第38話「色づく期待」
[SIDE:遥人]
「だ、誰もいないよね・・・」
僕は慎重に、ゆっくりと森の中を歩いていく。
人の気配はない。静かに、物音を立てないように、僕は目当ての木まで辿り着いた。その木には、木の実が沢山なっている。
流石にこれ全部は持っていけないけれど、出来るだけ沢山取っていく。制服のブレザーを袋のようにして、木の実を集めることができた。
「よし」
木の実を抱え、僕はまた静かにその場を離れた。それからまたしばらく歩き、そして、一つの檻を見つけた。
「持ってきたよ」
「わぁ・・・こんなにたくさん。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
森の中には、一人の少女がいた。あの後彼女は、自身のことを「ヴィリアナ」と名乗った。
そういえば、彼女もさっきの男の人もどう見ても外国人の見た目なのに、なんで話していることが分かるんだろう? 言語は日本語じゃない。なのに、まるでその言語が僕の母語であるかのように理解できてしまう。なんだか違和感だ。
というか、僕はまだ彼女のことを全然知らないんだよな。
「ねぇ。一つ教えて欲しいんだけど、いいかな?」
「なに?」
ヴィリアナは木の実を頬張りながら僕に視線を向ける。もうすでに木の実をいくつも食べていて、さっきよりは元気そうだ。
「あの時、君の声が直接頭の中に響いた気がしたんだけど・・・あれは何?」
「ああ。あれは思念魔法って言って、遠くにいる相手と連絡できる魔法なの」
「・・・ま、魔法?」
あまりにもさらっと、彼女は魔法と言った。魔法って、あの魔法だよね? ゲームとかでよく出てくる、あの魔法のことだよね? まさか、この子がそれを使ったっていうのか?
ありえない。・・・けど、現に僕の頭の中に声は直接届いた。それは揺るぎない事実なんだ。
「もしかして、魔法を知らないの?」
「知らないっていうか、その・・・」
「?」
口ごもる僕に首を傾げる彼女。取り敢えず、僕はこれまでの事情を説明してみることにした。
「魔法陣が見えて、気が付いたらこの森にいた?」
「う、うん」
「・・・」
僕の説明を聞いて、彼女は何やら急に黙って考え込んだ。もしかして、何か知っているのだろうか。
「たぶんだけど、それは《召喚魔法》だと思う」
「召喚、魔法?」
「うん。きっと、異世界から人を召喚する魔法に、あなたは巻き込まれたんだと思う」
魔法。異世界。召喚。どこかで見たような単語が羅列される。・・・まさか、本当に異世界転移しちゃったの、僕?
「じ、じゃあ、僕を召喚した人は?」
「わかんないけど・・・あなた、元は人間だったんでしょう? なら、きっと世界を渡る際に身体が偶然魔族に作り替えられて、そのせいで弾かれちゃったんじゃないかな」
「弾かれたって、どういうこと?」
「もしその魔法が異世界から”人間”を呼ぶことを想定して構築されたものなら、人間以外の者は弾かれて、本来喚ばれるはずだった地点とは、ズレたところに飛ばされちゃうのかもしれない」
「な、なに、それ・・・」
じゃあ僕は、召喚魔法とやらの誤作動のせいでこんな目に遭ってるっていうのか?
冗談じゃない。そんな理不尽な話があってたまるか。衝撃と、そこから怒りが湧き上がってくる。
・・・ダメだ。抑えろ、僕。僕の今すべき事は、怒ることなんかじゃない。彼女を助けることなんだ。
「・・・っていうか、詳しいんだね」
「私、もとは魔法使いだったの」
「ええっ!? そ、そうなの?」
「うん。魔法を使って、一人で旅をしていたんだけど、人間に見つかって、魔女だとか言われて、それで・・・」
「・・・ご、ごめん。嫌なことを思い出させた」
表情の沈んでいく彼女に、僕は慌てて謝った。
「ううん。気にしないで。あなたが私を助けるって言ってくれたから、もう辛くなんかないわ」
「・・・」
助ける。
確かに僕はそう言った。その気持ちに嘘偽りはない。けれど、具体的にどうすればいいのかはさっぱりわけらない。
この檻は力ずくじゃ絶対に開いたり壊れたり出来ないような魔法がかかっているらしい。また、彼女には隷属魔法というものが掛けられているらしく、反乱を起こすことも出来ないらしい。
どうすべきかと僕が頭を悩ませていると、彼女は何かを決意したように口を開いた。
「あのね。私、ずっと考えてたの。ここから逃げ出す方法を。でも、それは私一人じゃ決して叶わない方法だったの。だから、あなたが来てくれたおかげで、それが出来るかもしれない」
「えっ?」
彼女の発言に僕は目を丸くする。どうやら彼女は既に、その方法を思いついていたらしい。澄んだ瞳で、彼女は真っ直ぐ僕を見つめる。
「だから、お願い。・・・あなたに、ある魔法を覚えてもらいたいの」
◇◇◇
魔法。それは超常の力。火を放ったり、空を飛んだり、僕がこれまでいた世界では空想上の存在であった現象が、この世界では全て現実のものだという。
魔法を覚えるには、その魔法の引き起こす現象や、それに至るまでの魔力の流れをよく”理解”することが重要だそうだ。
また、一度覚えてしまえばその感覚が染み付き、次からはほぼ無意識下でも使えるようになるらしい。
「・・・魔法、かぁ」
夜。僕はあの檻から少し離れた森の茂みで横になっていた。毎晩近くの村の人間が様子を見に来るらしいので、夜は離れておいた方がいいと彼女に言われたからだ。
「僕に、出来るのかな」
そんな弱音と共に、さっきまでの会話を思い出す。
『ま、魔法!?』
『本当に、我儘ばかりでごめんなさい。でも、これは私のためだけって訳じゃないの』
『・・・どういうこと?』
『この世界は、魔法が戦闘の要になっているの。だから、もし魔法を使えるようになったら、きっとあなたも自分の身を守れるようになると思う。この檻の中でも、直接的な反逆じゃなければちょっとは魔法も使えるから、私が教えるわ。私、魔法についてなら詳しいから・・・だから、あなたへの恩返しもしたくて』
彼女の提案は、互いに利害が一致している。しかし、そんな打算的な理由じゃなくて、ただ僕は彼女の力になりたいと思った。
そして、彼女の善意を受け取りたいとも思った。だから、僕は彼女の提案を受け入れた。
それから、最初は基礎的な魔法の使い方を軽く教わり、僕は改めてそれを頭の中で反芻してみる。
「まずは・・・魔力の流れを掴む」
ここが一番最初の難所ならしいのだけれど、さっきヴィリアナに魔力の流れを少しだけ操ってもらい、あっさりと掴むことができてしまった。
次は魔力の操作だ。先程感じ取った魔力を、体外へと放出させる。それから、重要なのは魔法の具体的なイメージだ。とりあえず、水の球体を思い浮かべてみることにした。それを、魔力によって構成する。
「─────水魔法【水球】」
瞬間、僕の手のひらに水の球体が生まれる。
「・・・で、できた」
さっきヴィリアナに教えてもらったので、魔法を使うのは今が初めてってわけじゃないけれど、何度見てもこの感覚は慣れない。架空の存在でしかなかった魔法というものを、僕が使っているという感覚は。
「えい」
出来上がった水球を、そこら辺の木に向けて放つ。
「・・・僕、本当に異世界に来たんだ」
改めて、そのことを実感する。勿論まだ不安に思うこともある。家族のことは気がかりだし、方法は分からないけどいずれ帰りたいとは思っている。
でも、それ以上に・・・僕は期待していた。ずっと空っぽだった僕の人生が色づくような、そんな気がした。
初めは怖かったけれど、今は話し相手が出来て、彼女を助けるという目標もできて、そしてその為の努力も始めた。
きっと僕は変われる。
僕の憧れる優しい人に、なれる気がする。
・・・明日も頑張ろう。そう思って、僕はゆっくりと瞼を閉じた。




