第39話「救いの方法」
[SIDE:遥人]
ヴィリアナは、僕にある魔法を覚えてもらいたいと言っていた。その魔法は、習得がとても難しいとされる奇跡の魔法───【神操魔法】というものらしい。
それは本来神が操る力であり、通常の魔法とは比べ物にならないほどの効力を有しているのだとか。
もし僕がそれを使えるようになれば、彼女を縛る檻や鎖などを打ち消すことが出来るらしい。
・・・しかし、僕がいきなりそんな大魔法を覚えられる訳もない。まずは、知識と経験が必要だ。
「魔法に必要なのは、魔力とイメージ、そしてそれらを形にするための魔力操作技術。これらは、この前水魔法を覚えてもらったから、分かるよね?」
「うん」
「だけど、大魔法はそうはいかないの。より魔法の構造や効果が複雑化するから、さらに多くの魔力や、高い魔力操作技術が必要になる。そして、最も重要となるのが詠唱」
「詠唱・・・」
確かに、漫画やなんかでは、魔法を使う時に詠唱をするような場面が多いような気がする。
「詠唱っていうのは、発動する魔法を具現化する上で、とても重要なプロセスなの。これを行うことで、魔法の複雑な術式を一つに確定させられるの。まあ、簡単に言えば、イメージをはっきりさせてくれる装置みたいなものよ」
「・・・なるほど。でも、それじゃあ普通の魔法はどうして詠唱なしでも使えるの?」
「本来は全魔法において詠唱は必要だったんだけどね。時代を経て魔法の解析も進んで、詠唱を省略して魔法名を言うだけで大体の魔法は発動出来るようになったの。技術の進歩ってやつね。けど、大魔法はそうはいかないわ」
曰く、大魔法と呼ばれる魔法は、普通の魔法よりも術式──魔力の構造──が複雑で難解なため、イメージもしづらく、詠唱による補助が必要なのだとか。
「でも、ただ字面を追えば発動できるって訳でもないの。何度も言っているけど相当な魔力操作技術が必要だし、詠唱の文言一つ一つに魔力を乗せなくちゃいけないわ」
「言葉に、魔力を・・・」
想像しただけでも難しそうだ。・・・でも。
「わかった。絶対に使えるようになってみせる」
◇◇◇
それから、僕の魔法の練習の日々が始まった。
僕が練習するのは、水系統の魔法だ。基本的に一人が使える魔法は、一つの属性に限られるらしく、僕は水魔法が使えたことから、恐らく水属性が適性なのだろうとヴィリアナに言われた。
そしてまずは、水魔法で魔法に慣れることから始めることにした。
「水魔法───【水槍】!!」
水の槍を作るイメージと共に魔力を流す。そして、僕の手のひらからイメージした通りの水の槍が現れた。水槍は真っ直ぐ前へ放たれて、的にしていた木の枝を撃ち抜いた。
「・・・凄い。どの魔法も、一発で成功させちゃうだなんて」
「そんなに凄いことなの?」
「ええ。普通、魔法の習得には相当な時間が必要なんだけど・・・。きっと、あなたは魔力量や魔力伝導に恵まれているんだね」
「へぇ・・・」
魔力伝導、その言葉には覚えがある。僕は、魔法の練習と並行して、魔法に関する知識などをヴィリアナから教えてもらっている。魔力伝導っていうのも、この間ヴィリアナに教えてもらった単語だ。
「あなたは凄いわ。きっと、そう遠くないうちに神操魔法を使えてしまいそうね」
「そ、そうかな・・・」
そんなに凄い凄い言われると、なんだか気恥しい。彼女の期待に添えるように、これからもっと努力していきたい。
◇◇◇
ヴィリアナと出会い、魔法の練習を始めてから、はや三ヶ月。僕は、あっという間に水属性の魔法のほとんどを使えるようになってしまった。
「まさか、ここまで早いとは思わなかったわ・・・本当に凄い・・・」
その成果に、ヴィリアナも唖然としている。
素人目に見ても、僕の学習速度が高いことが分かる。別にもともと賢かった訳じゃないし、勉強も運動も平均的だった僕だ。
きっと、この悪魔の身体のおかげなんだろうけど・・・それでも、努力が実るっていうのは嬉しいことだ。
「それで、僕はもう神操魔法を使えるようなった?」
「・・・いいえ、まだよ。これはあくまでスタートライン。これから、神操魔法の練習に入るわ」
「これでスタートラインか・・・頑張るよ」
「・・・ありがとう」
僕は改めて決意する。絶対に彼女を助けてみせる、と。
◇◇◇
神操魔法の練習は、当然のことながら水魔法のように順調には進まなかった。
「大魔法と呼ばれるものは、詠唱も必要だけど、多くの場合魔法陣も併用されるわ」
この、魔法陣がとにかく難しい。魔法陣自体は別に地面に木の枝で描いたっていいらしいんだけど、ここに魔力を流すという動作がとても難しい。
普通の魔法の何倍もの精密な魔力操作が必要で、失敗すると魔力が爆発して何度も吹き飛ばされた。
ちなみに、この魔法陣はヴィリアナが試しに地面に描いてくれたものを参考にして描いた。
「なかなか上手くいかないなぁ・・・こんな精密な魔力操作できる人なんているの?」
「世の中には魔力操作だけで他人の魔法を操れてしまうような人もいるよ」
「何それ・・・」
他人の魔法を操るって、不可能でしょ・・・。
って、また僕のいけない癖が出た。何か壁にぶつかるとすぐに弱音を吐いてしまう。こんなんじゃ、僕の理想の”優しい人”には絶対になれない。
「よし、やるぞ・・・」
「本番はそれと同時に詠唱も必要だけれどね」
「・・・もう、出鼻を挫くようなこと言わないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
ヴィリアナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その可憐な姿に、僕は思わず目を奪われる。
・・・ヴィリアナは、初めて会った時と比べてよく笑うようになった。それがもし、僕の影響なら・・・嬉しいな。
◇◇◇
そして、それから九ヶ月。つまりは、彼女と出会ってからちょうど一年の月日が流れた。
僕は・・・ついに、魔法陣と詠唱を完璧にこなせるようになった。
「・・・チャンスはたった一回。もし神操魔法を使えば、その膨大な魔力反応にきっと近くの村の人間たちも気が付くと思うわ」
「絶対に失敗できないってことだね・・・」
時間帯は夜。
悪魔族は夜に魔力量が上がるらしく、最適なのが今らしい。だけど、夜は村の人間の見回りがある。もたついている余裕はない。
僕は覚悟を決めて、ヴィリアナの目を見つめる。
「・・・始めるわよ」
「うん」
「それじゃあ、私の後に続けて詠唱をして」
いつもより空気が張り詰めている気がする。
緊張と不安で口の中が渇き、僕は息を飲む。そして、静かに目を閉じた。
「天に舞いし精霊よ、地に眠りし霊脈よ、万物に司りし霊魂よ」
『────天に舞いし精霊よ、地に眠りし霊脈よ、万物に司りし霊魂よ』
全身が熱くなる。魔力が巡る。それらの流れを掴み取り、操る。
「神の意志に従い、魔の領域を転換せよ。その存在を反転させん」
『────神の意志に従い、魔の領域を転換せよ。その存在を反転させん』
全ての意識を魔力に集中させる。言葉に魔力をのせ、魔法陣に魔力を流し、そして発動のための魔力を集める。
「顕現せよ、神操の奇跡」
『────顕現せよ、神操の奇跡』
少しだけ目を開けると、ヴィリアナの顔が目に映った。前髪で隠れていて、表情はあまり分からない。けれど、口元は微笑んでいる。
集中は途切れていない。しかし、僕の頭の中には、この一年間の記憶が流れてゆく。
誰かのために頑張れることが、どれだけ嬉しいことか、彼女に教えてもらった。
あっという間だったけれど・・・楽しかったなぁ。
・・・あれ?
そこまで考えて、ふと、僕はある事を思い出した。それは凄く些細なことで、だけど凄く大切なことだ。でもどうして、今まで考えもしなかったんだろう。
「心魔反転」
この魔法は、どうやって彼女を助けるんだ?
『───────【心魔反転】』
彼女の言葉に合わせて、僕のその呪文を口にした。魔力が放たれる。ふわりと風が舞い、彼女の前髪を揺らし、その表情を露にした。
彼女は笑っていた。
・・・僕を、嘲るように。




