第29話「暑苦しい人」
[SIDE:レイヴン]
先週、魔族領にとある一大ニュースが広まった。
なんでも、一週間後・・・つまりは今日、俺の所属する第一軍に新人が入ってくるらしい。一応既に軍には所属しており、戦場にも出たことがあるそうだが、その正体が何なのかは不明のままだ。
魔王様がいきなり新人を連れてくることは、そう珍しい事ではない。
これまであまり目立っていなかった者の才能を見抜き、第一軍に入れることでその才能を開花させた事だってあった。
だが、ほとんど情報がないというのは疑問だ。
そして俺は、その謎の新人の叙任式に参列するために魔王城へと赴いていた。
「よお、レイヴン!」
「────おお。シグラスか」
城内を歩いていると、後ろから肩を叩かれる。
そこにいたのは、俺と同じ第一軍所属の吸血鬼、シグラス・ヴァントだった。こうして顔を合わせるのは久しぶりかもしれないな。
「なあ、お前聞いたかよ?」
「何がだ?」
「新人の話だよ! なんでも、初日に単独で人間何百人も殺しまくったらしいぜ。しかも笑いながら! 最っ高だろ!? なんか仲良くなれそうな気がするんだよなー」
何百人も、か。一体どんなヤツなのやら。
今の話を聞く限り、シグラスみたいな戦闘狂なのか? 強いヤツなら一度手合わせしてみたいが・・・今は、あんまそういう気分にもならないな。
「やっほー、レイくん。久しぶり。って、何だか今日は元気ないね」
「会うなり鋭いなお前は・・・」
シグラスと並んで歩いていると、もう一人の最高幹部と会った。
ルナ・メタリル、兎の獣人だ。普段は研究室にこもっているので、コイツとはシグラス以上に久しぶりかもしれない。
「鋭いも何も、いつも馬鹿みたいに暑苦しい君がそんなに静かだったら、そこの馬鹿吸血鬼を除いてほとんどの者は気付くさ」
「あっ。言われてみれば今日のレイヴン静かだな!」
ルナの指摘で、シグラスも今更ながら気がついたらしい。俺って、そんなに分かりやすいのか?
まあ、隠し事が得意ってわけじゃないしな。
「・・・気にする必要ねぇよ」
「えぇ〜。そう言われると気になるな〜」
「行くぞ」
「つれないな〜」
俺は特に事情を説明せず、歩みを進めた。
隠したい訳じゃないんだが、気分の良い話でもないしな。
数ヶ月前、俺はある獣人の少女と人族領で出会った。彼女は元奴隷だといい、主人を殺して逃げてきたらしい。そんな彼女を俺は魔族領まで連れていき、リルノ村という獣人の村に預けた。
しかし・・・その村は滅ぼされた。人間によって。
どうやら敵の勇者とやらの持つ【転移】という魔法が原因らしい。そのせいで、彼女の居場所は失われた。
事の詳しい顛末は、なぜだか魔王様はあまり詳しく教えてくれなかったが、彼女だけは無事だったのだという。
しばらく魔王様がその子を引き受けると言っていた。そして、会いたければいつでも会って良いとも言っていただいた。だが・・・俺は合わせる顔がなかった。
彼女に会って、俺はなんて言えばいい?
俺があの村に彼女を預けたから、彼女は不幸な目に遭った。しかし、それをしなければ良かったともいえない。彼女とあの村の人達とが築いた関係まで否定したくはない。
ごめんとも、生きていて良かったとも、言える気がしなかった。言う勇気がなかった。
結局そのまま、俺は彼女と会っていない。
ルナに元気がないと言われたのは、そのことをずっと考えてしまっているからだろう。
「・・・しっかりしないとな」
たとえ俺が何を考えていようと、この後は新人の叙任式が行われる。こんな気持ちでいてはいけないだろう。気を引き締めなければ。
「ふぅ、やっとついた〜」
扉を前に足を止めて、隣でルナが息を切らしていた。城内を歩いていただけなんだが・・・余程運動不足なのだろう。
俺たちがやってきたここは、この城の玉座の間。その扉の前だ。
そして俺は、ゆっくりとその扉を開いた。
「遅いぞ、貴様ら」
「あっ。み、みなさん。お久しぶりです・・・」
「おー! 二人とも久しぶりだねー!」
中には既に二人いた。
イラついた様子でこちらを睨んできてる眼鏡をかけた男は、吸血鬼のメフィル・ヴァーデン。
もじもじと小さな声で挨拶をしてきたエルフの少女はセイラ・ニールノリアだ。
二人とも、俺と同じ第一軍所属である。
「なあ! 新人まだ!? まだ!?」
「シグラス黙れ。ここは魔王様の玉座の間だぞ」
「どんなヤツかな〜? なあ、種族なんだと思う!?」
「だから静かにしろ!!」
「あれ、オル爺もまだなんだね」
「お、オルヴァさんが遅いのは、い、いつも通りな気がしますけど・・・」
会うなり騒ぎ出す第一軍の面々。コイツらはいつも通り元気そうで何よりだ。
そう思った瞬間、響いていた喧騒が消え去る。
その場にいた全員がその”気配”に気が付き、その場に跪いた。
一人の少女が入ってきた。漆黒の髪と角、鋭く光る赤い瞳。その堂々たる佇まいに、周囲の騎士たちは当然のこと、我ら最高幹部さえも躊躇なく頭を垂れる。何故ならその少女は───我らが主、魔王様だからだ。
魔王様はゆっくりと歩き、そして玉座に腰を下ろした。
「面を上げよ。────久しいな、お前ら」
魔王様の声が和らぎ、空気を潰すような圧も消え去った。俺たちは静かに顔を上げ、その視線を彼女に集中させる。
「さて、早速だが叙任式を始めようか。入れ」
魔王様が告げる。それとほぼ同時に、扉が開いた。新たな最高幹部とは一体どのような者なのか、全員の意識が今度はその扉へと向かった。
息を飲む。
そしてゆっくりと人影が現れた。
「おっと、言っておくが儂ではないぞ?」
・・・現れたのは、オルヴァの爺さんだった。
予想外の人物の登場に、その場にいた誰もが肩を落としたことだろう。まったく、相変わらずマイペースな爺さんだ。
爺さんは駆け足で俺らの元まで来て、しれっと列に並んだ。全員が落胆の色を示していたその時、再び扉が開いた。
「───────嘘、だろ?」
ようやく現れたその人物に、俺は絶句した。
俺以外の奴らも衝撃を受けていたようだが、きっと俺程ではないだろう。
入ってきたのは、少女だった。真っ白な毛並みの狐の獣人だった。その少女は、着物のような装束を身にまとい、腰には刀を提げている。顔は仮面を付けているため分からないが・・・俺には、すぐに分かった。
「・・・カゲハ?」
その少女は、俺がこの地へと連れてきた少女───カゲハだった。
俺はほんの数秒彼女の姿を目に映しながら思考停止し、すぐに魔王様の方を見た。魔王様は悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべながら、俺を見ていた。
まさか、新人の情報が伏せられていたのは、俺の驚いた反応を見たいがためか? ・・・やりかねない。この方ならそんなこともやりかねない。
「カゲハ・レングウ。君に、魔王軍第一軍────最高幹部の地位を与えよう」
レングウ? 爺さんと同じ苗字だ。まさか親族だったのか?
・・・いや、今はそんなことどうでもいいか。今、こうしてこの場にいる彼女の姿を見て、俺の胸の中にあった靄が一気に晴れてしまった。
「・・・光栄の至り」
その声音は、以前会った時とは違い・・・迷いや弱々しさがないように思えた。
何故カゲハが最高幹部に選ばれたのかは分からないが・・・それでもきっと、あの絶望的な状況から、頑張ってきたんだろう。ここまで、駆け抜けてきたんだろう。
そう考えた瞬間────
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
思わず、俺は涙を流しながら叫んでいた。
「・・・うわー。暑苦しい人が復活しちゃったよ・・・」
隣でルナが何やら呟いていたが、俺の耳には入らない。
「れ、レイヴンさん・・・!?」
「カゲハああああああああああああああああああっ!!!」
「わわっ!?」
良かった。
カゲハとまた会えて、本当に良かった。




