第24話「誰が為の戦い」
心地好い。
泣きそうなくらいに、心地好い。
そんな感覚に包まれ、私は目を覚ます。朝、客室の窓から差し込む光が私の頬を照らし、私は体を起こした。
魔王様に救われた日から、数日が経過した。・・・あの日から、私は二年ぶりにゆっくりと眠ることが出来るようになった。もう、あの煩い声も聞こえない。
「んんっ・・・」
伸びをして、私はベッドから降りる。顔を洗い、意識をはっきりさせる。そしてついに覚悟を決めて、私は部屋にある鏡を見た。
そこには、狐の耳と尻尾を生やした少女がいた。
髪や尻尾の色は白色で、髪には紫色のメッシュのような毛もある。瞳の色は金色だ。とても、現実離れした姿だ。
・・・でも、これが今の私だ。ずっと見ないように目を背け続けてきた、私の姿だ。
私はずっと、この姿が嫌いだった。いや、今でもあまり好きにはなれない。獣人にさえならなければ、そう思った時もあった。
だけど、あの時魔王様は私に言った。人族だとか獣人だとか、そんなくだらない事で迷うな、と。
たとえ何であろうと、私は私なのだ。
「・・・よし」
やっと、今の自分を受け入れられた。
だからこそ、私は改めて覚悟を決める。そして、魔王様の部屋へと駆け出した。
◇◇◇
[SIDE:ヴェリアラ]
私がその少女の存在を知ったのは、レイヴンからの報告だった。
曰く、その少女は人間の奴隷であった獣人だとか。しかし、只者じゃない。我が軍の最高幹部の一人であるレイヴンが言うのだから、間違いないだろう。
私はその少女に興味を持った。
だから、彼女の預けられた村に監視役を置いた。・・・だと、いうのに。
『大変です! 人族が現れました!』
どこからともなく現れた人族によって、彼女の村は襲われた。
報告を受けてから私が急いで向かっても、殆どの村人を守れなかった。だが、村に着いた私は、とんでもないものを見た。
それは、殆どの人族を殺した、獣人の少女の姿だった。
ありえない光景だった。彼女は生身の肉体から、斬撃や弾丸を放っていた。獣人は魔法を使えるはずもないのに。
そして、はたと気がつく。
もしやあれは、魔力弾ではないだろうか、と。しかしあんな芸当できるはずがない。そんな驚きと疑念を抱きつつ、私は彼女を止めて、自身の城まで連れていくことにした。
少女───カゲハは、全ての事情を話してくれた。それはどれも信じられない内容だったが、決して嘘とは思えないものだった。
むしろ、勇者召喚を成功したと聞いて合点がいったくらいだ。ここ数年、なぜだか人族軍の力が上がっていたからな。きっと勇者とやらの影響だろう。
そして何より、あの村を襲った人間がどこから来たのか・・・それも、勇者が原因だろう。
恐らく、人族は手に入れたのだ。世界初の魔法【転移】を。
ただ、流石にこのことはカゲハには言えなかった。だって、自分の友人の魔法で、自分の家族を殺されたなんて知ったら、彼女はどうなるか分からない。
何せ、今の彼女はとても歪だ。
『人間を、殺したい』
それは、とても元人間の台詞とは思えなかった。そして同時に、凄く悲しい言葉だとも思った。
彼女は、復讐を原動力にして生きている。それがどれだけ辛いことか。復讐のための人生に輝きはないし、もし復讐を果たせば何も残らなくなってしまう。
だけど、今はしかたない。何か心の拠り所がなければ、彼女は壊れてしまう。
それから私は、カゲハの訓練を行うことにした。
勿論、彼女が戦力に加われば我が軍の力が上がるだろう・・・という打算もあったが、何よりも彼女には力が必要だと思ったからだ。
だがそれは決して、復讐のための力じゃない。生きるための力だ。
それから、彼女は格段に強くなった。戦場でも、大量の人族を殺しただろう。だがそれが、彼女の心には大きなダメージを与えた。
カゲハは、人間に依存している。人間に対する復讐心に依存している。それはきっと、辛い現実から目を背けるためだろう。
大嫌いな人間を殺す、ということだけ見ていれば、他のことは考えなくて済むのだから。
けれど彼女はそのことに気付いてしまった。自分の中にある矛盾した依存に、気が付いてしまった。
『もう、この憎悪を拠り所にしないと、私は生きていけないの!』
カゲハは泣きながら、今にも擦り切れそうな声で叫んだ。
・・・ああ、辛かったろう。苦しかったろう。
たとえ自分が、人間を殺すと同時に空っぽになってしまうと分かっていてもなお、彼女はそう生きざるをえないのだ。
長い間奴隷として苦しみ続けてきた彼女には、もう憎悪以外の拠り所を見つけられないのだろう。
・・・見つけられないのなら、私が指し示してやればいい。復讐の為に生きるのではなく、”私”の為に生きないか、と。
最後に選択するのはカゲハ自身だ。そしてカゲハは、選択した。私を生きる指標にすることを。
「・・・さて、と」
自室にて、私はこれまでの事を整理しつつ、息をついた。
これからどうしようか。
正直に言えば、カゲハの戦力は欲しい。彼女の今の実力は、はっきり言って凄まじいものだ。何せこの私が直々に鍛えたのだからな。
・・・だが、カゲハを戦場に連れ出していいものか。無理して戦う必要はないと、そう言ったのは私だ。
勿論、奴隷ではあったもののメイドの仕事をこなしていたカゲハならば、我が城の使用人として生きていく道もあるだろう。
「─────魔王様!」
その時、ドアを開いて思い切りカゲハが飛び込んできた。そして、私に抱きつく。
・・・あれ以来、カゲハは私に懐くようになった。いや、懐くなんてものじゃない。自分で言うのもなんだけれど、完全に私のことしか頭にない感じだ。
私を拠り所にしろとは言ったものの、まさかここまでとは・・・。
ただ、彼女の精神状態は未だ不安定だ。何かに依存していないといけないほどに、脆い。だから、今はまだ、これでも良いのかもしれないな。
まあ、彼女のような可愛らしい少女に懐かれて、私も悪い気はしないしね。
「魔王様。・・・私も、戦わせてください」
「え?」
抱きつきながらも、真剣な声音でカゲハはそう告げた。
「何故だ? 無理して戦う必要なんてないんだぞ?」
「・・・魔王様が私に言ったのは、復讐を理由にして戦うこと。・・・でも、私は魔王様の力になりたいんです。だから、戦いたい。今度は復讐の為じゃなくて、魔王様のために」
「っ・・・」
・・・そうか。
カゲハは変わる覚悟を決めたのか。なら、私もそれに応えなきゃな。
「それとも、私じゃ力になれないですか?」
「ふっ。そんなことはな───」
「私、もっともっと人間を殺すから! 魔王様に害をなすような人間どもは一人残らず殺して、壊して、ぐちゃぐちゃにして、この世に人間として生まれてきたことを後悔させてやるから! だから・・・」
「わ、分かった。というか、元より君の力は評価しているよ」
「そうなんですか?」
えっと・・・変わったん、だよな?
いやまあ確かに、復讐のためじゃなくて私のためとは言ってくれているが、明らかに殺意が篭っていた。
・・・まあ、それもそうか。いくらなんでも、二年間の憎悪が数日で消えるなんてことはない。失ったものは取り返せないように、壊れてしまった心は戻らない。
ほんの少し考え方や心構えのようなものが変化しただけだ。カゲハが人間嫌いで、そして戦闘狂であることに変わりはないのだ。
なら、私に出来るのは、これから彼女が歩む道を逸らさぬよう、導いてやることだけだ。
「というか、ちょうど良かったんだ」
「どういう意味ですか?」
復讐の為ではない、誰かの為の戦いは、きっと君をもっと強く、そして優しくするだろう。
さあ、見せてくれ。君の歩む道を。
「────なあ、カゲハ。最高幹部になる気はないか?」
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