第45話「知らない表情」
おじいちゃんの屋敷にいた間、私は戦闘の稽古をつけてもらいつつも、基本的にはこの世界についての知識を教えてもらった。歴史、地理、人種、そして魔物。その中で、私は目の前の化け物についても教えてもらった。
『グオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
劈くような怒号とともに翼をはためかせるその竜は、黒飛竜という。その黒い鱗と、攻撃的な気性、そして手と一体型となった翼が特徴の個体だ。ちなみに、犬と犬の獣人が同じでないように、竜と竜人もまた別らしい。
「・・・私の後ろに、出来るだけ固まって」
「う、うん」
私はみんなに声をかけて、そして再び迫り来る黒飛竜へと意識を集中させる。・・・相手はとても広範囲の強力な攻撃をもつ魔物で、おまけに空も飛べる。
対して私は皆から長時間離れることは出来ないし、斬撃を飛ばしたとしても攻撃距離には限界がある。
不利な状況だ。長引かせるのは得策じゃない。倒すのなら・・・一撃で終わらせる。
「・・・なにか、くる」
「え?」
後ろで、ロゼがぼそりと呟く。それ聞いて、今にも飛び出そうとしていた私は足を止めた。その次の瞬間、凄まじい魔力反応を感じとった。赤飛黒竜は思い切り息を吸い、鋭い眼光でこちらを睨みつける。
・・・間違いない。”ブレス”が来る。
魔法には様々な属性がある。そして竜はそれぞれの種族ごとに魔法と同じ属性をもち、それに付随したブレスを吐く。
黒飛竜の属性は、闇。破壊することに特化した属性だ。
「くっ・・・!」
私は反射的に魔力障壁を張り、ブレスからみんなを守る。障壁の外はそのブレスによって吹き飛ばされ、大地は抉れた。
・・・話には聞いていたけれど、やはり実際にこの目で見ると凄まじい破壊力だ。
しかし、このまま守るだけじゃダメだ。私の魔力量は他人より多いとはいえ無限じゃない。いずれ尽きる。早々に攻勢に移らないと。
狙い目はブレスが途切れた瞬間・・・────そう、今だ。
「伏せて!」
その声と共に私は魔力障壁を消した。黒飛竜もその事に勘づいたのかすぐに二回目のブレスを放とうとする。でも、そうはさせない。
全身の魔力を両足に集中させ、思い切り地面を蹴り上げ、私は跳躍した。しかしそれではまだ黒飛竜には届かない。だから、もう一回だ。
「魔力障壁、部分展開」
跳躍の最高点、そこに小さな魔力障壁を展開する。私はそれに片足を乗せると、再び全力でそこに踏み込む。そして、さらに高く飛び跳ねた。
────ちょうど、黒飛竜の目線と同じ高さに。
それでもまだコイツの意識はみんなに向けられている。だから、それを無理やり私へ向ける。
「お前の敵は─────私だ」
私は、抑え込んでいた魔力を全て、全身から放った。
私の魔力操作は、漏れ出る魔力を完全に抑え込むことが出来る。そうすると相手から認識されづらくなるので人と話すときは多少は出すが、それでも普段はそのほとんどの隠している。
だが今、それを全て曝け出した。理由は簡単だ。・・・魔物の意識を、完全に私へ向けるためだ。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「・・・食いついたか」
魔物は人を襲って食べるが、その目的は人の肉ではなく魔力だ。魔物は魔力を食することで体内の魔石を成長させる。つまりは、より魔力の多い方を狙うのだ。
忌々しいことに勇者召喚でこの世界に喚び出された私の豊富な魔力は奴らにとってご馳走だろう。そんなものがいきなり目の前に現れたら、理性を失ってこちらへ直進する。
そこが、隙だ。
「・・・ははっ」
馬鹿みたいに頭から突っ込んでくる黒飛竜に、私は思わず笑みが零れた。・・・少し戦い方を変えてみよう。私は黒飛竜に向けて手をかざす。
イメージするのは・・・飛竜のブレスだ。
魔力は使う者のイメージによってその形を変える。渦を巻き、周囲のものを巻き込み、吹き飛ばし、抉りとるブレス。頭の中でそんなイメージを浮かべながら、私は手のひらに魔力を集中させ、黒飛竜に照準を定めた。
「─────ほら、お返しだよ」
圧倒的な魔力が、まさしく竜の咆哮のように手のひらから放出された。そして、魔力によって形作られた擬似ブレスは、落下する私に上から襲いかかる黒飛竜の脳天を思い切り吹き飛ばした。
『グガアアアアアア──────!!!』
凄まじい轟音の断末魔とともに、黒飛竜はその魔石ごと粉々になる。・・・どうやら上手くいったようだ。
「か、カゲハ・・・!」
「どうしよう! カゲハが・・・」
「落っこちちゃう!!」
黒飛竜の死を確認した私は、そのまま地面へ向かって落下していく。すると、下から焦りと不安の声が聞こえてきた。
でも大丈夫、流石に無策で跳んだりはしない。
落下の寸前、私はふわりと身を翻し、空中に再び魔力障壁の足場をつくる。そこから飛び降りて、その先にもまた足場をつくっていく。そうして定期的に魔力障壁を作り出し、私は軽やかに着地した。
「お、落っこちなくて良かった・・・」
「っていうか、何さっきの!?」
「あの竜と同じことやってなかった!?」
安心したのか、再び騒ぎ出すみんな。
・・・けど、まだ気は緩められない。私は改めて周囲の魔力を確認して・・・
「・・・ごめん。ちょっとまずい事態になった」
「「え?」」
周囲から複数の魔力反応。魔物がこっちに集まってきてる。やはり私が魔力を放ったのはやりすぎだったかな。たぶんどれも黒飛竜ほどじゃないけど、さっき大分魔力を消費してしまったし、流石にこの数は厳しいかもしれない。
でも、ここで逃げるわけにはいかない。何とかして全部倒さないと──────っ!?
「この、魔力・・・」
その時、私は強大な魔力反応を感じ取った。
何かが、こちらへ来る。それも、とてつもない勢いで迫ってくる。新手の魔物か? ・・・いや、この魔力は・・・私は知っている。
何よりも一番、知っている。
そして、その魔力の正体は、私たちの目の前に降り立った。
「────まったく、君はいつも無茶ばかりするな」
黒くて長い髪をたなびかせ、その黒い角が光を反射して美しく輝く。突如として目の前に現れたその少女は、後ろ姿だけで一目瞭然だった。彼女は、私が世界で一番大好きな・・・────魔王様だ。
「ま、魔王様・・・」
「凄まじい君の魔力を感じたから来てみたが・・・よく無事に戻ってきてくれた」
魔王様は私に視線を向けると、優しく微笑んだ。
「言いたいことは山ほどあるが、まあそれは城で話すとしよう」
そして、右手の指をパチンと鳴らす。
瞬間。魔王様の魔力が山脈中に渡り・・黒い刃のようなものが地面から無数に生えた。それらは集まってきた魔物たちの魔石を、全て的確に穿つ。魔物が悲鳴をあげる暇もなく、静かに・・・そして一瞬で、全ての魔物を一掃した。
「・・・っ」
忘れていたわけでは無いけれど、改めて思い知らされる。この方は・・・やはり規格外だと。
「さて、邪魔者たちは消した。とはいえ、全て殺したわけじゃないからな。他の魔物たちが集まってくる前に、帰ろうか」
くるりとこちらを向き、魔王様は私の方へ歩み寄る。でも・・・私は目を逸らしてしまう。初任務で人間に捕まって、今だって魔王様に助けられて・・・合わせる顔がない。
「カゲハ。・・・おかえり」
それでも、この人の言葉が嬉しくて・・・
「・・・ただいま、帰りました・・・っ!」
・・・私は、魔王様に飛びついた。そして、優しく頭を撫でてもらう。その手の温もりが、震えていた心を落ち着かせてくれる。
「大変だったな。お前の活躍は私の耳にも届いているぞ」
「活躍?」
「・・・まあ、詳しい話は後でしよう。それより、彼女たちは?」
魔王様は私の後ろで固まっているセレネアさんたちに視線を向ける。というか、みんな凄い緊張してる。まあ、魔王様を初めて見るならそうなっても仕方ない。
「この人たちは、昔、屋敷で私とメイドをしていた人たちです」
「ああ、例の。カゲハから話は聞いてるいるよ」
「は、はい!」
珍しく上擦った声をあげるセレネアさん。それから私は、ロゼの方へと視線を向ける。それに合わせて、魔王様も彼女の方を向く。・・・その瞬間だった。
「──────ヴィリアナ?」
魔王様は目を見開き、ぽつりと零す。・・・知り合いなのだろうか。そういえば種族も同じ悪魔族だし。でも、名前が違うけど・・・
「・・・っ!?」
瞬間、凍りつくほどの殺気と魔力が魔王様から放たれる。それはまるで、この世の怒りや憎しみを全て吐き出したかのようだった。そして魔王様は恐ろしい形相で口を開く。
「・・・どうしてお前が、ここにいるっ!?」
それは私の、知らない表情だった。
〈裏設定というか小話〉
カゲハは魔力操作によって体外に漏れ出す魔力を完全に遮断することが可能であり、そうすることで気配を消すことが出来ます。
そのため相手からの認識も薄くなり、記憶に残りにくくなります。勇者編4にて花乃がカゲハのことをぼんやりとしか覚えていなかったのもこのためです。




