第34話「知っている」
──────魔力支配。
それは、私に出来ることの延長線上にある、最強の技。私の目指す、最高地点に位置する技だ。
ある一定の空間全体の魔力を瞬時に分析し、膨大な数の魔力の流れを一度に操る。そして、空間内にある全ての”魔力”を我がものとする。
魔力で構成された魔法ならば、操ることも打ち消すことも出来てしまう。一種の結界のようなその技は、私の最大の敵である魔法という存在に唯一対抗できる力だ。
だが・・・・・
『やめておけ。負荷が大きすぎる』
ある日の夜。屋敷の中庭で、おじいちゃんにそう言われた。
『空間全体の魔力を操るなど、脳の処理が追いつかんぞ。出来てもすぐに意識を失うか、オーバーヒートして酷い苦痛に苛まれるじゃろう。だが、それすらまだ軽い方じゃ。最悪、脳が負荷に耐えきれず、命を落とすことになる』
『っ・・・』
いつになく真剣な声音に、私は俯いた。・・・良い考えだと思っていたからこそ、予想外の反対に肩を落とす。
『で、でも・・・・・・』
でも、この技はそう簡単には諦められない。きっとこれから先、魔力障壁なんかじゃ決して防げないような魔法を操る者が現れる。その時、今のままの私だったら絶対に勝てない。
私は現在、半径一メートル以内ならば魔力干渉が出来る。魔王様との模擬戦の時も、それで何とか危機を脱した。
あの時は魔王様の魔力障壁が完成する前だったから壊すことが出来たけれど、さらにその精度と範囲を広げれば、空間全体の魔力に干渉して、あらゆる魔法を消し去ることが出来るかもしれない。
これだけが、今の私に思いつく、魔法への最強の対抗手段なんだ。
『魔法を封じられる。確かにそれは、魔法戦が主要である今、非常に有用かもしれんな。じゃが、あまりにも代償が大きすぎる。そのような諸刃の剣、許す訳にはいかん』
『むぅ・・・』
『そう拗ねるでない。カゲハならば、そんな技に頼らずとも強くなれるはずじゃ。焦る必要はない』
─────そんな会話が、蘇った。
・・・・ああ。ごめん、おじいちゃん。ダメって言われたのに、私、使っちゃった。
「っ・・・」
バタリ、とその場に倒れ込む。
頭が痛い。耳鳴りが酷い。苦しい。気持ち悪い。今にも意識が飛びそうだ。
「魔法が、消えた? ・・・彼女が、やったのか? でもどうやって?」
早く、立て。
気絶してる暇なんかない。少しでも、時間を稼ぐんだ。
「・・・はあ、はあ」
「まだ、立つのか? ・・・は、はは。ははは! 面白い! 面白いなぁ君!!」
男は楽しそうに笑う。その感情の昂りと共に、男の魔力が一気に跳ね上がる。
・・・また、攻撃が来る。でも怯む訳にはいかない。私は歯を食いしばり、刀を構えた。
「気に入ったよ。────俺はレイス・ミクシード。人族最強の魔法剣士だ。君は?」
少しでも意識を繋ぎ止めるため、私は言葉を紡ぐ。
「・・・《魔閃妖狐》・・・魔王軍の、最高幹部・・・っ!!」
私は告げる。魔王様から授かった、幹部としての名前を。
「妖狐・・・なるほど君にピッタリだ。なら、後で本名も教えてもらおうかな」
「はあ、はあ、はあ・・・」
魔力を集中させる。・・・もう一回だ。もう一回、魔力支配をしないと、次の攻撃を防げない。
ただでさえさっきのは【魔力支配】なんて呼ぶのには相応しくないような、無理やり打ち消しただけの、ほとんど偶然みたいなやり方だったんだ。今度はもっと、精密にやらないといけない。
「ぐぅ・・・・っ!!」
今にも枯れ果てそうな魔力を無理やり操る。息が苦しい。身体中が痛い。破裂しそうだ。
でも、まだ倒れちゃダメだ。まだ、私は・・・
「────何をやっている、レイス」
ガツン、と鈍い痛みを頭に感じ、私は静かにその場に崩れる。薄れゆく意識の中、ゆっくりと背後の存在に目を向ける。気配はなかった。しかし、そこには二人の人間がいた。一人は、紫色の髪の男。
そしてその隣にいたのは────花乃だった。
◇◇◇
花乃は、私の親友だ。
小学校の頃からずっと一緒にいた。いつも静かで、すぐに寝る、つまらない私の隣にずっといてくれた。大切な友達だった。
でも、そっか。
花乃だったんだね。
あの状況で、一切の気配もなく背後に現れるなんて芸当が出来るのは【転移】しかない。そして、その魔法が現れたタイミングから考えても、きっとそれは勇者の魔法だと考えられた。
でもまさか、それが花乃だとは思いもよらなかった。あの日、私の家族を奪った魔法が、転移が、花乃によるものだなんて、少しも考えつかなかった。
ああ。世界はやっぱり・・・残酷だ。
「んっ・・・」
私は目を覚ました。
まだ全身が、特に頭が痛い。外からの痛みは大丈夫なんだけど、こういう内側からの痛みに私はどうも弱いらしい。
痛みに耐えながら、私は周囲を見回した。とても暗い。まるで独房のようだ。・・・いや、それもあながち間違いではないのかもしれない。
「ようやく目が覚めたみたいだな」
響き渡る足音と共に、ひとりの男が現れる。その男は、意識を失う前に見た紫色の髪の男だった。年齢は三、四十代くらいだろうか。体格や魔力量からしても、普通の兵よりは強者だと分かる。
けど・・・さっきの魔法剣士には遠く及ばない。
「誰?」
「貴様に教える義理はないな」
「じゃあ、さっきの魔法剣士は?」
「ハッ。あんな規則も守れんような男、どうでもいいだろう」
規則? 何の話だろう。彼の話題を挙げた瞬間、あからさまに不機嫌そうになったけど。嫌いなのかな?
「・・・まあいいや。ここは?」
「尋問部屋だ」
男がパチンと指を鳴らすと、部屋に置いてあった灯りがぼんやりと点いた。その仄かな光が、部屋中に置かれた拷問器具を照らし出す。
ふと、私は今の自分の状況を見てみた。手と足には拘束具がつけられ、手錠は天井に、足枷は床に鎖で繋がれていた。無理やり立たされるような形で拘束されている。
仮面も刀もここにはない。服も奴隷屋で着せられたボロ布のようなものに替えられている。
まるで、あの頃に戻ったみたいだ。
「私を拷問するの?」
「貴様が素直に情報を吐けば何もしないさ」
「そっか・・・」
並べられている拷問器具はどれも普通だ。ただ、この鎖は少し特殊みたいだ。何やら魔法が施されているらしい。
少し探ってみるか。
魔力干渉によって、鎖にかけられた魔法の魔力の構造を読み取っていく。明確には分からないが、これでどういった魔法なのかは凡その検討がつくはずだ。
えっと、これは・・・魔法を封じる魔法、かな? でも何でだろう? 私獣人なのに。
「まず、貴様が魔王軍幹部だということは間違いないな?」
「うん」
この場から脱するには、まず周囲の魔力の流れを読み取り、状況をより正確に把握する必要がある。それまでは、尋問とやらにも適当に付き合っておこう。
「・・・そうか。それじゃあ早速だが質問だ。貴様、魔法を使えるか?」
「魔法? 私、獣人だよ?」
「しらばっくれるな。貴様が魔法を放っているところを目撃した者が多数いるのだ」
魔法・・・ああ、魔力弾のことか。
確かに、魔力弾なんて技術、ロクに普及してないし、私ほど強く操れる者もいない。魔法と勘違いするのも無理はないだろう。だから、ご丁寧にこんなものを取り付けて警戒していた訳だ。
さて、どう答えたものか。本当の事を言うつもりは毛頭ないけれど、あと少しだけ時間が欲しい。今、頭が痛くてあまり集中出来ないんだ。
「何かの見間違いじゃない? 私、刀を振ることくらいしか出来ないよ」
「やはりそこは隠すか。ならば・・・」
男は近くにあったナイフを手に取り、そして私の膝に躊躇なく刺した。
・・・しかし、私は何も感じない。いや、痛みがあることは分かるけれど・・・この程度の痛み、何とも思わない。
だって、もう慣れてるから。
「ふん。その強がりをいつまで続けられるかな」
「いつまで、か・・・」
私はいつまで耐えられるか。それは、考えるまでもない。というか、考える必要がない。だって・・・
「・・・もう、終わったから」
「っ!?」
私の声と共に、手足を縛る鎖が壊れる。
魔法を封じたところで私には何も関係ない。こんなもの、簡単に壊せる。
しかし男は私の力を知らない。だから彼はこの光景にたじろいだ。そしてその一瞬の焦りが命取りになる。私はすぐに男に飛び込み、押し倒し、その場にあったナイフを男の眼前に突きつけた。
「き、貴様、どうやって・・・」
「それをあなたに教える義理はない、かな」
そして、眼球に軽く突き刺す。
「ぐ、ぅあああああああああああああっっ!!?」
「調べた感じこの部屋防音だし、特に監視もないから、叫んでもいいけど・・・ちょっと、うるさいな」
あまりナイフで刺すと血が出すぎて死んじゃうから、私は彼の体内の魔力に干渉し、ぐちゃぐちゃにする。
「ぎぃあああああああああああああああああああっ!!」
「静かにして」
原理は隷属魔法と同じだ。
だからこそ、この痛みはよく知っている。この痛みで人は簡単に隷属してしまうことを、私は知っている。
きっとこの人よりも、知っている。
「や、やめ・・・」
「これから私のする質問に答えて。悪いけど、無駄な抵抗はやめてね。私・・・今すごく機嫌が悪いから」
彼に、本当の拷問というものを教えてやろう。




