第42話「再会」
[SIDE:カゲハ]
陽光の眩しさに目を覚まし、私は起き上がる。すっかり夜は明けて、もう朝になっていた。
ぐっすり、とまではいかないけれど、そこそこ気持ち良く眠れた気がする。やはり、昨日私が発見した、尻尾を枕にする作戦が功を奏したようだ。
「お、おはようございます・・・!」
すると、赤髪の少女のやや上擦った挨拶が耳に入ってきた。
もう起きてたんだ・・・というか、目の下にクマがある。もしかして、あの後一睡もしなかったのかな?
「あ、あの!」
「ん?」
「その・・・僕も、連れて行ってください! ま、魔族領に・・・」
彼女は何かを決心したように、そう言った。
まさか、この返事を寝ずに考えていたんだろうか。別に彼女の返事が何であろうと連れていくつもりではあったけれど・・・まあ、前向きになってくれたのは良かった。
思い返せば、私が前にレイヴンさんに連れていってもらった時はほぼ迷わずに返答してたけど、本来これって物凄く重要な決断だもんね。普通は悩むか。
「・・・わかった。じゃあ、行こっか」
「は、はい。よろしくお願いします!」
「ん」
取り敢えずは、ヴィルノ山脈のところまで行く必要がある。私だけならすぐに着くだろうけれど、今回は彼女も一緒に歩いていくんだ。ゆっくり行った方がいいだろう。
「いたぁ!」
「・・・?」
早速歩き出そうとすると、赤髪の少女が思い切り転んでいた。
・・・そっか。ずっと檻の中にいたんだから、当然筋力も弱っているか。私の時は鎖を引っ張られて無理やりにでも歩かされたけれど、そういう訳にもいかないだろう。
しょうがない。私は倒れている彼女をひょいと抱えた。
「わわっ!?」
「行くよ」
「あ、あの、この状態で、ですか!?」
この状態・・・抱え方のこと? 確か、お姫様抱っこ・・・だっけ? 体格的にもこれが一番持ちやすい形なんだけどな。
「問題ある?」
「えっ、いや、な、ない・・・です、けど・・・」
彼女は少し気まずそうに俯いた。微かに頬が赤らんでいる。
私が彼女よりも小さく、そして細腕だから、不安なんだろうか。しかし、私には身体強化があるから問題ない。魔力を操れば、巨大な岩石だって持ち上げられる。
「大丈夫。落としたりしないから」
「え? は・・・はい・・・」
「じゃあ、目閉じて」
「め、目ですか? わかりました・・・」
よく分かってはいないみたいだけど、言った通りに目を閉じてくれる。まあ、目を開けたままでいられると、”危ない”から。それは、私が身をもって知っている。
私は彼女を抱えたまま、思い切り踏み込む。
そして───────
「へ?」
一気に、森を駆け抜ける。
「うわあああああああああっっ!!?」
「静かにして。あと目開けないで」
一応副団長の男に書かせた地図通りなら、ここからヴィルノ山脈までは特に複雑な道もなく、森の中を真っ直ぐ突っ切っていくだけだ。
一緒に歩いていくのであればゆっくり行こうと思ったけれど、抱えていくのであれば多少スピードを出しても問題ないだろう。
でも、あの時のレイヴンさんはもっと速かった。しかも、凶悪な魔物をいなし、かつ私を気遣いながら。
「・・・私もまだまだだな」
「ど、どこがですかっ!!?」
◇◇◇
そこまで遠いわけでもなかったので、思ったより早くヴィルノ山脈の麓まで到着してしまった。大体、以前私がレイヴンさんと会った場所くらいだろう。時刻はもう昼頃だ。
「はあ、はあ、はあ・・・」
「大丈夫? 疲れた?」
「ち、ちょっとだけ・・・」
見た感じ相当疲れているみたいだけど。どうやら私が抱えていても、負荷は相当かかってしまうらしい。まあ、お腹も少し空いてきたし、一旦休憩にするべきかな。
ヴィルノ山脈の近くだからか動物はあまりいないけれど、確かここら辺にも、食べられる果実のなった木があったはずだ。とりあえずは今日もそれでお腹を満たせばいいだろう。
「そこで待ってて」
「ど、どこに行くんですか?」
「食べ物探してくる」
それだけ言って、私は直ぐにその場から立ち去った。
本当は彼女から目を離すのは良くないのだけれど、魔力感知で彼女のことは把握出来ているし、大丈夫だろう。
しばらく歩いた先に、予想通り果物のなった木が生えていた。これが安全な食べ物であることは、昔の私が証明している。
まああの時は、安全かどうかを確認する余裕もなかったけど。
思い返せば、レイヴンさんと会うまでの私は、ずっと心に余裕がなかった。常に不安や恐怖、そして罪悪感に押し潰されそうなっていた。だけど、彼に会ったことでそれが和らいだ気がする。
そして彼のおかげで魔王様と出会えた。魔王様のおかげで・・・私は、救われた。
「・・・はやく、帰りたいな」
帰って、魔王様に会いたい。レイヴンさんやおじいちゃん、みんなに会いたい。
それに、私はまだ最高幹部になったばかりなんだ。やらなければならないことも、たくさんある。
だけど、今は・・・
「──────っ!?」
赤髪の少女の気配が、突如動いた。
まさか逃げるつもり? でも、そんな様子は見当たらなかった。じゃあなぜ・・・いや待て。彼女以外にも多数の魔力を感じる。まさか、人間に見つかったのか!?
でも、この魔力は・・・魔族?
「とにかく、急がないと」
果実をその場に捨てて、私はすぐに駆け出した。
それは、赤髪の少女を連れて森を駆け抜けたときよりも、ずっと速い。・・・でも、まだだ。もっと、もっと速度を上げないと。
たとえ彼女に近づいたのが魔族だったとして、安全である保証はどこにもない。魔族にだって、当然悪いやつはいるんだ。
・・・駆けつけるのが遅ければ、手遅れになることもある。
────今、私が最も優先すべきことは、魔族領に早く帰ることじゃない。あの子を・・・無事に魔族領まで連れていくことだ。
それはレイヴンさんや魔王様、おじいちゃんやみんなが私にくれたような優しさや善意とは違い、奴隷という存在を許せない私の、ただのエゴだけれど・・・助けると言ったのだから、最後まで責任を持たなくちゃならない。
不安だった民衆に向けて『最後まで絶対に、安全に送り届ける』と言ったメフィルさんのように。
私はさらに速度をあげる。草木を抜けて、同時に腰の刀に手をやる。すぐにでも交戦できる姿勢で────そして、追いついた。
即座に、私は彼女の前に立った。見たところ怪我は負っていないけれど・・・
「あなたたち、誰?」
目の前にいたのは、マントを被った魔族たちだった。しかし、思っていたよりも数が多い。こんな大人数で、ヴィルノ山脈の麓にいるなんて・・・何者だ?
私が不審に思っていると、先頭に立っていた女性が両手を上げた。
「・・・わ、私たちは、人族領から避難してきた魔族です。ですので、どうか、さ、殺気を抑えてください・・・」
避難? もしかして、私と同じように人族領で捕らわれていた人たちだろうか。まだ信用は出来ないが・・・何故だろう。この声、どこかで・・・
「か、カゲハさん! ぼ、僕は、何もされない、ので、こっ、この人たちは、悪い人じゃ・・・」
「─────カゲハ?」
私を説得しようとした彼女の声に、手を挙げていた女性が声を上げる。
「あなた、もしかして・・・カゲハなの?」
「えっ・・・?」
その声に、その言葉に、私は目を見開く。そして、目の前の女性が被っていたフードを取った。・・・こんなことが、あるのだろうか。とても現実とは思えない。けれど、確かに今、私の目の前にいるのは・・・
「・・・セレネア、さん?」
赤い髪に、猫の耳と尻尾を生やした彼女は・・・そっと、懐かしい笑みを見せる。
「久しぶり・・・・・・カゲハ」




