第32話「風のゆりかご」
叙任式から数時間後。早速、私とメフィルさんは目的地の一つである村を目指して駆けている。
あれから魔王様の指示で、私たちは東の方へと向かうことになった。東・・・最も近い人族の国は、リーノフェルト王国というところらしい。そこは、私が二年間奴隷として暮らしていた国でもある。
そのこともあって、魔王様にはそこで人間を見つけても直ぐに斬り掛かるな、今回の目的は住民の避難だから住民の安心と安全のためにも戦闘は可能な限り避けろ、と口酸っぱく言われた。
確かに今でも人間は嫌いだし、見たら斬りたくなるけれど、流石に魔王様の指示を無下にしてまで襲いかかったりはしない。
今の私の人生は、魔王様第一なんだ。
「おい」
「・・・何?」
「カゲハ、と言ったか。貴様、今回の作戦の概要は理解しているだろうな?」
「うん」
私だってそれくらいちゃんと覚えてる。何せ、事前に魔王様に説明してもらったんだし。忘れるわけない。
まず、私たちは各地に点在している村や集落までいく。住人たちには事前に情報が通達されているらしいので、準備は済ませているはずだ。
この世界の科学は私たちの世界ほど進んでいないけれど、代わりに魔力を利用した魔道具が発達しているらしく、情報伝達は速いらしい。
それから住人たちを集めて、避難させる。そして肝心の避難方法だけれど・・・
「・・・俺の魔法を使う。それは他の奴らも同じだ。だが、貴様は魔法を使えないのだろう? ならば、今回の貴様の仕事は周囲の警戒と住民の護衛だ」
「・・・うん」
「もし何かあれば必ず俺に報告をしろ。勝手な行動はするなよ」
・・・さっきからああしろこうしろって煩いなぁ。私、魔王様以外の命令なんて聞きたくないんだけど・・・
「─────ん?」
微かに聞こえる振動音に狐の耳がピクリと動く。そして、肌に感じるこの特有の魔力の流れ・・・間違いない。
魔物だ。
魔物が来る。
魔王様には人間にすぐに斬りかかるなと言われたけれど・・・魔物ならば問題ないだろう。
「おい、何を────っ!?」
メフィルさんの静止を聞く前に、私は飛び出した。私の仕事が住民の安全を守ることなら、魔物は退治しないといけない。
だけど、ここ最近はずっとおじいちゃんの家で勉強やら鍛錬やらで実戦は全然出来てなかったから、早めに慣らしておきたい。
「ははっ」
私の察知した通り、大きな魔物が思い切り横から現れてきた。・・・蛇か。大きいけど魔力量は大したことないな。
眼前の大蛇に向かって駆けながら、私は腰の刀を抜く。魔力操作によって強化された足で跳躍し、大蛇の頭上に到達する。体を捻り、狙いを定め、そして───刀を振り下ろす。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
頭部から尾まで、蛇の背筋を流れるように斬り裂き、両断する。蛇の断末魔が辺りに響き、血が大量に噴き出した。
私は血のついた刃を振るって血を飛ばし、鞘に収める。
「・・・うん。動ける」
良かった。感覚が鈍ったりはしていないみたいだ。
「おい!」
「・・・ん?」
私がほっと息をついていると、メフィルさんが凄い形相でこちらへと駆け寄ってきた。
もしかして怒ってるのかな? なんでだろう? 私何か悪いことしたっけ?
「どうしたの」
「どうしたのではない! 勝手な行動はするなと先程言ったばかりだろうが!!」
「でも、魔物倒せたよ?」
「そういう話ではない! いいか? 協調性というものを覚えろ。協調性の欠落した者は、集団行動において他者を危険に晒すぞ」
「・・・でも、メフィルさんは大丈夫でしょ?」
「当たり前だ。だが、これはそういう話でもない!」
「ちがうの?」
だって彼は最高幹部。別に私が勝手な行動をしたところで危険な目に遭うことはそうそう無いだろし、問題ない気がするけど。
それに、魔物倒せたんだし別に良くない?
「・・・はあ。コイツも同じようなタイプか」
「?」
首を傾げる私に、メフィルさんは呆れたように溜息をついた。
「・・・まあいい。そろそろ着くぞ」
「ん」
何かを諦めたのか、メフィルさんは再び目的地へと向かって走り出した。私もその後を追う。
ちなみに、走るとは言っても、二人とも身体強化によって相当な速度で駆け抜けている。分かりやすくいえば、新幹線くらいの速さだろうか。
そうして数分後、ついに一つ目の村に着いた。
「メフィル様! ・・・と、そちらは、新たな幹部様ですか?」
「ああ。それより、既に準備は出来ているな?」
「は、はい」
恐らく村の代表者であろう男性がメフィルさんと言葉を交わす。そして、ちらりと私を見た。
どうやらこの村長さんは私のことを知っているらしい。まあ、さっきも言った通り情報伝達技術は決して低くはないから、他の人たちと比べて知れ渡っていないだけで、完全に私のことは知られていないわけではないのかな。
「おい。何をぼーっとしている。すぐに移動するぞ。のんびりしている時間はない」
「知ってる。今行く」
村長さんに案内され、私たちは村の広場のような所へ足を運ぶ。そこには、百人近くの村人たちが荷物をまとめて集合していた。
彼らの多くは、獣人族だ。ふと、皆がどこか曇った表情を浮かべていることに気がついた。
それもそのはずだ。突然故郷を去って引っ越せだなんて、嫌だろうし、不安も多いだろう。
「事前に通達されているだろうが、これよりお前らを中央都市まで連れていく。突然の事態で混乱しているかもしれないだろう。不安も不満もあるだろう」
淡々としたメフィルさんの言葉に、人々は顔をさらに俯かせる。
「・・・だが、これだけは言っておく」
しかし、その力強い声音に、彼らの瞳が揺れた。
「お前らは我ら魔王軍が責任をもって守り、そして最後まで絶対に、安全に送り届けると約束しよう。だから・・・安心して着いてこい」
メフィルさんはいつも通り堂々とした様子で村人たちに告げる。その憮然とした態度は、強者の余裕のようにも感じられてしまう。
その姿に、村人たちも先程までの不安げな表情から、どこか安心したように見える。
「《風剣天魔》様だー!」
「隣の女の子は・・・部下の人かな?」
「あれじゃない? 新しく最高幹部になったっていう・・・」
「七人目の?」
本物の最高幹部を目にしたからか、村人たちはやや興奮気味だ。《風剣天魔》というのは、メフィルさんの呼び名のことだろう。
最高幹部は、魔王様によって二つ名を授かる。それはその者の強さを象徴するものなのだとか。おじいちゃんは確か《業火焔龍》だったはず。
一応私もこの前魔王様からもらったけれど、予想通り、知られてはいないみたいだ。
「それでは早速移動するぞ。────天魔法【揺籠】」
メフィルさんは右手を掲げる。
瞬間、魔力がざわめき、揺らぎ、そして静かに風を巻き起こした。それはそよ風のように優しく、春風のように暖かく、人々を包み込んでいく。
村人たちがふわりと浮いて、目に見えない風のゆりかごに腰を下ろした。
「・・・すごい」
これが、魔法。
やっぱり何度見ても凄い力だ。風を操る魔法で、こんなことが出来てしまうだなんて。もはや何でもありのように思えてくる。
しかも、ただ持ち上げただけじゃない。魔力感知によって魔法の構造も大体わかる。
これは、とても優しい魔法だ。
この魔法は移動手段であると同時に、風の壁が人々を守る盾でもある。さらには、中の人たちに振動がいかないような配慮までされている。馬車なんかよりよっぽど快適だろう。
「寝心地良さそう・・・」
「何を腑抜けたことを言っているんだ」
メフィルさんは溜息をついたあと、ずれた眼鏡をカチャリと直す。そして、真っ直ぐな瞳で前を向いた。
「さあ、次へ行くぞ」




