第41話「不思議な少女」
[SIDE:カゲハ]
悪魔族。それは、魔王様と同じ種族だ。
詳しいことはよく分からないけれど、その黒い角は悪魔族の証らしい。それが、この檻の中にいた少女の頭にも生えていた。
もしかしてこの子、魔王様の親戚だったりするのかな? 髪色は違うみたいだけど・・・って、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。まずは彼女を助けないといけない。
何よりも先に、それが重要だ。
私は彼女を囲う檻にそっと触れた。・・・魔力の流れを感じる。これは・・・どうやら奴隷刻印と同じような効果を持つ魔道具のようだ。恐らく、中にいる者では絶対に外に出られないようにしているのだろう。
「・・・ひどいな」
こんなもの、はやく壊してしまおう。
私は目を閉じて、魔力を集中させる。流れる魔力に干渉し、檻に組み込まれた術式を読み取っていく。これは、奴隷刻印や隷属魔法を解いた時と同じ手法だ。
魔力を操る。そして─────
─────パキイイイイイイインッッ!!!
甲高い金属音を奏でながら、一瞬にして檻が崩れていく。バラバラになった鉄格子は地面に落ち、暗く閉ざされた空間に光が差した。先程までは暗くて見えづらかった少女の姿が、より鮮明に目に映る。
それは少女からしても同じようで、呆然としたまま私の方を見た。
「・・・・・・だ・・・れ・・・?」
精一杯振り絞ったような、掠れた声で少女は問い掛ける。・・・誰、か。どう答えるべきだろうか。いきなり魔王軍幹部だとか言ったら、怖がらせちゃうかな?
なら、取り敢えず・・・
「・・・私は、カゲハ・レングウ。あなたを助けたい人、かな?」
そんな私の言葉に、少女は一瞬動揺し、そして不安げな表情を浮かべながらも、そっと意識を手放した。
◇◇◇
[SIDE:遥人]
永遠とさえ思えた静寂と暗闇は、突如として破られた。その先にいたのは、狐の少女。凛然としたその立ち姿はとても綺麗で、光に照らされたその姿は神々しささえ感じてしまう。
そんな彼女は、僕を助けたいと言ってくれた。言葉通りに受け取れば、それは凄く嬉しいことだ。その、はずだ。
でも、僕は────
「ん・・・」
目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、檻の天井ではなく、美しい星空だった。
「ここ、は・・・?」
僕は立ち上がろうと思ったが、もうずっと何も食べず動きもしていなかったからか、上手くいかなかった。結局、無理やり上半身だけ起こして、近くの木に背を置いた。
僕は辺りを見回す。既に時間帯は夜になっていて、真っ暗だ。しかし僕のいるところは明るかった。見れば、焚き火の光が辺りを照らしていた。
僕はぼんやりとした頭で、焚き火の方へと視線をやった。すると、焚き火の傍で誰かが横になっているのが見えた。
「・・・あ」
その少女は、見覚えがあった。あの時、僕が意識を失う直前、見た女の子だ。狐のような大きな尻尾を枕がわりにして、すーすーと寝息を立てている。
・・・ど、どうしよう。
何か知っているであろう彼女が眠っちゃってる今、正直どうすればいいのか分からない。何となく気まずくて、僕は視線をグルグルと巡らせる。
すると、視線を落とした先に、たくさんの木の実が置いてあるのが見えた。
「これって・・・」
見覚えのある木の実を目にして、僕はふと思い出す。これは、あの一年間毎日、僕がヴィリアナのために取ってきていた果実だ。
それが、どういう訳か僕の傍にたくさん置いてある。偶然、ではないだろう。もしかして彼女が持ってきてくれたんだろうか。
彼女のことはまだ信用出来ないし、これが安全だとは限らない。だけど、どうしてもこの飢餓感には耐えられなくて、僕は恐る恐る果物に手を伸ばた。そして、両手で持ち上げ、それからゆっくりと口へと運んでいく。
・・・シャクッ。一口、齧った。
「っ・・・!」
瞬間、甘酸っぱい香りが口全体に広がる。
・・・もう、いつぶりの食事だろう。何かを食べるという行為のおかげなのか、鈍かった全身の感覚が、だんだんと鮮明になるのを感じる。
一口食べたらもう止まらず、僕は急ぐように一気に齧り付いた。一個、もう一個と、僕はその果物を頬張っていく。
「・・・っ! ・・・・・・っ!」
気が付けば、僕は声も出せないほどに泣いていた。果実がお腹を満たす度、僕の目からは涙が溢れて止まらない。そして、久しぶりの食事への幸福感と同時に、ヴィリアナとの日々も蘇った。
・・・楽し、かったんだ。
初めて人と楽しく喋れたんだ。彼女と過ごした一年間、僕は彼女から魔法の話を聞いたり、代わりに、彼女に僕のいた世界の話をしたりした。とても、幸せな時間だったんだ。
でも、それらは全部偽りだった。ああ、確かに彼女の言う通りだ。僕は馬鹿で、滑稽で、どうしようもないやつだった。
結局僕は、優しい人になんかなれないんだ。
「・・・ん。・・・・・・あ、起きた?」
その時、眠っていた少女がモゾモゾと動き出し、気だるそうに起き上がった。お面のせいで表情は分からないが、その声はとてもふにゃふにゃしていた。
「えっと、あの、その・・・」
聞きたいことは山ほどあるけれど、なんだか気まずくて上手く声が出ない。
「身体、異常はない?」
「え?」
「あなたが寝てる間に、隷属魔法を消しといたの。その時魔力をちょっといじったから・・・何か変なところない?」
「えっ、と・・・な、ない、です・・・」
よく分からないけれど、特別変なところもないので、そう答える。
・・・というか今、さらっと凄いこと言ってなかった? 隷属魔法を消しておいたって・・・そんなこと、出来るものなの?
「あ」
「は、はい!」
「木の実食べたんだ」
「あっ、えっと、い、いただきました・・・」
「そっか」
つい過剰に反応してしまった。
「・・・」
き、気まずい。どうしよう、気まずすぎる。表情は読めないし、声に抑揚ないし、さっきからこの人が何考えてるのかさっぱり分からない。
そもそもこの人は何者なんだ?
「あ、あの、あなたは、誰・・・なんですか?」
「さっき言ったよ?」
少女はきょとんと首を傾げる。そういえば、意識を失う直前に、彼女は名乗っていた。カゲハ・レングウ、だっけ? あと、僕を助けたい人とも言っていた。
でも、正直それだけ言われても意味不明だ。
「いや、あの、そ、そういうのじゃなくて・・・えっと、あなたが、僕を檻から出してくれたん、ですよね?」
「うん」
「その、どうして、ですか?」
この人はどういう立場の人で、どんな理由があって、僕を助けてくれたのか。それを知りたくて、僕は彼女に聞いた。
少女は顎に人差し指を当てて少しだけ考え、そしてこちらを向いた。
「苦しいのは、嫌だから」
「え?」
「奴隷って、苦しいでしょ? だから助けたの」
「・・・」
少女は当然のことのように、そう言った。そのあまりにも単純な答えに、僕は思わず言葉を失ってしまった。僕が苦しんでたから、助けてくれたっていうのか、この人は。
「・・・ねえ、魔族領に来る?」
すると、突然彼女はそんな提案をしてきた。
「ま、魔族領?」
「うん。こことは違って人間はいないから、比較的安全だよ。ちょうど私も、これから魔族領に行くところだし」
魔族領・・・・この世界のことについては、以前ヴィリアナからいくつか教えて貰った。そのどれくらいが本当なのかは分からないけれど、曰く、魔族領は魔王が治める魔族だけの場所のことなのだとか。
魔王・・・魔族・・・正直に言えば怖い。でも、もうすでに僕自身がその魔族になってしまっている訳で、この人族領には僕の居場所はないんだ。だから、この人の提案には乗るべきだ。
そう、なんだけど・・・
「・・・? いや?」
「え、あ、嫌というか、その・・・」
この人は僕を助けてくれた。食べ物もくれたし、安全な所へ連れていこうともしてくれている。凄く、優しい人だ。
・・・だからこそ、僕は怖い。
人の優しさを、信じられない。
助けると誓った人に裏切られ、絶望に塗れた毎日を過ごした。そのせいで僕は、もう、誰かを信じることが出来なくなってしまった。
でも、理性では分かっている。もしこの人の誘いを断ったとして、僕に行く宛てなんてどこにもないし、そもそも僕一人じゃ何も出来ないし、かえって危険なだけだ。
分かってるんだ。
だけど、だけど・・・
「・・・私を、信用できない?」
「っ!?」
「そっか。まあ、普通そうだよね」
僕は何も言えず、俯いた。・・・信用して、裏切られて。それはとても辛いことだ。もう二度と、あんな思いしたくない。でも、そんな心の内を簡単に見透かされ、改めて自身の小ささを思い知る。
「じゃあ、言い方を変える。魔族領に行こう」
「え?」
少女は平坦な声のまま、さらっとそんなことを言う。その予想外の言葉に僕は驚き、俯いていた顔を少し上げた。
「悪いけど、あなたをここに置いておく訳にはいかないの。だから、無理やりにでも連れていく。その後は別にどうしようと構わないから」
「え、あ、その・・・」
「でも今日はもう遅いから、明日の朝行こう」
「えっと、あの・・・」
「おやすみ」
彼女は、僕の意見は聞かないとでも言わんばかりの速さで、捲し立てるようにそう言った。
そして、また先程のように尻尾を枕にして寝てしまった。その行動の速さに、僕はしばらく言葉を失ってしまう。
不思議な少女だ。表情は読めず、声は抑揚がなく、何を考えているか分からない・・・しかし、確かな優しさを感じる。
「・・・ど、どうしよう」
また、心が揺らいでしまう。




