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狐のあくび  作者: はしご
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閑話「何も無い一日」


 ボーッと窓の外を見上げる。


 とびきりの快晴というわけではないが、青空が見えて心地の良い天気だった。そんな昼間の陽気のせいか、まぶたがゆっくりと下りてくる。うつらうつらと眠気に襲われ、私は・・・



「──────影宮! 授業中だぞ!!」

「ふぅえ?」



 バチン、という何かを叩いたような音と同時に、頭にほのかな痛みが走る。顔を上げると、日本史担当の小田先生が私の顔を睨みつけていた。


「・・・どうしたの?」

「どうしたも何も、一限の開始五分で寝るやつがあるか!」


 寝ぼける私に、小田先生が怒号をぶつける。そして教室中に笑いが起こる。まだ少し寝ぼけていて現状を理解するのに少し時間がかかってしまった。


 ここ最近体育祭の練習とかが増えてきて、疲れてるんだよね。おかげで眠くて眠くて・・・


「ごめんなさい。気をつけま・・・むにゃ」

「謝っている途中に寝るな!!」




  ◇◇◇



「いや〜今日は一段と酷かったね、唯葉」


 昼休み。私はいつも通り、教室で花乃と詩織と凛子とお弁当を食べていた。


「午前の授業中、ほとんど寝てたわよ?」

「でも唯葉ちゃん、授業全然聞いてないのにいつも点数いいよね。凄いなぁ」

「まあね」

「まあねじゃないでしょ。まず授業中に寝るんじゃありません」

「・・・はーい」


 私は授業はそんなに聞いていないものの、家では基本的に寝るか勉強するかしかしていないので、テストの点数は基本的に良い方だ。そのことを少し自慢げに思ったら、花乃からお叱りを受けてしまった。


「唯葉、あんまり寝てばっかりだと、いつか大事な話とか聞き逃したりしちゃうかもしれないわよ。そうなっても助けてあげないからね?」

「うっ・・・」


 花乃に続いて詩織からも厳しい言葉を受けてしまう。花乃は冗談めかした感じだったけれど、詩織のはきっとガチだ。


 詩織は私たちの中でも特にしっかり者で、私がだらだらしているといつも注意してくる。でもそれは私が困らないようにするための言葉だっていうのが伝わるので、実は少し嬉しかったりする。


「もう、人が心配してあげてるっていうのに嬉しそうにしちゃって・・・ほんとズルい子だわ」

「ふふっ。詩織ちゃん、唯葉ちゃんのお姉ちゃんみたいだね」


 ため息をつきながらも頬を緩める詩織に、凛子が笑いかける。それからも、四人で談笑しながらお弁当を食べ進めた。


 そうしてしばらくして、一人の女の子がやってきた。


「やっほー唯ちゃん! 今大丈夫?」

「結芽。別に大丈夫だけど、どうしたの?」


 そうやってハイテンションで声をかけてきたのは、クラスメイトの芦田結芽だ。彼女はいつも明るくて、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。


 私とも会って最初の数日でいつの間にかあだ名呼びになっていたのを覚えている。


 私は基本的にボーッとしていて無愛想だから、結芽みたいに明るく人と接せられるのって、凄いなぁと素直に思う。


「私今日、日直なんだけどさ、それでさっき彩梨先生から日誌受け取りに行ったら、ついでに唯ちゃんに数学のノート出すよう言ってって頼まれたの」

「ノート? あれ、何かあったっけ?」

「あったよ? 先週の授業の最後に先生言ってたじゃん!」


 先週の授業の最後・・・は、そういえばうとうとして話を聞いていなかった気がする。どうしよう、さっきあんな話をした手前少し気まずい。


「あ、あー、言ってたね。大丈夫、ちゃんと聞いてた」

「寝てたね」

「寝てたわね」

「寝てたんだね・・・」

「ま、まあ一応やってはいるから、後で出せばいいよ」

「彩梨先生、唯ちゃんはいつも課題提出が遅いって、少し怒ってたよ?」

「今出してくる」


 どうしてか分からないが皆にはバレていたようで、みんなから駄目なものを見るような視線を向けられる。それから逃れようと、私は結芽の言葉が聞こえたと同時に、ノートを持って廊下へと出ていった。


 職員室をめざして少し小走りで廊下を進んでいると、階段のところで誰かとぶつかってしまった。


「・・・いたた」

「あ、ごめん・・・って、なんだ唯葉か」

「む。なんだって何?」


 ぶつかった相手は、私と花乃の幼馴染である翔斗だった。すると、翔斗と一緒に歩いていた相原雄也くんが少しからかうように笑いながら翔斗を小突いた。


「角でぶつかるなんて少女漫画みてーだな翔斗〜」

「うるさいなぁ、だからそういうんじゃないって言ってるだろ」

「あはは。ごめんごめん。ちゃんとわかってるって」


 相原くんとはあまり喋ったことがないけれど、翔斗とよく一緒にいるのを見る。冗談を言うことが多いみたいだけど、基本的に相手のことをちゃんと理解したうえで言っているらしい。


 彼はうちのクラスの体育委員でもあって、体育祭練習でもクラスを盛り上げるのが上手だった。きっと相手をよく見ている人なんだろう。


「そういえば影宮さん、何か急いでたみたいだけど何かあったの?」

「あ」


 相原くんに言われて思い出した。そうだった。早くノート提出しないと怒られてしまう。


「どうせまた未提出のものでもあったんだろ?」

「うん。それじゃあまた」

「ちゃんと周り見とけよー」

「気をつけてねー」


 翔斗と相原くんの言葉を背に、私は急いでその場を後にした。


 そうしてようやく辿り着き、私はノックと共に職員室の中へと入る。並べられた職員たちの席の中から、私は紫村先生の姿を探す。


「紫村先生ー」

「・・・影宮さん。やっと来ましたか」

「先生、ノート遅れてごめんなさい」


 名前を呼ぶと、すぐに紫村先生がこちらへと近づいてきてくれた。呆れたようにため息を着く紫村先生に、私は素直に頭を下げる。


 紫村先生は基本的に落ち着いていて言葉遣いも丁寧な人だけど、怒ると本当に怖い。この人だけは怒らせてはいけないと皆からも言われているし。


「もう、次はないですよ?」

「はーい」


 そうは言いつつも、紫村先生は私のノートを優しく受け取ってくれる。


「じゃあこれで、未提出者は野崎さんだけですね」

「そういえば野崎さん、最近学校来てないね」

「影宮さん、目上の人には敬語を使いましょうね?」


 野崎琴音さん。髪を金髪に染めていて、周りへの態度もとげとげしい。そのせいで学校にあまり馴染めていないのか、最近教室で姿を見ない。


 でも、そこまで悪い人には思えないんだよなぁ・・・


「・・・って、私まだご飯食べてる途中だった。それじゃあ先生、またね」

「だから敬語を・・・はあ、まあいいですけど、廊下は走ってはいけませんよ?」

「はーい」


 自身の空腹を思い出し、私は職員室を後にした。



  ◇◇◇



 放課後。ホームルームを終えてカバンに教科書を入れていると、花乃たちがやってきた。


「唯葉ーかえろー」

「あ、ごめん。今日委員会あるから一緒に帰れない」

「そうなの?」


 今日は私の所属している図書委員会の仕事がある。といっても、図書室で受付するだけの仕事だ。おまけに利用者もそこまでいないので、正直言って暇だ。だからといって、もう一人の図書委員に仕事を押し付けて帰る訳にもいかない。


「というか、花乃。あなたも私たちと帰っていいのかしら?」

「え、どういうこと?」

「・・・今日相原くんが体育委員の集まりがあるから、桐島くん一人で帰るんだって」

「ほ、本当!? ・・・って、そ、それがどうかしたの? 別に、そんなのどうでもいいんだけど」

「いいの? 大事な彼を一人にして」

「だ、だだだ大事じゃないから!」


 二人の言葉に、花乃は顔を真っ赤に染める。


 ・・・なるほど。詩織と凛子は同じ電車だから途中から花乃が一人になっちゃうのが少し気がかりだったけど、それなら丁度いいか。


「それじゃあ図書室行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「唯葉ちゃん、また明日」

「ん。また明日」


 固まってしまった花乃をそのままに、みんなと別れて私は図書室へと向かう。教室を見た感じいなかったので、もう一人の図書委員はとっくに行ってしまったのだろう。


 廊下をゆったりと歩き、図書室を目指す。さっき慌てて職員室へと向かった時と違い、今は穏やかな気分だ。


 暇とはいえ、あのほのぼのとした時間と空気感は、嫌いじゃない。そんな気持ちを抱きながら、私は図書室に到着する。そして、その扉を開いた。


「やっほー」

「ど、どうも」


 相変わらず平坦な声音だけれど、できるだけ気さくな感じで話しかける。それに対して、少し小さな声で返事をしてくれたのは、同じ図書委員の二宮遥斗くんだ。


 彼は私に少し目を向けたあと、またすぐに手元の本へと視線を戻した。二宮くんはいつも物静かで、そして読書家だ。


「・・・」


 私は彼の隣に座り、そして机に頬杖をついた。図書室にはまだ利用者はいない。特にすることもないので、いつも通り無言でボーッとする。


 二宮くんと話したことはない。でも何故だろうか。不思議と気まずい感じはしない。この静かな空気感に心が癒されるようで、私はうとうとしながら窓の外を見た。



 とびきりの快晴ではないが、青空が見えて心地の良い天気だった。それは朝とあまり変わらなくて、だけどほんの少しだけ朝より明るい気がした。


 今日は何か特別なことがあった訳じゃない。授業中寝てしまったことも、友達とご飯を食べたことも、職員室にいったことも、図書室にいることも、どれも特筆するような話じゃない。


 何も無い一日だった。だけど、とても素敵な一日だった。別に多くは望まない。何も特別なことがなくたっていい。こんな普通の毎日がずっと続けばいいと、そう思えるような一日だった。


 それなのに、何故だろう。




 心のどこかに、寂しい気持ちがあるのは。




「空、暗くなってきたなぁ・・・」



 眺めている空は徐々に明るさを失い、一日の終わりを告げに向かっている。


 時間になれば図書委員の仕事は終わり、学校を出て、私は家に帰らなければならない。何も無くても楽しいこの学校から、あの何も無くて寂しい家に。



 たぶん、私はそれが少し悲しいのだろう。



 心安らげる家がほしい。幸せに眠れる布団がほしい。そんな微かな願いを胸に、私は静かに眠りの世界へと落ちていく。



 ゆっくり、ゆっくりと、温かい世界へと落ちていく。



 いつか、私は─────












「──────カゲハ。もう朝じゃぞ」

「んぅ?」


 優しい声が耳を撫で、私は朝日に照らされながら目を覚ます。声の方へと目を向けると、おじいちゃんが私を見ていた。


「あれ、委員会は?」

「委員会? 何の話をしとるんじゃ?」


 寝ぼける私に、おじいちゃんは首を傾げる。しかしすぐに意識がはっきりとしてきて、自分がおかしなことを言ったと気づいた。


「ごめん、寝ぼけてた」

「夢でも見てたのかのう?」

「うん。でも、どんな夢見てたかあんまり覚えてない」


 なんだか昔の夢を見ていた気がするけれど、夢というのは不思議なもので、もうほとんどその記憶はなかった。


「幸せな夢じゃったか?」

「うん。だけど・・・」


 私はベッドの布団から出て、そっと立ち上がる。


 今日はどんなことがあるだろう。そんな、”何かある”期待に胸を膨らませられることが、こんなに嬉しいなんて、あの頃の私は知らなかった。


 そんなことを思い出しながら、私はおじいちゃんに笑いかけた。




「たぶん、今の方が幸せ」



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