第37話「たった一つの選択肢」
[SIDE:遥人]
教室に変な魔法陣が現れて、その光に包まれると森にいて、そして僕の頭に角が生えていた。・・・うん。やっぱり何度考えても意味がわからない。
あれから数時間が経ちだんだんと落ち着いてきたけれど、納得のいく答えは少しも浮かばない。そうして、空を見上げればもう日が暮れてきてしまっていた。
不安で仕方がない。
けれど、そんな僕の気持ちとは関係なく、お腹は空いてくる。とりあえず、近くに食べられるものがないか探してみると、少し離れたところにりんごのような見た目の木の実があったので、それを取って食べてみるとこにした。
毒があるかもしれないけれど、それを調べる余裕も知識も僕にはなかった。
また、近くに川が流れているのを見つけたので、それを飲んで喉の渇きはなんとかした。
「・・・疲れた」
そういった事をしているうちに辺りはもう真っ暗になり、何も見えなくなった。僕自身、疲労が凄かったのでそのまま眠ることにした。
だけどこの日は、なかなか眠りにつけなかった。
あの時向けられた刃の鋭さが、未だに脳裏に焼き付いていた。
◇◇◇
翌日。目が覚めたのは早朝だった。
ロクに寝れていない。気分は重くて、具合も悪い気がする。不安だらけでこれからどうすればいいのかも分からない。
「・・・僕、どうすればいいんだろう」
仮にこれが物語に出てくるような異世界転移とかだとして、じゃあ僕は何故こんな所にいるのだろう。
物語の主人公は、特別な力を持っていたり、数奇な出会いを経験したりするものだ。けど、何もない。
こんな森でひとりぼっちで、怖いから動くことも出来なくて・・・やっぱり僕みたいな臆病な奴には主人公は向いていないんだろう。きっとこのまま、訳もわからず朽ちていくんだ。
でも、それなら僕は何のためにこんな所に飛ばされたんだろう?
「──────おい。本当かよ。この辺に魔族がいたって」
「本当だよ! 黒い角の生えた男の魔族がいたんだ!」
・・・っ!?
森の奥から、声がする。今のは、僕のことを言っているのか? もしかして、昨日僕に剣を向けた男の人が、別の誰かを呼んできたのだろうか。
「ど、どうしよう」
死にたくない。痛い思いはしたくない。だから、また逃げなくちゃ。でも、どこへ? 森を抜けたらもっとたくさんの人がいて、その人たちも僕に剣を向けてくるかもしれない。
頭がぐちゃぐちゃする。混乱して、動けないままでいる。
「まだそう遠くへは行ってないはずだ! きっとここら辺にいる。怖くて夜も眠れねぇんだ。早く殺してくれよ!!」
「わーってるよ。見つけ次第すぐに殺すさ」
そんな言葉が耳に飛び込んだ。
───殺す? 誰を? そんなの、僕に決まっている。
「──────っ!」
僕は走り出す。昨日と全く同じ状況だ。みっともなく背を向けて、逃げてばかりだ。
でも、僕はまだ死にたくない。ひとりぼっちのまま、何も出来ないまま、優しい人にもなれないまま、この一生を終えたくない。
「はあ、はあ、はあ」
暫く走ったところで、いよいよ息がきれてきた。大丈夫。まだ見つかってはいないみたいだ。
『─────ねぇ』
その瞬間、少女の声が頭に響いた。もしかして、別の追手か何かか!? しかし、辺りを見回してみるが、それらしい人物は見当たらなかった。
『あなた、もしかしてわたしと同じ?』
「え?」
まただ。また声がする。なんなんだこの声は。不思議な感覚がする。音が聞こえると言うよりかは、まるで頭の中で直接声が響いているかのようだ。
それに、言葉の意味もよく分からない。同じって、どういうことだろう。
『お願い。私を助けて』
「たすけ、て?」
『くるしいの。さびしいの。お願い。私のところに来て』
少女は今にも泣き出しそうなか細い声で言う。
「来てって、どこへ行けば・・・───っ!?」
その時、僕は不思議な気配に気がついた。今僕の立っている場所から真っ直ぐ先に、誰かがいる。何故だかは分からないけれど、そんな気配がした。
もしかしたらその場所に、この声の主がいるかもしれない。そして、彼女は僕のことを『同じ』と言っていた。何に対してかは分からないけれど、何か知っているかもしれない。
そう考えた瞬間、気付けば僕は歩いていた。その気配に向かって。草木を掻き分け、ただひたすらにその気配を目ざして進んだ。
そして、その先に────一つの、檻を見つけた。
その檻は、外側からも鎖で覆われ、更には御札のような物が無数に貼り付けられていた。まるで・・・何か化け物が封印されているかのようだ。
「ねぇ」
「っ!?」
その檻の中から、さっきと同じ声がした。今度は、ちゃんと外から音が聞こえる。とても掠れていて、今にも消えてしまいそうな声だ。
「お願い。助けて。私、死にたくない・・・」
「死、って・・・き、きみは、何者なの? どうして、そんな檻の中に・・・」
「私には、角が生えてたから・・・だから、化け物だって言われて、こんな所に閉じ込められたの」
「え?」
ガシャン、と音がする。少女が鉄格子を手でつかみ、鎖の隙間から顔を見せた。その姿と言葉に、僕の思考は固まった。
・・・角って、まさか・・・
「あなたの角と同じ。私も、あなたと同じ悪魔族なの」
その少女は、地に付くほど長く伸びた赤い髪と、血のように濁った赤黒い瞳、そして・・・僕の頭に生えていたものと全く同じ黒い角が生えていた。
「私、何も悪いことなんかしてないのに・・・」
彼女は今にも泣き出しそうだ。僕は改めて彼女の姿を見る。身体中がボロボロで、痩せこけっている。とても、苦しそうだ。
「お願い、助けて・・・もうずっと、何も食べてないの・・・」
「っ・・・」
その声にならない叫び声が、僕の耳に響いた。
・・・どうしよう。この子を、助ける? 僕にそんなこと出来るのか?
一応、あの木の実を一つだけポケットに入れてある。それをあげるくらいなら出来るかもしれない・・・でも、そうしたら僕の食べ物がなくなってしまう。僕だって誰かを助けられるような余裕は無いんだ。
もしこの木の実をあげたとして、その先は? 僕みたいな無力なやつにこの子を助けることなんて出来るわけ・・・
『優しい人になりたい』
・・・またそうやって、逃げるのか?
『目の前にいる人が苦しんでいるとき、迷わず手を差し伸べられるような・・・』
今が、その時なんじゃないのか?
『僕は何のためにこんな所に飛ばされたんだろう?』
変わるためじゃ、ないのか?
今この瞬間、目の前の彼女を助けるために、僕はここにやってきたんじゃないのか?
ずっと臆病で、目の前のことから逃げ続けてきた。でも、でも・・・これは、チャンスなんじゃないのか?
僕の目指す優しい人になれる契機なんじゃないのか?
なら、きっと、僕の選べる選択肢は────一つだ。
「これ、食べて」
「え?」
「たった一個じゃ少ないかもしれないけど、でも、これからもっとたくさん持ってくる。持ってくるだけじゃない。絶対に、君をここから助け出してみせる!」
僕は木の実を差し出した。
隙間から何とか檻の中に入れることが出来、少女はそれを受け取った。木の実に視線を落とした後、ゆっくり僕の方を見る。
そして、嬉しそうに、それでいて泣きそうに、笑った。
「・・・ありがとう」




