─────っ!?」
その瞬間、神操魔法を使った時と同じような感覚が、流れが、全身を走った。
「・・・熱いものが、血液みたいに身体中を巡っているの、分かる?」
「は、はい」
「それが魔力」
そうだ、この感覚だ。初めてヴィリアナに魔力に干渉された時も、こんな感覚が全身に行き渡っていた気がする。
これが、魔力・・・凄い。まさか本当に自力で魔力の流れを掴めてしまえるなんて・・・
「で、でも、どうして出来たんですか?」
「別に、何も変わったことはしてない。・・・人は良い事なんかよりも、苦しみとか憎しみとか、そういう嫌な事の方が記憶に残るから。私の時もそうだったし」
私の時も、ということはカゲハさんが初めて魔力を扱えるようになった時も、何か嫌な思い出を蘇らせたのだろうか。少し気になりもしたが、わざわざ聞くような話でもないだろう。
それよりも、少し気になるのは・・・僕の魔力、前の身体と比べるとやけに少ないような・・・
「・・・あれ」
「ど、どうしたんですか?」
「ロゼの身体・・・魔力が極端に少ない」
「え?」
カゲハさんは珍しく驚いた声でそう言う。どうやら僕の感覚は間違っていなかったようで、やはりこの身体の魔力は少ないらしい。
まあ、勇者として呼ばれた肉体の魔力と比べたら、そりゃ少なくても仕方ないか・・・
「こんなに少ないのは初めて見た。たぶん、一日に魔法一つしか使えないと思う」
「ええっ!? そ、そんなに少ないんですか!?」
「うん。てっきり衰弱してたからだと思ってたけど、その体の魔力総量自体が少ないみたい」
「そ、そんな・・・」
まさかヴィリアナ、魔法使いだったっていうのも嘘だったんだろうか・・・って、今重要なのはそこじゃない。そんなに魔力が少ないなら、いよいよ僕の存在価値ってなくなるんじゃないのか!?
「まあ、別にいいけど」
「い、いいんですか?」
「私はロゼに魔力の指導をするようにとしか言われてないから。使えるかどうかを判断するのは私じゃないし」
「あ、そういう意味ですか・・・」
フォローとかではなく、単に自分には関係ないという話らしい。僕を助けてくれた人だけど、相変わらず僕に対しての興味はほとんどないようだ。
優しいのか冷たいのか、なかなか掴めない。
「取り敢えず、今日はここまで」
「え、もうですか?」
「うん。だって、もう体限界でしょ」
「そ、そんなこと・・・って、あれ?」
否定しようとしたその時、全身から力が抜けて、僕はその場に崩れ落ちる。そして、次に物凄い疲労感が襲ってきた。
「私も最初はすごく疲れた。それに、ロゼはまだ体が弱ってるから、少しずつにすべきだって魔王様に言われたから」
「わ、わかりました・・・」
そうか・・・カゲハさんみたいな凄い人でも、初めはこうだったりしたのか。・・・でも、今ではあんなにも強くて、魔力の扱いに長けている。それはカゲハさんの努力による結果か、はたまた才能か・・・
「・・・そういえば、カゲハさんは魔法って使うんですか?」
「え?」
「あ、いえ、カゲハさん魔力の扱いとか凄いのに、魔法はあまり知らないって言ってたので、それで・・・」
「・・・ああ」
途端、なんが空気が凍りついたような、そんな感じがした。あれ、僕なんか悪いこと言ったかな?
「私たち獣人は魔法が使えないの」
「えっ」
「だから私ができるのは魔力操作だけ。教えられるのもそれだけだから、魔法についてもっと良く知りたいなら、自力で調べるか他の人に教えてもらって」
「あ、いや、その・・・」
獣人は魔法を使えない。そんなこと、初めて知った。だけどこれってもしかして・・・地雷を踏んでしまったってやつかな?
ど、どうしよう。謝るべきかな? で、でも、こういうのってわざわざ謝る方が相手を傷つけてしまったりとかに・・・
「別に気にしないでいいよ」
「・・・え?」
「そのことはもう、私も気にしてないから。私は・・・もう、私を受け入れられたから」
戸惑う僕に対して、カゲハさんは真っ直ぐな声でそう答えた。
・・・やっぱり、カゲハさんは凄い。
自分を受け入れるなんて、僕には到底できないことだ。それをなんの迷いもなく言うことのできるカゲハさんのことを、僕は心から尊敬する。だけど同時に・・・僕は・・・
どうしようもなく、彼女が羨ましかった。




