勇者編3「苦悩と会議」
[SIDE:翔斗]
その少女に出会ったのは、まだ俺も少女も幼い頃だった。
誰もが少女の愛らしい容姿に目を留めて、そして少女の儚げな魅力に惹き付けられた。いつも眠そうにしていて、ぼんやりしていて、簡単に壊れてしまうんじゃないかと思うほど、繊細な少女だった。
俺はその少女と話がしたくて、何度か声をかけていた。それ以来、彼女とはよく喋るようになった。そんな中、俺はふと『どうしていつも眠そうにしているの?』と尋ねたことがある。
『私、眠るのが好きなの』
少女はそう答えた。俺は、少し不思議だった。俺は友達と一緒に駆け回ったりするのが好きで、眠ることを楽しいとか嬉しいとか考えたことなんてなかった。
『どうして?』
俺は純粋にその事が疑問で、また尋ねた。
『眠るとね、こことは違うところに行けるの』
『違うところ? 夢のこと?』
『うん。だけど、それだけじゃない。嫌なこととか、悲しいこととか、そんなものがないところに行けるの。そこはね、楽しい夢なんかでもなくて、何もない、真っ暗なところなの』
当時の俺には、少女が何を言っているのか分からなかった。今だって、全部を理解したとはいえない。けれど、少しは分かるようになった。
少女はきっと、現実から逃げたかったんだろう。辛い現実から、目を背けたかったんだろう。
「・・・現実、か」
その少女のことを思い出しながら、俺は今の自分を見つめ直す。一番現実から目を背けていたのは、俺の方だ。彼女みたいに眠るのではなく、ちゃんと起きていたのに、目を閉じていた。
「何やってんだ、俺は」
俺は戦場で、とある獣人の少女に負けた。だけど俺は生きている。どういう訳かは分からないけど、俺は彼女とその彼女を連れていったもう一人の少女に、見逃されたんだ。
たぶん、彼女らの実力は俺よりずっと強い。
「・・・俺って、弱いな」
自室で一人、俺は呟いた。
俺、桐島翔斗の人生は、順風満帆だったはずだ。友達と毎日仲良くしていたし、・・・好きな幼馴染の女の子とも、よく話していた。楽しい毎日だった。
だけど一転、異世界に来たことによりその日常は奪われた。大切な人の笑顔を、失ってしまった。
それでも俺は諦めずに努力して、強くなったつもりだった。
でも、ダメだった。まだまだ俺は弱い。皆の前で、いつか唯葉たちを救うなんて言っておきながら、このザマだ。
それに、弱いのは力だけじゃない。
『その魔族だって、普通に生きてたんだよ?』
俺が戦場に出たのは、別にあれが初めてじゃない。何回も、魔族を殺したことがある。だけど俺は、不思議と罪悪感に囚われることはなかった。
異世界なんて場所で、相手は人外である魔族、無意識のうちにゲームで敵を倒すような感覚になっていたのかもしれない。
今まで俺が殺してきた魔族にも、家族がいて、家庭があって、日々の生活があった。そう考えると、途端に自分が醜悪な人間なのだと思えてくる。
勿論、これは戦争なのだ。たとえそれでも敵を殺すことはある。
・・・だけど、俺は彼らを一つの”命”と認識していなかった。その事が、酷く恐ろしい。そして、何よりも・・・
『お前ら、人間のせいじゃないか! お前らがいつもいつも私から奪うから!』
切実な、今にも擦り切れてしまいそうな、少女の声が脳裏に響く。
『本当は、私だって───────』
あの後、彼女はなんて言おうとしたのだろうか。それを思うと、俺はなんて無神経で、酷い事を言ったのだろう。
・・・確かに、彼女は敵だ。同情なんてするべきじゃない。だけど、だけど・・・
「翔斗。ちょっといい?」
「あ、ああ」
聞き覚えのある声が聞こえ、俺は顔を上げた。扉を開いて部屋に入ってきたのは、俺のクラスメイトであり、幼馴染の折宮花乃だ。
今日はなんだか、顔がやつれているな。
「花乃。どうしたんだ? 具合悪そうだけど」
「え? ああ・・・。ちょっとね・・・」
花乃は、軽く事情を説明してくれた。
少し前に、人族の兵士が魔族の村人を殺している姿を、その目で見たらしい。それが酷く恐ろしくて、怖くなってしまったのだとか。
それ以来、ずっと体調が優れないようだ。
とても辛そうだ。普段の俺なら、励ましの言葉なんかをかけるかもしれない。だけど、俺にそんな資格なんてない。
だって、俺は魔族を殺している側の人間なのだから。
「まあ、気にしないでよ。それより、翔斗は大丈夫なの?」
「え? ああ。ちょっと疲れてるだけだよ」
「しっかりしてよねー。この後の会議、クラスのみんなも集まる事になってるから、遅れないでね」
「わかった」
無理やり作った明るい声で、花乃は告げる。
・・・昔は、そんな風に笑う人じゃなかった。唯葉が、影宮唯葉がいたあの頃にまた戻れたなら・・・なんて、そんなこと考えても意味なんてないのに。
連絡事項を告げると、花乃は早々に部屋を出た。部屋にはまた俺一人だけとなり、静けさが蘇った。
・・・これだけ静かだと、またネガティブなことを延々と考えてしまう。みんなを待たせてもいけないし、早く行こう。
そう思って、俺は立ち上がった。
◇◇◇
人族同盟。
それは、対魔族のために人族の国々が、人族の勝利のために集まった同盟だ。
武器や防具の生産と輸出入が世界一である商業国家《イルアキナ共和国》、圧倒的な武力を誇る《ヴィクシドア帝国》、世界最高峰の魔法大国《シルファス聖王国》、そして、俺たち勇者の召喚に成功した《リーノフェルト王国》。
この四国が人族同盟の主要国家だ。
しかし、別にこれらの国は特別仲が良いという訳じゃない。というより、むしろその逆。対魔族戦争のために仕方なく同盟を組んだだけで、それまでは人族同士で戦争をしていたくらいだ。
「王国の兵士が魔族一人によって大量に討たれたそうじゃないか」
「帝国の方も、魔族の、それも幹部の侵入を許したと聞きましたが?」
・・・だから、この人族同盟の会議も、マウントの取り合いや責任の押し付け合いが酷くって、正直参加したくない。
それでも俺らは王国の誇る勇者、舐められないためにも後ろで控えてなきゃいけないらしい。まあ、他の国も騎士とか引き連れてるしな。
(なあ、これいつまで続くの?)
(静かにしてろ)
隣に立っていた関口竜之介が耳元で話しかけてくる。しかし、私語なんてバレたら余計面倒なことになる。
普段はこのうるさい竜之介は、雄也が諌めてくれてたんだけどな。アイツも唯葉同様、行方が分かっていない。
「────あのさー。そういうどうでもいい言い合いは時間の無駄だしやめない?」
その時、険悪な空気を断ち切る脳天気な声が響いた。誰だ? うちのクラスメイトの声ではないぞ?
「・・・何だと?」
「ちょっと。図星だからって睨まないでよ。どうせこの場にいる誰も、俺には勝てないんだからさ」
その声の主は、ニコリと軽薄な笑みを浮かべる。
しかし、それに反論できる者は一人もいない。なぜなら、その言葉通り彼より強い者なんてこの場に・・・いや、人族には一人もいないのだから。
さらさらとした純白の髪と、宝石のような青い瞳。容姿端麗で高身長とまるでモデルのようなその男は、共和国の抱える世界最強の男、レイス・ミクシードだ。
尤も、かくいう共和国もその手網は握れていないようだけれど。
「今話すべきことは一つでしょ。どうすれば魔族を皆殺しに出来るのか」
皆殺し。
そのあまりにも直接的な表現に、俺は思わず肩を震わせた。視線をズラすと、花乃は目に見えて具合が悪そうにしていた。
「王国の軍に被害を与えたっていう獣人、魔法みたいな技使ったんでしょ? 獣人なのに。どういう原理かは分からないけど、それってヤバいでしょ。魔族の人口の多くは獣人だ。だから兵士も獣人が多い。だから魔力主体の戦争において俺らは有利だった。けど、もし魔族が獣人でも魔法を使える術を見つけていたとしたら─────負けるよ、俺ら」
話し方こそ軽いけれど、彼の言うことは全て的を射ている。核心をついているからこそ、誰も反論できない。
だけどそれ以上に、彼の言葉には何故だか引き付けられる。
「だからさ、これから皆で話し合おうよ。噂の獣人ちゃんを、捕まえる作戦。もしくは・・・殺す作戦を、ね?」
再びニコリと笑うその青年が、俺にはなんだか・・・とても恐ろしく感じた。




