第30話「カゲハの叙任式」
おじいちゃんの屋敷に住むようになって、もう二週間が経過した。
その間、魔王様とは会えていない。それは凄く辛いけれど、おじいちゃんや屋敷の使用人の人がとても親切に接してくれるからか、自然と寂しいという感情はそこまで強くならなかった。
・・・けど。
「やあ、カゲハ。久しぶり」
「魔王様!」
屋敷に魔王様が訪れた瞬間、私は弾けるような幸福に包まれた。
そこまで強くならなかったとはいえ、魔王様に会えない寂しさがあることに変わりはないのだ。だって、魔王様は私の全てだから。本当は片時もその傍から離れたくない。
取り敢えず、今は魔王様に抱きつく。
「しばらく顔を見せられなくてすまないな」
「そんなことないです。今こうして会えるだけで・・・」
「それは良かった」
魔王様は優しく私の頭を撫でる。頭から伝わってくる手の感触や温もりが心地好い。
しかし、私は少しして離れた。たぶん、魔王様は何か用があったから来たんだと思う。ならまずはそれを聞かなくちゃ。
「さて、早速だがカゲハ。君にはこれから城に来てもらう」
「お城?」
「ああ。今日はこれから、カゲハが最高幹部となる叙任式を行う予定だ。各隊の隊長や他の最高幹部も参列するぞ」
「他の幹部・・・」
・・・それって、またレイヴンさんに会えるってこと?
「ふふ。アイツの驚く顔が目に浮かぶな・・・」
「?」
なんだか魔王様、悪い顔だ。
◇◇◇
あの後すぐにおじいちゃんを呼び、私たちは馬車へと乗り込んだ。
魔王様はこの国の都市の中央にあり、この屋敷は都市の郊外に建てられているので、少し時間がかかる。まあ、おじいちゃんは空を飛べるから簡単に行き来できるらしいけど。
「それで、カゲハはこの二週間どんな風に過ごしていたんだ?」
馬車の中で、魔王様に質問を投げかけられる。
「おじいちゃんに色々教わってました。文字とか、この世界の歴史や地理についてとか。あと、戦闘の稽古もつけてもらいました」
「いやはや、カゲハは教え甲斐ある子じゃよ」
私はまだ、この世界について知らないことが多い。
召喚の効果なのか言語は理解できたけど、文字の方はさっぱりだったから、本当に教えてもらって助かった。
他にも色んなことを学べたし、そして何より魔王軍最強であるおじいちゃんに稽古をつけてもらえたのは良い経験だった。
感謝してもしきれない。
「元気にやっているようで良かった。本当は私も何度か顔を出したかったが、勇者の件もあって最近は色々と忙しいからな・・・」
「勇者・・・」
そうだ。私が屋敷で勉強をしている間にも戦争は続いているんだ。
やっぱり私は、戦場で戦って魔王様の役に立ちたい。でも、その為には勇者たちを殺さなければならない。
勇者・・・つまりはかつてのクラスメイトたちだ。
私は、殺せるだろうか。
以前は憎悪で頭がいっぱいで、彼らでも躊躇なく殺そうと思っていた。・・・でも、本当は迷っていたんだ。
あの時翔斗に全然攻撃が当たらなかったのも、たぶんその迷いが無意識のうちに刃を鈍らせていたんだろう。
でも私は、魔王様の力になれるなら、たとえ花乃たちでも・・・
「ほら、そろそろ着くぞ」
「は、はい」
不意に声をかけられ、思考を中断する。
顔を上げると、窓の外には魔王城が見えた。それから少しして到着し、私は二人と一緒に城門から中へと入っていった。
既に玉座の間にて兵士や他の幹部の人たちが集まっているらしい。そしついにその部屋の前まで来て、私は深く息を吸った。
「はあ・・・」
「緊張しておるのか?」
「・・・ちょっとだけ。でも大丈夫」
魔王様が先に入り、おじいちゃんは緊張している私のために直前まで一緒にいてくれている。
「取り敢えず『光栄の至り』とか言っておけば大丈夫じゃよ」
「・・・わかった」
いつも通りのゆったりとした声音でおじいちゃんはそう言う。そして、一足先に扉の向こうへと行った。それから私はもう一度深呼吸して、そしてゆっくりとその扉に手をかけた。
微かな木の擦れる音とドアノブの金属音が、静寂に響き渡る。中に入ると、そこはとても広い空間が広がっていた。天井も高く、奥も広い。正面には魔王様の座っている玉座があり、そこへ目掛けて赤色の絨毯が真っ直ぐ敷かれている。
そしてその絨毯を挟んだ両脇には、何人もの兵士が並んでいた。その全員が、私を見ている。
人間の街にずっといたからだろうか。あれ以来私は、他人の視線に敏感になった。
少し、怖くもなった。
今も私に集中する懐疑的な視線が気になって仕方がない。・・・でも、もう恐れる必要はないんだ。私はもう惨めな奴隷じゃない。この軍の、最高幹部なんだ。
だから堂々と胸を張って歩け、私。
「・・・カゲハ?」
ふと、小さな呟きが耳に届いた。
その方へ視線だけを向けてみると、そこには私のよく知る鬼人の男性───レイヴンさんがいた。まるで幽霊でも見たかのような顔でこちらを見ている。
・・・やっぱり魔王様、私のことちゃんと話してなかったんだ。
そんなことを考えながら、私は魔王様の元へと歩み、そして跪いた。それから事前の打ち合わせ通りに事は進み、おじいちゃんに教えてもらった言葉を返す。
その時だった。突然、レイヴンさんが泣きながら叫び出した。
「れ、レイヴンさん・・・!?」
「カゲハあああああああああああああああああああっ!!!」
「わわっ!?」
そして、両腕を広げながら物凄い勢いでこちらへと駆け寄ってくる。
「ひゃっ」
「ぬごっ!?」
こちらへ迫ってきた瞬間、私は身を翻して彼の突進を避けた。勢いをつけすぎたせいか、レイヴンさんはそのまま壁へと突っ込んでいった。
レイヴンさんの謎の奇行に言葉を失いつつも、私はちらりと魔王様の方を見る。なんか、凄く楽しそうにお腹抱えて笑ってる。
「レイヴン貴様! 魔王様の御前だぞ!」
「ほっほー。愉快じゃのぅ〜」
「け、怪我はないですか!?」
「レイくんは本当に何をやっているんだ・・・」
「何今の!? 新しい遊びか何かか!? オレも混ぜてくれよ〜!」
すると、列の中からおじいちゃん含めた五人の人達が声を上げながら前へと出てきた。
この人たち・・・明らかに他の兵士たちとは見た目も雰囲気も、そして魔力も違う。もしかして、この人たちが他の最高幹部の方だろうか。
「まあまあメフィル。そう怒るなって」
「ですが!」
「むしろ私はこの光景が見たかったんだ。というかレイヴン、大丈夫か?」
「むしろ、最高の気分だ!!」
「それは良かった」
叙任式の神妙な空気は一瞬にして壊れてしまった。それどころか、最高幹部の人たちを中心に、他の兵士たちの空気も和らいだようだ。さっきまでのような緊張感は薄い。
そんなことを感じてると、今度はいきなり兎の耳の生えた女性がこちらへと距離を詰めてきた。
「君、狐人族だよね!? 私は兎人族のルナ! よろしくね! いやぁ、まさか新しい最高幹部が獣人の、しかも女の子だとは思わなかったよ! 軍の上層部には獣人も女子も少ないからね嬉しいなぁ! それにしても君はどうして最高幹部に選ばれたの? 腰に刀あるし、私みたいな非戦闘員じゃなくてちゃんとした戦闘員なんだよね? どうやって戦うんだい? 獣人だから魔法は使えないだろうけど、もしかして剣術の達人、みたいな? それとも私と”同じ”ような感じかな!? 気になるな〜」
「えっ、と・・・」
な、なんなんだこの人。物凄い勢いで顔を近づけられ、そして早口で捲し立てられてしまった。
「オレも真似するぜ! ひゃっほーい!」
「おいシグラス煩いぞ! ここは神聖なる玉座の間であって、そのような馬鹿げたことをしていい場所では・・・」
「ほっほっほ。楽しくてよいではないか」
「わ、わわわ! お、お二人とも大丈夫ですか!? し、死なないでください!!」
「安心しろセイラ! 俺はこの程度では死なんぞ!!」
兎の女性から目を逸らすと、他の最高幹部の方たちも各々自由に騒いでいた。最高幹部っていうから何となく厳粛なイメージがあったけれど、レイヴンさんといいおじいちゃんといい、他の人たちも・・・変な人ばかりだ。
もしかして私、凄く面倒なところに来てしまったのでは?
「あはは! やっぱり第一軍はこうでなくちゃな。・・・さて、カゲハ。ようこそ私の第一軍へ」
混乱する私に、魔王様は満足そうな笑みを浮かべる。どうやら私の反応も楽しみにしていたらしい。
・・・私、これから大丈夫だろうか。




