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狐のあくび  作者: はしご
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第36話「悪魔の角」

ここから暫く別のキャラ視点の話になります


[SIDE:遥人]


 昔から、優しい人になりたいと思っていた。


 それは漠然とした曖昧な目標でしかないけれど、誰かに優しくできる人はかっこいいと思ったんだ。


 悪いヤツを倒したり、世界の危機を救ったり、そんなヒーローみたいな存在になりたいわけじゃなくて、ただ、目の前にいる人が苦しんでいるとき、迷わず手を差し伸べられるような・・・そんな人に、なりたかった。


「あのさ、ちょっといいかな?」

「はっ、はい」


 けど、現実はそう上手くはいかなかった。クラスメイトの桐島君の優しい声音にも過剰に反応して、ろくに目も合わせられない。


 それが、現実の僕だ。


「この前の体育祭の打ち上げをしようってみんなで話してたんだけど、二宮君って来週の月曜日空いてる?」

「えっ・・・」


 体育祭、か。あまり良い思い出はない。みんなの足を引っ張らないことで精一杯だったし。正直、打ち上げなんて気まずくて行けない。


「えっと、その日は予定があるので、い、行けないです。すみません・・・」

「・・・そっかぁ。それじゃあ、また空いてる日があったら教えてくれよな」

「・・・うん」


 僕のあまり行きたくないという意思が伝わったのだろう。桐島君は何となく察したような表情で、自分の友人たちのところへと戻って行った。


 ・・・ああ。彼は優しいな。でも、だからこそ自分の弱さが際立って見える。



 ─────どうして僕は、こんななんだろう。



 出来ることなら、変わりたい。彼みたいに優しくなりたい。たくさんの人と普通に話せて、一緒に遊んだり、打ち上げに行ったり・・・そんなことが当たり前にできる人間になりたい。


 でも、結局はそう思うだけ。変わりたいと思っても、変わろうとする勇気がない。何が手を差し伸べられるような人間だ。僕は差し伸べられた手すら掴めない、ただの臆病者だ。


 本当、嫌になる。



「─────おはよー」



 その時だった。平坦で、気だるげで、しかしよく通る声が耳に入り込んできた。別に僕に向けての言葉ではないけれど、俯いていた僕も顔を上げ、その声の主に目をやった。


 影宮唯葉さん。


 彼女はこの学校の有名人だ。低い身長やその童顔からは幼さを感じるものの、彼女のその端正な容姿は多くの人を惹き付ける。物静かな性格だけれど、彼女は僕とは正反対だ。


 影宮さんのまわりにはいつも人がいる。それは彼女が可愛いからではない。穏やかで温かい性格の彼女と一緒にいるのは、きっととても心地好いのだろう。だからみんな影宮さんのことが好きなんだ。


「・・・はあ」


 自然と溜め息が零れる。他人を羨んだってどうしようもないっていうのに。


「みなさーん。席に着いてくださーい」


 先生が入ってくると、影宮さんの周りに集まっていた人達は各々の席に戻って行った。影宮さんは僕の前の席なので、その背中からもうすでにうとうとと眠りかけているのが分かった。


 って、何見てるんだ僕は。


 何となく見ちゃいけないような気がして、僕は少し上に視線を逸らした。そして・・・異常な光景が、視界に映った。



「・・・アレ、何だ?」



 思わず声が漏れる。


 僕の視線の先にあったのは、魔法陣だった。漫画やアニメ、ゲームなんかでよく出てくる魔法陣。それが、教室全体を包むように天井に大きく広がっていた。その魔法陣は淡い光を放っている。


「っ──────」


 魔法陣の光は唐突に教室にいた人々を包んで、何も見えなくなった。ただ、とてつもない激痛に苛まれ、僕は意識を手放した。



  ◇◇◇



「んっ・・・」


 頬を照らす陽の光に、僕は目を覚ました。ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。そこは・・・森、だった。


「は?」


 森。森だ。どうやら僕は森の中で眠っていたらしい。


 ・・・いや、意味がわからない。何が起きてるんだ? 僕はさっきまで教室にいたはずだ。それなのに、森ってどういうことだ?


 これは夢? でも、それにしては土の感触も木々の匂いも全部、あまりにも鮮明だ。明晰夢というものもあるらしいけれど、これが夢には思えない。


 それじゃあ、もしかして誘拐とか? でも、特に縛られたりもしてない。


 じゃあ、なんで・・・


「・・・もしかして、あの魔法陣のせい?」


 あの光に包まれたら僕は森の中にいた。なら、あの魔法陣は転移とかの魔法陣で・・・って、そんなわけないだろ。漫画や小説の見すぎだ。現実でそんなことが起こるはずがない。


 ありえない・・・だけど、それが一番正しいような気がしてしまうのも確かだ。


「と、取り敢えず、歩いてみよう」


 このままじっとしていたら多分ダメだ。僕は立ち上がる。立ちくらみか、異様に頭が重くて一瞬倒れかけるが、なんとか大丈夫だった。


 それから僕は、森の中を進んでみることにした。


 友達・・・は元からいないけど、せめて誰か知っている人とかいないかな。こんな事態なんだから、話しかけるのが怖いとか言ってられない。というか、こんな意味不明な状況で一人でいる方が怖い。


 僕はしばらく森を散策するが、人っ子一人見当たらない。


「どうしよう・・・・ん?」


 すると、遠くの方に人影のようなものが見えた。人影はだんだんと近づいてきて、その姿がはっきりと見えるようになってきた。・・・男の人だ。


「あ、あの・・・」

「ん?」


 僕が声をかけたことで、男の人はこちらへ視線を映した。目と目が合う。僕は少しだけのその視線を逸らしながら、話しかける。


「こ、ここって、どこですか・・・」

「────うああああああああああああああああああっっ!?」

「うぇっ!?」


 僕の言葉を遮って、男の人は突然悲鳴をあげた。


 僕は慌てて辺りを確認するが、別に怪しい人も危険な動物もいない。もう一度男の人の方を見ると、彼の視線は真っ直ぐ僕に向いていた。


「ま、魔族・・・」

「えっ、と、あの・・・」

「く、来るな化け物!!」

「ひっ!?」


 震えながら向けられたソレに、僕は悲鳴をあげる。男の人が手に持っているのは・・・剣だった。


 包丁とかナイフとかじゃない。剣だ。何でそんなものを持っているのかとか、そんなことは今はどうでもいい。


 その刃の鋭さが、触れれば怪我をするものであり、刺されれば死んでしまうものだと、一目見ただけで分かってしまった。



 ・・・逃げなきゃ。



「っ・・・!」


 僕は彼に背を向けて全力で走り出した。さっきから頭が重くて仕方がないので、物凄く走りづらい。だけど、今は逃げなくちゃならない。何もかも訳わかんないけど、あのままだったらあの剣は僕を傷つけていた。


「もう、何がどうなってるんだよ・・・っ」


 走る。


 走る。 


 走る。


 彼は追ってきてはいない。だけど、膨れ上がった不安と恐怖を吐き出したくて、僕はがむしゃらに走った。


「うわっ!?」


 走った先に湖が見えた。僕は湖に飛び込まないよう足を止めたが、バランスを崩してその場に倒れ込んだ。自分でも想像していた以上にスピードが出ていたらしい。


「いったぁ・・・」


 僕はゆっくりと起き上がる。そしてふと、湖の水面に映る自分の姿が見えた。転んだせいか、それとも森の中にいたせいか、制服は大分汚れてしまっている。しかし、今はそんなことどうでもいい。


 僕は、鏡に映る自分の姿を見て、目を疑った。


 不安と恐怖も吹き飛んでしまうような、ただひたすらに”異常”なその光景に、目を奪われた。


「・・・・・・・なに、これ」



 ────角が、生えていた。



 ・・・角。角だ。僕の頭の上から角が生えていた。


「は、はぁ? どう、なってるの?」


 試しに触ってみるが、作り物じゃない。くっついたりしてる訳でもない。それは確かに、僕の頭から生えていた。


 真っ黒な角。山羊や羊のような巻き角。いや、どちらかというとこれは・・・


『く、来るな化け物!!』





 ─────────悪魔の角だ。




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