第46話「おかえり」
魔王様はいつも優しい。もし怒ることがあったとしても、それはいつだって誰かの為だ。そんな魔王様は、いつも真っ直ぐな瞳をしていた。
・・・だから、こんな魔王様は初めて見た。こんなにも・・・憎悪に満ち溢れた瞳は。
「あ、あの・・・」
「どうしてここにいるんだ! ヴィリアナ!!」
「いや、ちが・・・」
いつになく焦った様子の魔王様は、怒りに震えながらロゼへと詰め寄る。そして、その肩を掴んだ。それに対して、ロゼは涙目になりながらびくりと震える。
「お前、どういうつもりで・・・」
「ぼ、僕! ヴィリアナじゃないです!!」
しかし勇気を振り絞ったのか、やや裏返った声でそう叫んだ。
「・・・は?」
「こ、この体は、ヴィリアナですが、その、僕、彼女に騙されて、入れ替えられて・・・だから、な、中身は別人なんです!!」
しかし焦ったのか急にそんな突飛なことを言い出した。そのヴィリアナという人の事を私はよく知らないけれど、言い訳にしては荒唐無稽すぎる気がする。
「何を言って・・・」
「こんな話、し、信じて貰えないかもしれないですけど・・・ほ、本当なんです! う、嘘じゃ、ありません・・・」
「・・・」
ロゼは恐怖からか号泣しながらそう言い切る。そんな彼女の言葉を聞いて、魔王様はふと何かに気がついたように肩から手を離した。
「・・・そうか」
「え?」
「確かに違和感はあった。君からは少しだけ、彼女とは違う魔力を感じたし」
「えっと、つまり・・・」
「・・・ひとまずは君を信じよう。魂を入れ替える魔法も、ないわけじゃないからな」
魔王様は、放っていた凄まじい殺気を抑えた。それによって、私の緊張も途切れる。私は安堵の息を吐いて魔王様の元へと駆け寄った。既にいつもの魔王様に戻っていた。
・・・さっきまでの魔王様は、本当に別人のようだった。私もその迫力に気圧されて、動くことすら出来なかった。なのに、ロゼはそんな魔王様に向かって反論できた。
そのことが、なんだかとても悔しい。
「魔王様、いこ・・・」
「・・・そうだな。とにかく全て、戻ってから話すとしよう」
◇◇◇
それからは早かった。魔王様は魔法を使い、私たちを一度に運んでしまったのだ。
以前メフィルさんがやっていた風のゆりかごとよく似た魔法だった。魔王様が出したのは風ではなくて、黒いよく分からない塊だったけれど。魔物を一掃したときの黒い刃と同じものにも思える。
まあその魔法の力もあり、あっという間に死の山脈を渡り終えてしまった。
・・・折角魔王様に私の成長を見せられると思ったのに、残念だ。
山を降りると、里や村のような場所を幾つか過ぎ去り、王都へと向かう。道中人々が避難した形跡などがあったことから、あの任務は無事完了したのだとわかり、少し安堵した。
「・・・さて、そろそろ着くぞ」
王都が近くなり、魔王様は私たちを一人一人丁寧に降ろした。もう歩いても大丈夫な距離だということだろう。
「よ、ようやく地面に降りれた・・・」
「やっぱりちょっと怖かったよね。注目も浴びちゃうし・・・」
慣れない移動方法から徒歩へと戻り、安心した人たちもいるようだ。
視線を向けると、地面に降りられてほっと息を吐いたのは、青い鳥の獣人のハピララさん。人々の視線に顔を赤らめているのは、青い猫の獣人のミネアさんだ。二人とも内気な性格でよく一緒にいた。
「カゲハちゃんは、よくあんなに高くジャンプできたよね・・・私なら怖くて出来ないや」
「・・・ハピララさん、空飛んだりしないの?」
「ああ、えっと・・・私ね、昔リボルトに高いとこから落とされたことがあったの。それ以来、怖くて空を飛べないんだ・・・」
「・・・」
リボルト・・・私たちの、かつての主人。そして、私が初めて殺した人間でもある。
あの日々のせいで、私の中で色んなものが失われた。そしてそれは、きっと彼女らも同じだろう。
でも、私は魔王様に出会えたことで救われた。居場所も役職も、そして生きる指標も貰った。
では彼女たちはどうだろう。これから先、魔族領に着いたとして彼女たちはどうするのだろう。
「────着いたぞ。ここが王都だ」
考えているうちに、ようやく王都の前まで来た。
王都は頑丈そうな壁で囲まれており、関所のような場所に兵士が立っている。旅人か商人か、少し列が出来ていたけれど、魔王様は気にせずそれらを通り過ぎた。
まあ、あの方は魔王様だ。当然、こんな一般用の列に並んだりはしないだろう。兵士に顔を見せると、魔王様は特別門のような場所から王都へと入った。私達もそれに続く。
「すごい・・・」
そして、近くにいたロゼが感嘆の声を漏らした。
私も改めて王都の街を眺めてみる。周辺の街や村などと比べるととても発展している。私がかつて囚われていたリーノフェルト王国と同じくらいだろうか。とはいえ、文明レベルは日本ほどではないけれど。
それでも長い間檻の中にいた者からすれば、この景色はとても広く大きく感じるだろう。
その気持ちは、とてもよく分かる。
「ロゼ、だったか。早く行くぞ」
「は、はい。すみません・・・」
魔王様に呼ばれ、ロゼは急いでその後を追った。
それから私たちは、魔王様専用の馬車に乗せてもらった。さすがに全員は入り切らないので、二組に分けることになったけど。
そうしてしばらくして、私たちは魔王城の前まで着いた。
・・・思い返せば初めてここへ来た時は、色んなことで頭の中がいっぱいで、街並みや乗り物に意識を向ける余裕はなかった。再び魔王城まで来て、なんとなくそんなことを思い出してしまう。
「ここが、魔王城・・・」
「・・・なんだかイメージと少し違うね」
「なんかもっと禍々しいかと思ってた・・・」
馬車から降りると、何人かが魔王城の迫力に息を飲みつつ、感想をこぼす。どうやら抱くイメージはみんな一緒らしい。
そんなことを考えていた、その時だった。
「────カゲハアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
懐かしくも煩い声が近づいてくる。
バァン! という大きな音と共に門の扉が開き、そして一人の男の人が飛び出してきた。・・・私目掛けて。
「待っていたぞおおおおおおおおおお────ぐふっ!?」
「あ、ごめん」
咄嗟のことで、つい魔力障壁を張ってしまった。そのせいで、飛び出してきた男の人・・・レイヴンさんは見えない壁に思い切り激突してその場に倒れた。
「な、なんだか凄い音がなりましたけど、大丈夫でしょうか・・・」
「あ。案の定ぶっ倒れてる。って、カゲハちゃん!」
「お、新人戻ってきてんじゃん!」
そして、後から再び聞き覚えのある声が聞こてくる。顔を上げると、他の最高幹部の人たちが門から出てきた。
セイラさん、ルナさん、シグラスさん・・・そして、おじいちゃんとメフィルさん。
「カゲハ」
すると、メフィルさんが険しい表情で前へ出てる。そして、私の正面に立った。
・・・もしかしてまた説教だろうか。しかし、私も人間に捕まるなんていうヘマをした以上、甘んじて聞くしか・・・
「──────すまなかった」
・・・・え?
「め、メフィルさん?」
その予想外の行動に、私は目を丸くする。
メフィルさんが、私に頭を下げた。私はメフィルさんと初任務で行動を共にしたが、とてもこんなことをする人には思えなかった。
というか、一体何を・・・
「あの時、俺はお前を見捨てた」
「で、でも・・・避難の人もいたし・・・」
「そんなことは関係ない。謝って許してもらおうなどとは考えていないが、それでも言わせて欲しい。俺には、市民を守り、そしてお前も守る必要があった。最高幹部であり、その団長であるならば、全ての危険をお前に押し付け逃げるなどという真似は、決して許されることでは無い」
「────それは違う」
深い後悔と謝罪を口にするメフィルさん。だけど、私は思わず反論する。
「確かに私はまだ第一軍に入ったばかりだし、実力も皆に劣るけど・・・それでも、私は魔王様に最高幹部に選んでもらったから。だから、あなたに守ってもらう必要はない。あの選択は・・・正しかった、と、思う」
語尾が弱くなっているのは、私自身、自分に自信が持てていないからだ。実際、今も自分が本当に最高幹部に相応しいかは分からない。
・・・でも、他人に守られて、なんでも助けてもらうなんて、そんなのは嫌だ。そんな風にありたいとは思わない。
私の言葉に、メフィルさんもハッとしたように顔を上げた。
「・・・そう、だな。その通りだ。すまない。お前の気持ちを軽んじてしまった。お前はもう、第一軍の正式な一員なのだからな」
「うん」
正式な一員、か。団長が認めてくれるんだ。ならば私も、その地位に恥じないよう、これから頑張っていこう。
「ほっほっほ! いやはや、万事解決したようで何よりじゃ」
「おじいちゃん・・・!」
私たちの気持ちに整理がつくと、おじいちゃんは少し安心したように笑った。
「・・・じゃが、まず言うべきことがある」
しかし、おじいちゃんの声色が変わる。私の方を向き、真剣な眼差しで私を見た。そして・・・───そっと、私を抱き寄せた。
「カゲハが無事で、本当に良かった」
「・・・うん」
その温もりに、ふと懐かしさを覚える。おじいちゃんや他のみんなと一緒にいた期間も、人族領にいた期間も、どちらも大して長いわけじゃない。
それでも・・・
「おかえり」
私はこの場所に戻れて、この温もりをまた感じられて、心から嬉しかった。
「・・・・・・ただいま」




