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狐のあくび  作者: はしご
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第2話「惨めな奴隷」

残酷な描写が増えてきます。お気を付けください。


「ん、っ・・・」


 目を覚ますと身体が重たかった。気分が悪いせいもあるけれど、それ以上に物理的に重かった。視線を落とすと、私の首と手足に枷のようなものが着いており、それらは鎖で繋がれていた。


「・・・なに、これ?」


 服装も変わっている。制服もその上に着ていたカーディガンもなくなって、ボロい布切れを上から被ったような、粗末なモノになっていた。


 そして、顔を上げれば、すぐ近くに見えるのは鉄格子。やがて私は全ての状況を理解した。


 私は、檻の中で拘束されているんだ。でも、どうして? 記憶を辿り、すぐに思い出したのは、あの謎の兵士たちだ。彼らは私を獣人と呼び、そのうちの一人が掌を向けてきて、私は意識を失った。


 試しに体を見てみると、尻尾はきちんと生えている。やっぱりあれは夢じゃない。


「どう、なってるの? 何が起こってるの?」


 頭の中を巡るのは、ただひたすらに疑問。なぜ私は教室からあんな所に移動していたのか。なぜ私は獣人とやらになったのか。なぜ私はあんな目を向けられたのか。なぜ私はこんな檻に入れられているのか。


 疑問は無数に生まれる。しかし、それらに懇切丁寧に答えてくれるような人はいない。ただひたすらに不安と孤独が私を襲う。


「・・・お、目が覚めたのか」


 しばらくすると、一人の男性がやってきた。彼もまた、私の知らない言語を喋っている。なのに、ちゃんと聞き取れてしまう。不思議だ。


 彼は鋭い目付きで、檻の外から私を見下した。助け・・・のようには、到底思えなかった。


「まず、お前の立場を教えてやる。お前はこの店で売られる奴隷だ」


 ・・・え? 今、この人、なんて言った?


「あ、あの」

「誰が喋っていいっつった?」


 パチン、と男は指を鳴らした。瞬間─────


「う、ああああああああああああああああっ!!?」


 感じたこともないような、激痛が全身に走った。


 痛い。


 痛い痛い痛い痛いっ!?


 なに、これ。何が起きたの? 彼が指を鳴らしただけで、異常なまでの激痛に襲われた。


「いいか? お前は奴隷だ。主人の命令にのみ従う、名前も権利も価値もねぇゴミクズだ。主人の許可がなければ何をすることを許されねぇんだよ。そして、今は店主である俺がお前の主人だ。俺の許可なく喋るな。動くな。何もするな。わかったか?」


 低く、鋭い声が私の心に突き刺さる。


 奴隷って、私が? もしかして、さっきの激痛は、彼の許可無く喋ったから起きたの?


「な、なんで・・・っ」

「だから喋るなっつったろ」

「ぐぅ、いやあああああああああああああああああっ!」


 また、激痛に襲われる。痛い。痛くて痛くて、どうにかなりそうだ。なんで、どうして私がこんな目に遭わなくちゃならないの? 何も、悪いことなんてしてないのに。


「う、うぅ・・・」


 自然と涙が零れる。しかし、


「誰が泣いていいって言ったか? あぁ?」

「ぐああああああああああああああああっっ!!」


 男はそれを許さない。さらに痛みが走った。まるで肌を切られ、肉を削がれ、ありとあらゆる内臓をぐちゃぐちゃに潰されたような、鋭く鈍い痛みが延々と全身に蔓延する。


 痛い。


 苦しい。


 喋ってはならない。泣いてもいけない。それなのに、涙は止まらず、嗚咽は漏れる。その度に痛みが私を襲う。苦しければ苦しいほど息は荒れ、声は漏れる。だから、また痛みに襲われる。


 ・・・訳が分からない。今にでも泣き叫びたい気分だ。だけど出来ない。そんな事をする勇気は、私にはない。


 あれから、どれくらい経ったか分からない。ほんの数分のような気もするし、数時間のような気もする。私はようやく、涙も声も、全てを押し殺すことが出来た。


「ハッ。ようやく黙りやがったか。だが、安心しな。お前はなかなかの上玉だからな、よっぽどの事がねぇ限り、今後は傷つけたりはしねぇよ。ただ、もし俺の癇に障るような事してみろ? こんなもんじゃねぇ地獄を味わせてやるからな?」


 恐怖が、全てを飲み込んだ。私は石像のように、動かず震えを抑えた。


「それでいい。よし、コイツが今日の飯だ」


 出されたのは、ぐちゃぐちゃになった料理だった。これを料理と呼んで良いのかも分からない。おそらく残飯か何かだろう。そしてもう一つ、水の入った皿が置かれる。


 そうして男は、「食え」とだけ言って、すぐに去っていった。


 まさか、これを食べろっていうの? そんなこと、出来るわけない。でも、そんな私の意思とは反対にお腹はもう限界だ。


「・・・っ」


 顔を近づけると、嫌な臭いが鼻を刺した。こんなモノを、食べなくちゃいけないのか。けれど、もう我慢できない。私は口を近づける。手足は拘束されているので、直接食べるしかない。口元が汚れるが、気にしていられない。


 味も臭いも酷いけれど、私は込み上げてくる吐き気を抑えて必死に食べた。そして次に、水に顔を突っ込み、喉を潤す。


 まるで、餌を出されたペットみたいだ。到底人が口にしていいものじゃない。だけど、彼はこう言っていた。名前も権利も価値もないゴミクズ、と。今の私は、人間どころか生き物ですらないのかもしれない。


 ─────ただの、惨めな奴隷だ。



◇◇◇



 それからも酷い生活は続いた。


 出されるご飯は一日一回で、アレだけだ。うち何回は耐えきれず吐いてしまい、お腹は空だ。更には吐いたお仕置としてまたあの激痛を浴びせられ、疲労も溜まるばかり。


 しかし、これでもまだ私はマシな方なんだとも思った。檻の外にいる私以外の奴隷の出される食事の量はもっと少なく、扱いも酷かった。


 あと、客と思われる人が何人も来た。彼らは私たちのことを商品としてだけ見て、目を向けるのは値段と顔、身体だけだ。皆私に目を向けるが、値段を見ると大抵の者が去り、別の奴隷を購入していく。


 早く、ここから解放されたい。だからと言って、買われることが救いだとも思わない。新たな主人が、ここの店主より酷い人の可能性だってあるからだ。というかむしろ、大体がそうだろう。



 ─────ああ。帰りたい。



 あの幸せだった毎日に、戻りたい。もう、どれだけ寝ていないだろう。一応店主からは、睡眠の許可は与えられている。だけれど、眠れない。眠ることがあんなに好きだったのに、今では一睡も出来ない。そのせいなのか、今ではもう、あの酷いご飯を食べても、味を感じなくなった。


 もう、嫌だよ。


 花乃、詩織、凛子。助けてよ。



「・・・ふむ。これは良い。私が買おう」



 しかし、現実はいつだって非情だ。


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