第44話「守る側」
[SIDE:ロゼ]
今の僕は、知らないことだらけだ。だから、もっと多くのことを知らなくちゃいけない。何も知らなければ、彼女らを信用することすら出来ないのだから。
「・・・あ、あの! 僕も、カゲハさんのこと、あまりよく知らないので・・・その、知りたい、です・・・! 」
だから勇気を振り絞って、僕はそう言った。そもそも、僕はカゲハさんについて名前くらいしか知らない。何者か聞いても、あなたを助けたい人、としか言って貰えなかったし。
「・・・カゲハ、やっぱりまともに自己紹介してなかったのね」
「別に魔族領へ送るだけだし、いらないかと思って」
「いやそれまで一緒なんだから・・・」
セレネアさんに若干呆れられつつも、カゲハさんは僕の方を向いた。
「・・・まあ、別に構わないけど」
「ねえ、あの後の話聞かせてよー!」
「その服とか、その刀とか!!」
「あの後、何があったの? 今何してるの?」
他の人たちもカゲハさんに矢継ぎ早に質問をする。あの後、というのは、彼女らとカゲハさんが別れた後、ということだろう。
カゲハさんは迫る彼女らをいなしつつ、自身について語り始めた。
「あの後、私も魔族領を目指したの。それで・・・まあ色々あって魔族領までは行けた」
「色々って・・・」
しかし喋るのが面倒になったのか、急に雑になった。って、いくらなんでも端折りすぎじゃないかな?
「そこで、魔王様に拾ってもらった」
「へぇー魔王様に・・・って、ええええええ!? 魔王様!?」
近くにいたチアさんが思い切り叫んだ。セレネアさんは口を開けて呆然としている。他の人たちも大体そんな反応で、かくいう僕もそんな感じだ。
ま、魔王って、あの魔王だよね? これから僕たちが行こうとしてる魔族領の王様のことだよね?
僕と同じように皆混乱してる中、セレネアさんが困惑しつつも追求する。
「拾われたって、どういうこと・・・?」
「魔王様のもとで働かせてもらうことになったの!」
すると、カゲハさんの声色が急に明るくなった。
・・・え、誰?
「私がずっと苦しくて苦しくてしょうがなかったあの時、強くて優しくて偉大な魔王様が、私に手を差し伸べてくれた! 私に住む場所や仕事を与えてくれた! 救ってくれた! ああ、あの時の魔王様の優しい表情が今でも鮮明に思い出せる・・・だから私、あの時誓ったの。この身をかけて魔王様に一生お仕えするって!! この服もお面も魔王様にもらって、だからずっと身につけてるの!!」
まるで人が変わったかのような元気さで、急に饒舌に魔王への愛を語り出すカゲハさん。
・・・というか、本当にカゲハさんだよね?
どうしよう。さっきまでのイメージと違いすぎる。それとも僕が知らなかっただけで、元は明るい人なのかな?
いや、でもこれは明るいというより・・・どちらかというと、ヤンデレみたいな雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
「そ、そう、だったのね・・・」
試しにセレネアさん達の方を見てみると、全員目を丸くして顔が引き攣っていた。・・・どうやら、彼女たちにとっても意外だったらしい。
魔王の話が絡むと、性格が変わってしまうのかな・・・?
「・・・でも、良かったわ」
「え?」
しかし驚きつつも、セレネアさんは安堵の笑みを浮かべた。
「カゲハがそんな風に明るくなって、嬉しいわ。・・・昔は、常に苦しそうだったから。魔王様との出会いが、あなたを変えたのかしら?」
「・・・うん」
・・・昔、彼女らに何があったのか。気になりはするけれど、いくら知りたいとはいえ何でもかんでも無神経に触れるのは良くないだろう。さっきも同じことを考えたけれど、あまり踏み込むべきじゃない。
ただ、今の二人の姿を見ていると、少しだけ胸が温かくなった。
「・・・それで、魔王様にお仕えするって、具体的に何をしているの?」
「ああ、それは・・・」
セレネアさんの質問にカゲハさんが答えようとしたその時、突然何かを思い出したかのように言葉を止めて、言い淀んだ。
「・・・別に、大したことは何もしてない」
「え? それってどういう・・・」
「それより、そろそろ行かないと。暗くなると危ないし」
困惑するセレネアさんに対し、カゲハさんは強引に話を変えて立ち上がった。
・・・急にどうしたんだろう。さっきのセレネアさんの質問、答えたくなかったのかな。僕は少し不安げにセレネアさんを見た。でも彼女は、何かを察したかのような表情をしていた。
「・・・そう、ね。分かったわ。ほら、みんな行くわよ」
「えーどういうことー?」
「気になるんだけどー」
「いいから」
不平を言う他の人たちを宥めつつ、セレネアさんは出発の準備を始める。そんな彼女を見て、皆も若干不満そうにしつつ準備し始めた。それを見て、僕も慌てて最後のパンを飲み込んだ。
◇◇◇
[SIDE:カゲハ]
全員の準備が終わり、ついにヴィルノ山脈を登り始めた。ロゼはリハビリもかねてゆっくりだが自分の足で歩いている。しかし、この山脈はとても危険な魔物がたくさんいる。見つからないよう、みんな声を殺して歩いた。
・・・けど、この空気の重さの理由は、たぶんそれだけじゃないだろう。
さっきは私が強引に話を変えてしまった。・・・嫌な気持ちに、させてしまっただろうか。
でも・・・私には、答えられなかった。答えようとして、言葉が止まった。
魔王様に最高幹部という役職をいただいたけれど、それは今の私に見合うだろうか。初めての任務で、人族に捕まるなんて酷い失態を犯した私なんかに。
魔王様にも呆れられてしまうかもしれない。そう思うととても怖くて・・・最高幹部なんて、私には相応しくない。そう思ってしまった。
だから、何も答えられなかった。
たぶんセレネアさんには、私に何かしら言いたくない理由があることが伝わったのだろう。気を遣わせてしまった。
・・・本当に、私はいつまで経っても弱い。
だからせめて・・・
「!」
歩きながら、魔物の気配を察知する。
私はレイヴンさんみたいに魔物を吹き飛ばすことは出来ないし、メフィルさんみたいに全員を浮かして連れていくことも出来ない。
私はとても弱い。
だからせめて・・・───守れる人たちは、守らないといけない。
「・・・あれか」
歩みは止めず、ただ意識を集中させ、迫り来る魔物の位置を見つけた。そして、狙うはただ一点のみ、魔石だ。
魔石とは、魔物の体内にある魔力の塊のことであり、それは私たちにとっての心臓に等しい。つまりは急所だ。一応、魔道具などに利用されるため価値はあるが、壊してしまった方が手っ取り早い。
私はそれに目掛けて、一瞬で作り出した魔力弾を音もなく放つ。魔力弾は一撃で魔石を穿ち、魔物は息絶えた。
そんな調子で、魔物が近づくよりも先に次々と魔物を狩っていく。もしかしたら私は、正面対決より相手の隙をついたり影から奇襲したりする方が向いているかもしれない。
そうして私たちは暗くなるまで歩き、魔力障壁を張って野宿をする。それらを繰り返し、早三日が経った。レイヴンさんならもう既に下山していたが、多分私たちはまだ半分くらいだろう。
「怖いとこって聞いてたけど、全然魔物出ないね」
「ね〜。私たち運がいいのかな?」
しばらく歩いていると、後ろからそんな会話が聞こえてきた。
危険が来る前に対処するようにしているけど、あんまり危機感がなくなってしまうのも良くないだろうか。一応、魔物が来てるということだけでも伝え・・・─────っ!?
「みんな、止まって」
「え?」
私は手を出してみんなを制止する。私は再び魔力を探り、魔石目掛けて魔力弾を放つ・・・が、勘づかれて弾かれた。その対応からしても、明らかに他の魔物とは違う。
これは、ちょっと面倒そうなのが来るな。
「一体、何が・・・─────っ!?」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
ロゼの言葉を遮るように、けたたましい咆哮が木々を震わせた。その迫力に皆気圧され、戦慄する。そうして現れたのは───漆黒の飛竜だった。
その存在感と魔力から、明らかに強いことが分かる。・・・以前ここに来た時は、どんな魔物もレイヴンさんが倒してくれたけれど、今回はそうはいかない。
私はもう、守られる側じゃない。
だけど、私で倒せるだろうか・・・・・・いや、そうじゃないか。
「───大丈夫」
震えるみんなに、私は声をかける。あの時、私が言ってもらった言葉を。
「絶対に、皆を安全なところまで送り届けるから」




