第33話「支配」
「─────・・・では、次へ行くぞ」
「う、うん」
あれから私とメフィルさんはいくつもの村や町を回って、住民たちを連れていった。・・・の、だけれど。
「凄い光景・・・」
私はふと空を見上げる。そこには、一見とてもおかしな景色が広がっていた。大量の魔族領の人々が、白い風に包まれて、空を運ばれている。
なんか、シュールだ。
でも、こんなことが出来てしまうのは、やはりメフィルさんの実力の高さだろう。こんなにも大きく、広範囲な魔法を使い続ければ、魔力の消費も激しいはずだ。
それなのに、少しもブレることなく移動している。・・・やっぱり、凄い。
「おい」
「なに?」
「次の村が最後だ。・・・だが、そこは人族領と最も近い場所でもある。気を引き締めろよ」
「・・・わかった」
一応、人族領と魔族領の境目は、それぞれ砦があったり、戦場となっていたりして、簡単に渡れるものではない。
・・・でも、人族側には【転移】という出鱈目な魔法を持つ者がいるらしい。
いつ来るか分からないなんて恐ろしい魔法、常に警戒してないと駄目だろう。勿論、転移以外の外敵も警戒してるけど・・・転移に比べたらまだマシだ。
道中、魔物にも何体か出くわしたが、そこは私が全て倒し・・・たかったが、その内のいくつかはメフィルさんにやられてしまった。
まあ、住民たちが無事だから別にいいんだけど。
◇◇◇
「見えてきたぞ」
しばらく走って、ついに最後の村へと到着する。流石にあれだけの場所を巡ったので、既に日が暮れてしまっていた。
でも、冷静に考えるとたった一日で全て巡ってしまった事の方がおかしいんだけどね。
いつもの流れで、メフィルさんが村長と言葉を交わしたあと、村人たちを魔法で運ぶ。その間、私は特にする事もないので周囲の警戒をしている。
現状、特に魔物や人族の気配はないし、たぶん大丈夫だろう。
「・・・疲れた」
体力的には身体強化のおかげでまだ余裕があるけれど、気分的に疲れた。今日丸一日ずっと動きっぱなしだし。
・・・まあ、私よりメフィルさんの方がずっと大変だろう。
でも、やることも少ないし襲ってくる魔物も歯応えないし、退屈といえば退屈だ。
私は静かに空を見上げる。
もう暗くなった空には、星が輝いている。白く美しく輝く星々を眺め、私はそっと目を閉じる。空気の、そして魔力の流れが、全身に伝わる。
─────その瞬間だった。
何か、おぞましいものがやってくる気配が、唐突に全身を支配した。
「──────っ!?」
身体が震える。心臓が苦しい。・・・動け。動かないと、手遅れになる。
ギイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!
「くっ!?」
「・・・・・へぇ。やるね」
突如現れた”ソレ”の攻撃に対し、私は咄嗟に刀で防御した。
それはあまりにも突然のことで、一瞬何が起きたのか理解できなかった。ただ、頭より先に身体が動いた。そして、遅れて脳の処理が行われる。
白髪の男───人間だ。
いきなり目の前に人間が現れて、私に剣を振るったんだ。
「今のは一撃で行けると思ったんだけどなぁ。残念」
いきなり目の前に人間が現れるのは初めてじゃない。【転移】の力を、私は知っている。
でも今のは何だ? あの時とは・・・転移とは、少し違う気がする。
何者だ、この男。
「おい、何が・・・」
「メフィルさん危ない!!!」
再び魔力の気配が強まる。
私はその正体が何かも分からず、それでも何とかメフィルさんを押し飛ばし、こちらへと迫る”気配”に刀を向けた。
瞬間、またも目の前に現れた男の剣が刀と交わり、凄まじい金属音が鳴り響く。
やっぱり来る前に魔力の気配がする。
たぶんだけどこれは転移でもなんでもなくて・・・ただの、身体強化による移動だ。ただ走ってるだけだ。それなのにこの速さは、異常だ。
こいつは────化け物だ。
「やっぱりこっちにも反応した。てことはよほど魔力感知能力が高いんだね。それに、その耳と仮面・・・君が噂の獣人ちゃんで正解みたいだ」
男は軽薄な笑みを浮かべながら、余裕そうに喋る。噂の獣人? 私のことか? ・・・なら、この男の狙いは・・・私?
「メフィルさん。今すぐ逃げて」
「・・・それは、お前を置いてという意味か?」
「うん。あの男の狙いは、たぶん私だから」
多くは語らずとも、きっとメフィルさんには私の意図が伝わるだろう。
私たちにとって今一番重要なことは、住民たちの安全だ。今、あの化け物の相手をしていれば必ず住民たちに危険が及ぶ。
現に彼はさっき、”私を狙うために”メフィルさんに攻撃した。私がメフィルさんを庇うことを想定して、剣を振るったんだ。
人々を運ぶことが出来るのはメフィルさんだけ。魔法の使えない私が一緒にいたところであまり意味は無い。
それならなぜ私が同行したのか。・・・理由は明白だ。いざってとき、外敵から彼らを守るためだ。
もしあれが普通の魔物とかならば、メフィルさんと一緒に戦えばいいかもしれない。
・・・でも、ダメだ。
あれはダメだ。
全身の細胞の一つ一つがそう叫ぶように、本能的に理解させられる。
あれはきっと・・・魔王様と同等、もしくはそれ以上の存在だ。そしてそれは、メフィルさんにも分かるはずだ。
「早く、逃げて」
「──────必ず、生きて帰れ」
メフィルさんは苦々しい表情を見せ、しかしすぐに真っ直ぐな瞳で私に背を向けた。そして、駆け出す。それに呼応するように、私も男へ向けて駆け出した。
「あれ、君は逃げないのかい?」
「・・・はぁっ!!」
なりふり構っていられない。全身の魔力を熱く巡らせ、今私に出来る最速で剣を振るう。
「お。・・・いい速さだ」
「っ!」
しかし、変わらない余裕の笑みでそれは防がれた。その後も絶え間なく攻撃を加えるが、全て容易くいなされる。
魔王様の模擬戦の時と同じだ。・・・否が応でも感じさせられる、圧倒的なまでの実力の差。
最高幹部に選ばれたとはいえ、他の幹部の人達と比べたら私は、最も弱くて、出来ることも少ない。それは未だ変わらない。
「いいねぇ。・・・でも、ごめんね。今は遊んでやれないんだ」
「かはっ!?」
思い切り腹を蹴られ、吹き飛ばされる。しかし、私はすぐに立ち上がった。
「あれ。結構いいの入ったと思ったんだけど、君痛覚ないの? 面倒だなぁ。早くしないともっと面倒なのが来ちゃうっていうのに」
「・・・うる、さい」
私は弱いから、いつも考えてきた。どうすれば勝てるのかを。
でも、それに比べて今回は簡単だ。難しいことを考える必要もない。だって、今私のすべき事は・・・時間稼ぎ、なんだから。
たとえコイツの狙いが私でも、メフィルさんたちの所へ行かない保証はどこにもない。だから、せめて彼らが遠くまで逃げられるよう時間を稼ぐのが、私の役目だ。
「嫌な目だ。・・・はあ、仕方ない。それじゃあ・・・」
「っ!」
男は剣先を天へ向ける。
────瞬間、周囲の魔力がざわめいた。
何か魔法を放つ気だ。でも、メフィルさんが風の魔法を使った時よりも、ずっと強い魔力の流れを感じる。
「────・・・死なないように、頑張ってね」
剣を振り下ろし、そして────光が、全てを穿った。男の剣先から、青白い光が放たれる。大地を抉り、空を切り、空の星々が霞んでしまうほどの眩さを放つ。
どんな魔法かは分からない。ただ、一つだけ分かるのは・・・それが、死の塊だということだ。
私の足じゃ避けられない。
私の刀じゃ斬れない。
魔力障壁でも防げない。
絶対不可避の、死─────
「────────・・・まだ、だ」
・・・まだ、私の終わりは、ここじゃない。
息を吸う。
天を仰ぐ。
満天の星空を瞳に映し、やがて瞳を閉じて、世界は闇に包まれた。
眼前の光も気にならぬほどに、私の神経は空間全体に広く張り巡らされる。
魔力の流れは全て分かっている。メフィルさんを待っている間に、既に把握した。だから後は・・・それを、我がものにするだけだ。
「─────────【魔力支配】」
音が、消える。
気配が消える。
異様なまでの静けさに、私はゆっくり目を開けた。
・・・そこには、眼前に迫っていた魔法なんてものは、どこにも無かった。




