第43話「ロゼ」
あの日、私が初めて人を殺した日、私はセレネアさんたちを置いていった。
それは、自分が正気を保っていられる自信が無かったからだ。衝動に任せて彼女たちを殺めてしまうことを恐れたからだ。
そんな自分勝手な理由で、人族領に彼女らを置き去りにしてしまった。その選択が必ずしも間違っていたとは思わないけれど、後悔や不安もずっとあった。
彼女らはまたすぐに人族に捕まってしまうんじゃないか。たとえ怖くても、一緒に行った方が良かったんじゃないか。
そんな考えが常に頭を巡っていた。そんな後悔に、押し潰されそうになっていた。
だけど、だけど・・・
「・・・・・・無事で、良かった」
私は深い溜め息と共に、心から安堵する。そして、改めてみんなの顔を見る。セレネアさんだけじゃない。かつて同じ屋敷で一緒に働いていたみんないる。
みんな・・・───────あれ?
「人数が、足りない」
「っ・・・」
あの屋敷には、私含め十一人もの獣人がいた。それなのに・・・今ここにいるのは、五人。つまり半分の人数しか、ここにはいない。
「・・・そんな」
「カゲハ、これは」
「私の、せいだ・・・っ!」
私のせいだ。
私のせいで、彼女らはいなくなった。
私は選択を間違えたんだ。やっぱり私があの時、一緒に行っていれば、あの時・・・
「───────カゲハ! 落ち着いて!!」
「・・・っ」
混乱する私の肩を、セレネアさんが力強く掴む。そのおかげで、乱れていた意識がはっきりとする。
いつか、拷問で混乱していた私の目を覚ましてくれた時のように。
「みんなは、無事よ」
「え?」
「まあ、正確なところは私にも分からないけど・・・少なくとも、まだあの子たちは無事なの。だから、安心して」
ゆっくりと、優しく、セレネアさんはそう言った。
「さすがにあの人数で一斉に移動すれば人族にバレてしまうから、途中で二手に分かれることにしたのよ」
「で、でも、それじゃあ無事かどうかなんて・・・」
「そこは大丈夫。私たちには、コレがあるから」
そう言ってセレネアさんは、少し自慢げにポケットからあるものを取り出した。それは・・・
「青い、ペンダント? それは一体・・・」
───────ぐぅ~~~~~
「・・・あ」
私がセレネアさんに尋ねようとした時、大きなお腹の音と、恥ずかしそうに漏れだした声が聞こえる。その方へ顔を向けると、赤髪の少女が、顔を真っ赤にしていた。
「あ、あの・・・その・・・ご、ごめん、なさい・・・」
ひどく慌てた様子で、彼女は頭を下げる。それを見て、私とセレネアさんは顔を見合せた。
「取り敢えず・・・お昼ご飯にしようか」
◇◇◇
[SIDE:遥人]
・・・やってしまった。
ど、どうしよう。なんだか凄くシリアスそうな雰囲気だったのに、僕のせいで台無しだ。
なんであんなタイミングで鳴ってしまうんだ僕のお腹は・・・っ! というか、物凄く恥ずかしい・・・!!
「はい、どうぞ! パンだよ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
犬の耳が生えた茶髪の女性からパンを手渡され、僕はそれを受け取る。ちなみにこの人はチアさんという人らしい。この中で一番元気な人でもある。
・・・犬、猫、狐。他にも色んな獣人の人がいる。自分の頭にもこんな角が生えているのにこんな事を考えるのは変かもしれないけれど、改めて、この世界には人間以外の種族が本当にいるのだと実感する。
「セレネアさん・・・大事なパンなのに・・・」
「いいのよ。その様子じゃずっと木の実とか取ってたんでしょ? 一応私たちにも多少の備蓄はあるから、このくらい気にしないで」
「・・・ありがとう」
声の方へ視線を向ければ、カゲハさんが他の獣人の人達と会話をしていた。
「それにしても、こんなところでカゲハに会えると思わなかったわ!」
「っていうかカゲハ、そのお面なに?」
「その服装、凄く綺麗ね!!」
「ねえねえ、ちょっとその刀見せてよ!」
・・・会話、というよりは、一方的に質問攻めにあっているみたいだ。
どうやらカゲハさんとあの人たちは知り合いのようで、会話から察するに久しぶりに再会出来たのだろう。彼女らの間に何があったのかは、僕には分からないけれど。
「私の話は後でするから・・・今は、そのペンダントについて教えて」
「・・・ええ。そうね」
カゲハさんがそう言うと、セレネアさんと呼ばれた赤い猫の女性が返事をした。そして、再びペンダントをカゲハさんに見せる。
青いペンダント。一見するとただのペンダントのようだけど・・・
「・・・これは、リボルトの持っていた魔導具よ」
「リボルトの?」
リボルト・・・というのは、二人の共通の知人か何かだろうか。
というかそれより、今魔導具って言ったか? 魔導具っていえば、漫画とかでは魔法を使える道具のことをよく指すけれど・・・
「これのおかげで、他のみんなの生存がわかるの?」
「ええ。この魔導具に魔力を込めると、魔力を込めた人に何かあった時に、ひびが入るらしいの」
・・・な、なるほど。確かにそれなら、離れていても相手の無事が分かる気がする。仕組みは全く分からないけど。
それにしても、魔導具・・・本当にそんなものがあるんだ・・・
「それに、もし緊急事態になれば、自分の意思でひびを入れることもできるの。だから、今はまだこのペンダントが無事ってことは、誰も死んでないし、誰も傷ついてないってことなのよ」
「・・・・・・そっ、か」
カゲハさんは顔をお面で隠しているから、表情はよく分からない。声のトーンも常に落ち着いているから、感情も読めない。
・・・だけど今、一瞬だけ、彼女が安堵したような声音になった気がした。
「・・・でも、そんな魔導具、リボルトなら持ってそうだけど・・・皆はよく分かったね」
「私たちの中に、魔導具について詳しい子が居たのよ。その子に教えてもらったの」
「・・・そうだったんだ」
人の無事が分かる魔導具を持ってそうな人・・・そのリボルトさんっていう人は、彼女らの友人か何かだったのだろうか。
少し気になるけど、あまり踏み込んではいけないような気がする。彼女たちの間には、何かしら大きな事情がありそうだし。
そもそも僕は、カゲハさんについてまだ何も知らない。いや、カゲハさんについてだけじゃない。この世界に二年近くもいるのに、僕はまだ森から出たことすらないんだ。
魔族、獣人、魔法、魔導具・・・本当に、知らないことばかりだ。
「・・・それじゃあ、あなたの話もしてもらうわよ?」
「うん」
「じゃあまずは・・・あの子は、何なの?」
セレネアさんが、眉をひそめながらこちらを指さす。僕はもぐもぐとパンにかじりつきながら、誰のことだろうと首を傾げる。
あの子・・・って、僕のことか!?
「森で捕まってた。檻から出して、これから魔族領に連れてくつもり」
「捕まってた!? そう、だったのね・・・」
僕の事情を聞き、セレネアさんは少し顔を暗くする。・・・同情、してくれたのだろうか。
「あなた、名前は?」
「・・・そういば私も名前知らない」
「え、名前も知らずに一緒にいたの・・・?」
セレネアさんは、僕の目線と同じ高さまでしゃがみ込み、僕の名前を尋ねた。彼女はカゲハさんの発言に驚いているが、僕もそういえば名前をまだ言っていなかったことを思い出した。
名前・・・か。そのまま本名を伝えてもいいのだろうか。確かヴィリアナの話では、勇者っていうのは人族が呼び出した人達のことであり、そして人族と魔族は争っているらしい。
僕が元人間だってことは、隠すべきかもだろう。だから、たとえ些細なことでも僕に関する情報は伏せるべきだ。僕の名前、明らかに彼女らとは違うし、疑われてしまうかもしれない。
それに、まだ名前を言ってもいいほど信用してもいいのか、分からない。
「? どうかしたの?」
「あ、いや、えっと、その・・・」
・・・じ、じゃあ、何て名乗ればいいんだろう。
今は女の子の見た目だから、女の子っぽい名前じゃないと怪しまれてしまうかもしれない。でも、いきなり女の子っぽい名前って言われても思いつかないし・・・
いっそのこと、ヴィリアナと名乗る? いや、それは流石にダメだろ。じゃあ、この見た目の特徴から何か・・・
「・・・ごめんなさいね。言いたくなかったら、無理して聞きは・・・」
「ろ、ロゼ! ・・・です」
「ロロゼ?」
「いや、その・・・ロゼ、です」
首を傾げるカゲハさんに、僕は訂正をいれる。
・・・っていうか、僕、めっちゃ恥ずかしくない? 自分で自分にこんな女の子の名前つけちゃって。
い、一応、この髪が赤い薔薇みたいだったから、それを少しもじったんだけど・・・す、凄く恥ずかしい。
「よろしくね、ロゼ」
「は、はい」
セレネアさんは優しく微笑む。・・・こんな優しい人に、僕は嘘をついている。それが、とても心苦しい。
でも、今は僕は何も知らない。みんな、僕のことも何も知らない。分からないことだらけで、不安だらけで、本当のことを言っていいのか、彼女らを信用してもいいのかすら、分からない。
ヴィリアナの時は、僕は何も知らなかったのに、気分のいい言葉を鵜呑みにして、騙された。・・・だから、もっと知りたい。
知らなくちゃ、いけない。
〈裏設定というか小話〉
屋敷時代のカゲハは今より無口でしたが、一応全メイドとの会話や交流はありました。また、カゲハは屋敷を出る前に全員の名前を聞いています。
今回、茶髪の犬の獣人チアの名前が明かされましたが、少しずつ他の元メイドたちについても紹介していく……予定です。




