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狐のあくび  作者: はしご
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第4話「獣人という種族」


 私は、分かってしまった。返答を聞かずとも、彼女の今にも泣きそうな表情を見て、理解してしまった。この世界に希望なんてなかったんだって、理解してしまった。


 だから私は、嫌なことから目を逸らし、掠れた声で別の質問をした。


「あ、あの、他にも色々・・・教えてほしい、ことが、あ、あるの。・・・私、この世界について、なにも、知ら、ないから」

「この世界?」

「えっ、あの・・・その、わ、私・・・記憶喪失、なの」

「ええっ!?」


 赤猫の女性は、私の言葉に驚いた。もちろん私は記憶喪失なんかではないんだけど・・・そう言っておいた方が、多分都合がいいと思った。


 本当のことを言ったとして、信じて貰えるとも思えないし、逆に混乱させてしまうかもしれない。それに、そもそもに言っていいものかも分からない。


「自分の名前、とかは分かる、けど、この世界について、全然分から、ないの。ここは、どこ? 獣人ってなに? なんで、私は奴隷なの?」


 本当に、分からないことだらけだ。


 私はこの屋敷に来る道中、外の街並みを見た。見たことない景色、見たことない物、見たことない種族・・・ここは、到底私の知っている世界ではなかった。


 どういう理屈かは分からないけれど、私は元いた世界とは全く別の世界に来てしまったんじゃないかって、そう思った。


 それが正しいかは分からないけれど、もしそうだった場合、その事を知られるのはマズい気がする。もし異端な存在だとバレたら、何をされるか分からない。今よりもっと酷いことをされるかもしれない。そう思うと、怖くて堪らなかった。


 だから、私は記憶喪失と嘘をつくことにした。


「・・・分かった。答えられる範囲だけれど、色々と教えてあげるわ」

「あ、ありが、とう・・・」


 それから私は、赤猫の女性から色んな事を教えてもらった。そして、この世界について聞けば聞くほど、ここは異世界なのだと思えるようになった。


 まず、この世界には大きく分けて二つの種族がいる。人族と魔族というらしい。


 人族は普通の人間のこと。そして、魔族は獣人や亜人、エルフやドワーフなどのいわゆる人外種族の事だ。その二つの種族は敵対しており、遥昔から今も尚、戦争を続けている。


 だからあの人間たちは、私のことを忌々しいと言っていたんだ。そして、人族に捕らえられた魔族には生きる権利などない。殺されるか奴隷になるかしかないのだ。


「中でも、私たち獣人の奴隷は特別多いのよ」

「なんで?」

「・・・魔法が、使えないから」


 この世界には《魔法》という力があるらしい。


 体内にある《魔力》というエネルギーを消費して発動する、奇跡の力。ゲームなんかでよく出てくる、あの魔法だ。魔法の力は絶大であり、戦争でも主に魔法が中心となっている。


 しかし、獣人だけは魔法を使えない。一応体内に魔力を有してはいるものの、魔法を発動することはできない。


「な、なんで、魔法、使え、ないの?」

「魔法を発動する機能みたいなのが、私たち獣人には備わってないんだって。まあその分、獣人は身体能力や五感が他種族よりも圧倒的し優れてはいるけど・・・よほどの実力がない限り、魔法には勝てないわ」


 どれだけ身体を鍛えても、拳銃で撃たれたら死んでしまう・・・みたいなことかな。それほどに、魔法というものは凄いのだろう。


 魔法を使えず戦いに敗れた獣人は人間に捕えられる。だから、獣人の奴隷は多いそうだ。


「・・・本当、酷い世界よね」


 彼女は、悲しさと恨めしさの入り交じった声音で呟いた。


 私は、彼女がどういう経緯で奴隷になったかは知らない。でも、最悪の記憶であったことは確かだろう。名前を奪われ、尊厳を踏みにじられたのだ。悔しそうに俯く彼女を見て、私もまた胸が張り裂けそうになる。


 いきなりこんな世界に来て、獣人になって、奴隷になって・・・。どうして、こんなにも酷いことをするのだろうか。私が何をしたというのか。


 そしてきっと、これからもっと酷い目に遭う。


「・・・今夜、ご主人様から呼び出しがあると思うわ」

「・・・」


 ここの奴隷は、普通のメイドのような暮らしと待遇を受けている。それなのに、彼女が、彼女たちが苦しんでいる理由は、たぶんすぐに分かるだろう。


 まともそうに見えるこの屋敷には、きっと裏があるのだろう。


「予め教えてあげるわ。私たちのご主人様、リボルト・カルトノスという男がどういう人間かを」


 奴隷を買うような人間が、良い人であるはずなんてなかったんだ。



◇◇◇



 そして、夜。私はリボルト───ご主人様に呼び出された。


 これから何をされるのかは既に聞いた。その内容を思い返すと、未だ怖気がたつ。


 本当は呼び出しになんて応じたくなかった。だけど、私に逆らうことなんて出来ない。奴隷屋での恐怖が、激痛の記憶が、私の心を支配している。


 ご主人様はよく奴隷を呼び出すそうだ。その理由は主に二つ。


 一つは、何らかの用事を頼むため。彼は普通の使用人を持っておらず、家事以外の仕事も全て奴隷に任せているそうだ。


 そして、もう一つは・・・


「やあ、狐。待っていたぞ」


 ご主人様が私を呼ぶ。


 奴隷になった者はその名前を剥奪され、基本的に主人が新たな名をつけるか、名無しのままかならしい。彼は名付けなどはせず、その種族で呼んでいる。


 そのため、奴隷同士でも種族で名前を呼びあっているのだ。たとえば、赤猫の女性は、赤猫さんと他の奴隷からは呼ばれていた。


 ・・・だから、影宮唯葉はもう、この世界には存在しないんだ。今ここにいるのは、ただの奴隷だけ。


「ご、ご主人様、何の、御用、でしょう、か」

「どうせ他の奴隷から聞いているだろう? なら説明は不要だ。着いてこい」


 彼は笑う。


 怖いくらいに楽しそうな笑みだった。まるで新しく貰った玩具で遊ぶかのような表情で、ご主人様は私をある部屋に連れていった。


 そこは、教育部屋という部屋らしい。この部屋でされるのは、その名の通り教育だ。


「私は君を買った。私は君の主人であり、君は私の奴隷だ。だからまずは、私の奴隷として、教育をしてあげよう」


 主従関係をハッキリさせ、精神的にも完全に支配するための教育。しかしそんなものは、建前でしかない。


 ご主人様は私を椅子に座らせ、そして拘束する。それからゆっくりと私の手を握った。


「さあ、始めようか」



 バキッ。人差し指が、思い切り折られた。



「ぐ、ぅあああああっっ!?」


 突然の痛みに私は泣き叫ぶ。それを見て、彼は笑い気分を高揚させる。この教育・・・いや、拷問は、ただ彼を楽しませる為にある。赤猫さんは言っていた。



 リボルトは、嗜虐心の塊のような人間だと。



「”指を折っただけ”でこの反応・・・素晴らしいなぁ。良い顔をする。楽しみにしていろ。この程度、痛みとも思えぬほどの苦痛を、これから味わわせてやろう」


─────地獄が、始まった。


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