第50話「変われない者」
[SIDE:カゲハ]
取り敢えずは最高幹部たちによる話し合いが終わり、ロゼへの魔力指導は明日の朝からということになった。
「じゃがカゲハ、儂からお主への指導も継続じゃからな」
「うん。ありがとう」
とはいえ、私がロゼに教えられるのは魔力の扱い方についてだけだ。それ以外のことになれば、異世界人である私はほとんど知らない。まだまだこの世界について分からないことばかりだし、これまで通りおじいちゃんに色々教えて貰うことになった。
そんな感じで、おじいちゃんから指導を受けながらロゼに指導をするという、少し不思議な状況が生まれてしまったのだった。
そうして一通り話が落ち着くと、私はセレネアさんたちの所へと向かった。
「・・・か、カゲハ!」
客室に招かれていた皆は、若干気まずそうにしていたが、私が来ると少し気が和らいだようだった。
・・・けど、あれ? 今度はまた少し違った感じで緊張しているように見える。
「どうかしたの?」
「な、なんでもないよ! あ、いや、ないです!!」
「・・・?」
近くにいたチアさんに聞いてみるが、声を上擦らせながら目を背けた。
・・・怪しい。なんで敬語に直したんだろう。というか、さっきから誰も目を合わせようとしない。
「何か、あったの?」
「・・・その、実は─────」
セレネアさんの方へ視線を向けると、彼女は困ったように眉をひそめつつも、私に説明してくれた。
曰く、この客室へと来る道中、案内してくれていた使用人の人に私について尋ねたらしい。そして、私が魔王軍幹部であり、かつ有名貴族であるオルヴァ・レングウの孫であるということを聞いたんだとか。
・・・なるほど。それで変な雰囲気になってたのか。
「別に気にしないでいいのに」
「そ、そういう訳にもいかないわよ・・・あ、いかないですよ・・・」
「やめて」
ぎこちなくも敬語に直そうとするセレネアさんを私は止めた。そして、つけていた仮面を外した。セレネアさんと目と目が合う。そして、他のみんなにも一人ずつ目を向けていく。
「みんなと初めて会った時の私は、本当に何も無いただのカゲハだったし、それは今も変わらない、ただのカゲハだよ。そしてそう在れたのは、みんなのおかげだから」
あの頃の私は、ただ恐怖と絶望に飲み込まれていた。何度も拷問を受ける中、主人を殺すために、気が狂いそうになるほどの魔力の鍛錬を行ってきた。
辛かった。苦しかった。でもその間、セレネアさんは何度も私を気遣ってくれた。セレネアさんだけじゃない。あの時の私は周りが何も見えていなかったけれど、みんな何度も声をかけてくれていたのを、今なら思い出せる。
みんなも同じように拷問を受けて苦しかったはずなのに、仲間のことを支えようとしてくれていた。
そんな彼女らに敬意こそ払えど、敬語を使われるなんて、私が嫌だ。
「だから、これまで通りにして。・・・おねがい」
まっすぐ、目を見て、私は頼んだ。あの頃は、目を合わせられなかったから。
「・・・わかったわよ」
「ほ、ほんとにいいの!?」
「カゲハと、これまで通り接していいんだよね?」
「良かった・・・」
私の言葉にセレネアさんが溜め息混じりに頷くと、堪えていたように他の人たちも声をあげ始めた。どうやら張っていた気が抜けたようだ。
・・・うん。やっぱり、この方が良い。
「なんだか、カゲハの顔を久しぶりに見れた気がする!」
「というか目と目が合ったのも初めてじゃない?」
「・・・ご、ごめん」
「別に謝ることじゃないわよ。むしろ、前よりカゲハが元気になって私たちも嬉しいわ」
・・・元気に、か。確かにあの頃と比べたら、今の私は随分と変わっただろう。みんなのおかげで、色んな人のおかげで、私は変わることが出来たのだろう。
魔王軍に入るなんて奴隷だった頃の私には想像つかないだろうし、人に指導をすることになるなんて魔王様の訓練を受けていた時の私には思いもよらないことだっただろう。
きっと私は、これからも変わっていく。
◇◇◇
[SIDE:ロゼ]
あれから、僕は魔王城の客室へと案内された。そして部屋に一人になり、僕は椅子に座ってようやく息をついた。窓の外を見れば、もう空は暗くなっていた。
「・・・疲れたなぁ」
いや、疲れたなんてものじゃない。ここ一年近く変わらなかった状況が、この二日間で一気に急変したんだ。
ヴィリアナに騙されてずっと檻の中にいたのが、カゲハさんに助けられて、そして魔族領へ行き、魔王と会い、そして魔王軍に入って、魔力の指導を受けることになった。
・・・とても数日間の出来事とは思えない。
「これから、どうなるんだろう・・・」
僕は目を閉じて、暗闇の中で考えた。現状の整理すら出来ていないのに、こういう時にやってくるのは今後の不安だ。
魔王軍に入ったということは、僕は戦うということだ。魔法を使えるようになって、人族との戦争に参加するということだ。それに、あの時魔王さんに言われた”あの言葉”・・・僕に、出来るだろうか。
「────出来るわけないでしょ?」
「え?」
その時だった。僕の耳に聞き覚えのある声がした。顔を上げると、そこには赤い髪に赤い瞳の少女・・・ヴィリアナがいた。
「ヴィリアナ、なんで・・・」
「だってあなたは、私に簡単に騙されるような馬鹿で、そして勇者の肉体が無ければ何も出来ないような無能なんだから」
ヴィリアナは僕を無視して言葉を並べ、そして僕を騙した時と同じような笑みを浮かべながら僕を嘲る。それに対して、僕はいつの間にか昔の姿に戻っていた。何も出来ない馬鹿で無能な僕の姿に。
「異世界に来て変われると思った? 成長出来ると思った? でも残念。あなたは何も変わってない」
「っ・・・」
心の内を言い当てられ、僕は何も言えなくなってしまう。
人とまともに話せなくて、自分から何かする勇気もない。そんな自分を、ヴィリアナを助けることで変えようと僕は思っていた。
「私があなたを必要としたのは、騙して檻から抜け出すため。魔王があなたを必要としているのも、あなたを利用するため。結局は、自分の意思で行動を起こすことなんかできずに他人に良いように使われる。それがあなたよ」
ヴィリアナは責め立てるように言う。だけど、その言葉のどれもが正しいことだった。何の意思も目的もなく、ただ周りに流されるままに生きていく。僕はそういう人間で、そしてきっとこれからもそのままなのだろう。
なら僕は、なんのためにここにいる? なんのために生きている?
僕は、なんのために・・・
「────ロゼ」
「っ!?」
ふと耳に届いたその声で、僕は閉じていた目を開いた。目の前には、不思議そうに首を傾げているカゲハさんがいた。
ど、どういうことだろう。さっきまで僕の前にはヴィリアナが・・・
「魔力の指導、今からはじめるよ」
「え? それって、明日の朝からって話じゃ・・・」
「・・・? もう朝だよ?」
「朝?」
僕は混乱しつつも窓の外を見てみる。空は既に青くて、朝日が顔を見せていた。・・・どうやら僕は、椅子に座ったまま寝落ちしてしまったらしい。
ということは、さっきまでの会話は夢ということだろう。まあ、今冷静になってから思えば、どう考えてもあれは夢だった。
それでも、あの夢でヴィリアナに言われた言葉は、嘘でも出鱈目でもない、真実だった。
「場所を変えるから、ついてきて」
「は、はい・・・」
僕は、カゲハさんに言われるがままについていく。夢で言われた通りだ。これからカゲハさんについていって魔力の指導を受けることだって、そうするよう言われたからやるだけで、深い理由や目的はない。
環境は変わった。状況も変わった。それでも、僕は何も変わっていない。昔の僕と、今の僕。少しも変わっちゃいない。
きっと僕は、これからも変われない。




