第17話「足りてないもの」
私は、全てを打ち明けた。
レイヴンさんに話したようなことに加え、自分が異世界から人間に召喚されてこの世界に来たこと。そうしたら獣人に変異してしまったこと。他の生徒は勇者とされていること。
そして、主人を殺すために練り上げた魔力操作そのこと。
何もかもを包み隠さず話した。
「・・・なるほど。人族は勇者召喚に成功していたのか。それならば、話の筋は通るか」
「何か、知ってるの?」
「・・・ああ、多少はな」
「教えて! 知ってることがあるなら、ちょっとでもいいから・・・」
私は、何も知らない。
何故自分がこの世界にきたのか。何故自分があんな目に遭うことになったのかさえも。
詳しいことは、何も知らない。
「そうだなぁ。・・・じゃあ、ちょっと私と戦おうか」
「え?」
「訓練だよ。軽く模擬戦でもして、ついでに知ってることを教えてやろう。ただの長話ってのは嫌いなんでね」
◇◇◇
今私が求めているのは、人間を殺すための力と、自分自身についての情報。
それら二つを得るため、私はまた魔王についていった。そうして到着したのは、訓練所のような場所だった。
当然、今は真夜中なので人はいないけれど。
「丁度いいな。さて、取り敢えず私に攻撃してみてくれ。まだ私も曖昧な点が多いから、戦闘で色々確認してからじゃないと、確かなことは言えないんだ」
「・・・わかった」
戦闘で確認?
どういう意味かはよく分かんないけど、もしかして彼女が知っていることというのは、私の戦闘についてなのだろうか。
まあ、別にいいや。私は深く考えるのをやめ、言われた通りに攻撃する事にした。
間違って殺してしまう・・・なんてことは、有り得ないように思えた。根拠はないけれど、この人に私の攻撃は通用しないような気がする。
だから、私は躊躇いなく全力をぶつける事にした。
「・・・じゃあ、いくよ」
ゆっくりと息を吸い、そして────魔力を集中させる。
体内の魔力のエネルギーを幾倍にも練り上げ、操り、そして放出する。今度イメージするのは、弾丸なんて易しいものじゃない。
大砲、だ。
「・・・はあ!」
「お」
レーザービームのように、魔力の塊をぶち当てる。
そして同時に、大量の斬撃を生み出す。でも、それだけじゃない。無数の弾丸、巨大な一太刀、竜巻、爆発・・・魔力はありとあらゆる攻撃に形を変え、魔王に襲いかかる。
・・・だが、
「はっはぁ! 本当に面白いなぁ! これがただの魔力の塊とは到底思えんな!」
「・・・はは、は」
私の全力の攻撃の中、魔王は傷一つなく笑っていた。あれらの攻撃を、どうやって凌いだのか。まったく検討が付かない。
苦笑する私に、魔王は楽しそうに口角を上げる。
「ふむ、やっぱり規格外だな、君は」
「どっちがだよ・・・」
「さて、今ので色々把握出来たから・・・今度は私からも仕掛けてみようか」
「っ!?」
瞬間、もの凄い勢いで魔王が向かってきた。
大きく右手を振りかぶり、私目掛けて振るう。何も特別な力はないパンチだ。それなのに、まるで大鎌のような恐ろしさを感じる。
まずい、すぐに防御しないと!
防御、防御・・・そうだ。魔力操作───魔力を、壁に!
「おぉ。これはすごい! 魔力障壁か」
彼女の右手は、私の前に展開された魔力の壁によって防がれた。
「じゃあ、これはどうかな?」
「・・・なっ!」
凄まじい魔力反応だ。その反応は、魔王の右足から伝わってくる。魔王はくるりと舞って、魔力の籠った蹴りを壁にぶつける。
────パリィン! と、呆気なく壁は壊された。
これは魔力操作による、身体強化だ。
だけどそれなら、私も出来る。魔力を巡らせ、限界まで身体能力を底上げする。そして、全速力で後退した。
しかし、魔王は止まらず追撃する。私は直ぐに魔力の壁を作り、しかし壊され、避けて逃げて、また壁を作り、そんな攻防が繰り返される。
「・・・ふむ。どうやら君の魔力操作は、身体強化と、魔力弾の応用が主となっているね。前者はその力と精度がずば抜けて高い。そして後者は、誰も真似できないような高等技術だ」
「っ!」
攻撃を繰り出しながら、魔王は何やら解説のようなものをし出した。
「それらを支えるのは、君のその圧倒的な魔力量と、高度な魔力伝導技術、だね」
「なに、それっ!」
私は何とか攻撃を凌ぎつつ、彼女の話に耳を傾ける。
「魔力伝導ってのは、体内の魔力を体外に伝えたり、逆に体外の魔力を体内に伝えることさ。君はそれに非常に長けている」
この人、よくこんなに動きながら喋れるな・・・。こっちは防戦一方だっていうのに。
「本来、魔力弾っていうのは割と難しい技術なんだ。体内の魔力を消散させることなく凝縮して体外に出すわけだからね。だが君は、そこからさらにその形状や性質をも操っている。さて、ここで問題だ、よっと!」
「ひゃあ!?」
とうとう防御を突破された私は、悠々と足をかけられてその場に転んだ。見上げると、魔王は楽しそうに片目を瞑り、パチンと指を鳴らして私を指した。
「何故、魔力なんて無い世界にいた君が、それほどの力を有していると思う?」
「・・・え? わ、わかんない」
「正解は、君が勇者の一人だからさ」
・・・勇者?
勇者って、クラスメイトたちが呼ばれていた、あの勇者?
まあ確かに、奴隷にされたとはいえ、私は彼らと同じように召喚されてきた訳だから、勇者の一人と言っても間違いではない、のかな?
「原因は【異魂召喚】っていう魔法さ。人族の間では勇者召喚とも呼ばれていて、これは超高位の魔法なんだ。何故かと言うと、異世界から固有魔法を持つ勇者が現れるからさ」
「固有魔法?」
「ま、その人だけの魔法、ってことだよ。そしてその力は絶大だ。そんなモノがどういう原理で生まれるのかっていうと、肉体が新たに作り替えられるからなんだ。世界を渡る際に元の肉体が消失し、新たに形成をされる肉体はその魂にとって最適なものになるんだけど、その時に、世界を渡ることで生じる膨大なエネルギーが肉体の最適化に使用され、固有魔法なるものが生み出されるんだ。まあこれは、あくまで研究者による推論みたいなものだけど」
早口で長文を語り出す魔王。
・・・む、難しい。まあ要するに、召喚された人は自分だけの凄い魔法を使える、ってことだよね。
人間は、それを目当てにして私たちをこの世界に呼んだってことか。そんなもののために。
「だけど君は、肉体形成の際に魔法を使えない獣人になった。何故かは私にも分からないけどね」
「っ・・・」
「では、本来固有魔法になるはずだったエネルギーはどうなると思う?」
「!」
・・・なるほど。それらが全て、私の魔力に変換された、ってことか。じゃあ、その魔力伝導っていうのはどうして凄くなったんだろう?
「魔力伝導の方は簡単さ。凄い魔法を使うには、凄い魔力伝導が必要になる。だから、勇者たちにはもともとそれが備わっているのさ。君も、魔法こそ使えないけど、勇者の一人ではあるからね」
・・・私が勇者として召喚されたから、この力を得たっていうことか。でも、元はといえば、この苦痛も全て勇者として召喚されたことが原因だ。
それなのに、私は選ばれなかった。結局は勇者なんかじゃなくて、奴隷になったんだから。
「まあ、どっちも目に見えてわかる力じゃないからな。人間は不用とみて君を捨てたんだろう。実際、そんな力ほとんどの者が上手く使えず持て余すだけだからね。・・・だが、君はきっと血のにじむような努力をしたんだろうな。その高度な魔力伝導で、魔力を完全に操れるようになっている」
「・・・」
だけど、まだ私は弱い。
たとえそんな凄い力や技術を手に入れても、大切な人たちすら守れないような私は、無力に等しい。
「・・・そう、まだだ」
「え?」
「今の君はまだ弱い。けど、それは君に足りてないものがまだたくさんあるからだ」
私に、足りてないもの?
「まず、知識。何をどうすれば強くなれるのか、こればかりは独学じゃ限界がある。次に技術。君の魔力操作は凄まじいが、その応用技術が単純だ。そして何より・・・経験が足りてない」
「っ・・・」
「だから、それら全てを私が叩き込む」
堂々と、力強く、そして楽しそうに魔王は言った。見た目は普通の少女なのに・・・なんだか、とても大きく見える。
何故だか分からないけれど、彼女の言葉に、表情に、意識が吸い込まれていく。
「君は、まだまだ強くなれる」
魔王はニヤリと笑い、腰をついていた私に手を差し伸べた。
「私が、その力を更に引き伸ばしてやるよ。なんてったって私は、魔王だからな」